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マーケティング戦略とは、何を決めることなのか?

私がマーケティング戦略を考えるようになったのは、かなり唐突でした。

以前いた会社で、ある日マーケティング戦略を考える部門ができたのです。ただし、社内にマーケティング戦略のノウハウが蓄積されていたわけではありません。それどころか、当時はマーケティングに詳しい人もほとんどいませんでした。

「マーケティング戦略を考える」と言っても、何から始めればいいのかがわからない。市場調査をするのか、顧客を分析するのか、広告を考えるのか、CRMを改善するのか、価格を変えるのか、販売チャネルを増やすのか。できそうなことはいくらでもありますが、何を優先すればいいのかを教えてくれる人はいませんでした。

そこで本を読み、データを分析し、実際に施策をやってみて、結果を見て、また考える。そんなことを繰り返しながら、かなりもがきました。

その中で、少しずつ自分なりの整理ができてきました。

今の私は、マーケティング戦略をこう考えています。

限られたヒト・モノ・カネ・時間を、成果を大きく動かせる場所に集中させるための意思決定。

これが唯一の正解だとは思っていません。ただ、当時の自分がこの考え方を知っていたら、ずいぶん仕事はラクだったと思います。

今回は、マーケティング戦略とは何かを教科書的に定義するのではなく、何もないところから実務でもがいた結果、私がたどり着いた考え方を紹介します。

戦略が必要なのは、全部できないから

「戦略とは、戦を略すことだ」という表現があります。

これは「戦略」という言葉の語源ではありません。ただ、戦略の感覚をつかむ比喩として、私は気に入っています。

すべての戦いに参加するのではなく、勝つために戦う場所を選ぶ。戦略には、そんな感覚があります。

では、なぜ選ぶ必要があるのでしょうか。

理由は単純で、リソースが有限だからです。

予算が無限にあり、人も無限にいて、時間も無限にあるなら、戦略の重要性はかなり下がります。テレビCMもWeb広告もSNSもCRMも、商品リニューアルも店舗拡大も価格改定も、全部やればいいからです。

しかし、現実の会社ではそうはいきません。

予算が1億円なら、その1億円をどこに使うのかを決めなければなりません。5人で仕事をするなら、その5人の時間を何に使うのかを決める必要があります。

だから戦略とは、「何をするか」を決めるだけではなく、「何をやらないか」を決めることでもあります。

経営戦略の研究で有名なマイケル・ポーターも、戦略におけるトレードオフ、つまり何かを選ぶ代わりに何かを諦めることの重要性を論じています。

やりたい施策を100個並べることは、戦略ではありません。

限られたリソースを、どこに張るのかを決める。

ここから戦略が始まります。

まず、成果を分解する

では、どこにリソースを張ればいいのでしょうか。

ここで必要になるのが、成果を構造として見ることです。

たとえば「売上を10%上げる」という目標があったとします。このままでは問題が大きすぎて、何をすればいいのかが見えません。

そこで売上を分解します。

かなり単純化すると、

売上 = 顧客数 × 1人あたりの購買金額

と考えられます。

さらに1人あたりの購買金額は、購買頻度と1回あたりの購買金額に分けられます。顧客数についても、商品が知られているか、買う場面で思い出してもらえているか、実際に買える場所に置かれているか、といった要素に分けて考えられます。

こうして分解すると、「売上を上げる」という巨大で曖昧な問題が、少しずつ扱える大きさになっていきます。

そして、それぞれを売上を動かす可能性のある「変数」として考えます。

「変数」と「定数」を分ける

数学では、値が変化するものを変数、一定のものを定数と呼びます。

私はマーケティング戦略を考えるときにも、この感覚を使っています。

もちろん、ビジネスにおいて完全に動かないものだけを定数と呼んでいるわけではありません。ここでは、今回の意思決定において、自分たちが比較的動かしやすいものと、動かしにくいものを分けるという意味で考えます。

たとえば、半年後までに売上を伸ばしたいとします。

日本の人口構造を半年で変えることはできませんし、景気も自由には変えられません。競合企業の広告予算をこちらで決めることもできません。今回の意思決定では、これらはほぼ定数として扱えます。

一方、自社の広告予算をどこに配分するか、どの店舗で販売するか、広告で何を伝えるか、商品の価格をどうするか、既存顧客に何を伝えるかは比較的動かせます。こちらは変数です。

この区別をせずに考えると、戦略は簡単に空中戦になります。

たとえば「若者の○○離れを止める」と考えても、自社だけで社会全体の価値観を変えるのはかなり難しい。それよりも、「若者が商品を必要としたとき、自社ブランドを思い出しているか」「買いたいと思ったとき、実際に買える場所にあるか」と考えた方が、自分たちが動かせる場所が見えてきます。

すべての変数を動かす必要はない

ただし、動かせる変数を見つけたからといって、それを全部改善すればいいわけではありません。

ここでもリソースの制約が出てきます。

そこで次に考えるのが、レバレッジが効く変数は何かです。

レバレッジとは「てこの作用」です。小さな力で大きなものを動かすという意味で、マーケティングで言えば、同じ1億円、同じ5人、同じ半年を使うのであれば、成果を最も大きく動かせる場所はどこかを考えることになります。

たとえば商品の認知率が非常に低いのに、既存顧客向けメールの開封率を1%改善することに大量の時間を使っても、売上全体への影響は小さいかもしれません。

逆に、商品は十分知られているのに買える店舗が極端に少ないのであれば、広告を追加するより販売チャネルを広げる方が売上を大きく動かす可能性があります。

私は変数を見るとき、「成果への影響の大きさ」「自分たちで動かせるか」「動かすために必要なリソースはどれくらいか」という三つの視点で考えます。

この三つを見ながら、限られたリソースをどこに集中するかを決める。

これが、私が現在考えている戦略の基本形です。

でも、どの変数が重要なのかわからない

ここまで整理すると、次の問題が出てきます。

そもそも、どの変数が売上を動かしやすいのかを、どう判断するのでしょうか。

私も最初はここで困りました。顧客満足度を高めるべきなのか、ファンを増やすべきなのか、既存顧客の購買頻度を上げるべきなのか、新規顧客を増やすべきなのか。ターゲットを絞るべきかどうかも含め、考えられることはいくらでもあります。

すべてを自社で実験することもできますが、それでは時間がいくらあっても足りません。

ここで役に立つのが、私がよく勉強しているエビデンスベーストマーケティング、EBMです。

EBMとは、経験や勘だけではなく、過去に蓄積された研究や購買データなどのエビデンスを使ってマーケティングを考える立場です。

EBMは「変数と定数」の強い初期仮説をくれる

オーストラリアにあるEhrenberg-Bass Institute(アレンバーグ・バス研究所)では、さまざまなブランドやカテゴリーの購買データを研究し、ブランドの成長や購買行動に繰り返し現れるパターンを研究しています。

代表的なものの一つが「Double Jeopardy(ダブル・ジョパディ)」です。

簡単に言えば、小さいブランドは大きいブランドより顧客数が少なく、その顧客の購買頻度などのロイヤルティ指標も少し低くなる傾向がある、というパターンです。

つまり、ブランド規模の違いは「一部の熱狂的なファンが何度も買うか」だけではなく、どれだけ多くの人に買われているか、つまり浸透率と強く関係しています。

この知識を持っているだけでも、戦略を考えるスタート地点が変わります。

「売上を増やしたいから、既存顧客をもっとファン化しよう」という案が出たとき、そのまま実行するのではなく、「本当にそこが一番動かすべき変数なのか。そもそも買ってくれる人の数が足りないのではないか」と疑えるからです。

もちろん、すべての市場、すべての企業で同じ答えになるわけではありません。

だから私は、EBMを「正解集」だとは考えていません。

EBMは、マーケティングにおける変数と定数について、強い初期仮説を教えてくれるものだと考えています。

過去の研究を知ることで、何が比較的動きやすく、何は思っているほど自由に動かず、どこから疑い始めれば外す確率を下げられるのかについて、最初から一定の見当をつけられます。

何十年もの研究があるのであれば、すべてをゼロから試す必要はありません。

EBMがあっても、最後は自分で戦略を決める

ただし、EBMを知っていれば戦略が自動的に決まるわけでもありません。

一般的には浸透率が重要だからといって、「とにかく新規顧客を増やせ」と言えばいいわけではないからです。

自社ブランドの認知が低いのかもしれませんし、認知は高くても買う場面で思い出してもらえていない可能性もあります。十分に思い出されているのに買える場所が少ないこともあれば、商品自体に問題があることもあります。

EBMは地図に近いと思っています。

多くの人がどんな道を通り、どこに山や川があり、どの道なら進みやすいのかを教えてくれる。ただし、自分が今どこにいて、どこへ行きたいのかまでは決めてくれません。

だから、研究から強い初期仮説を持ったうえで、自社の成果を分解し、変数と定数を分け、レバレッジが効く変数を探す。そのうえで、ヒト・モノ・カネ・時間をどこに集中させるかを決めます。

ここまでやって、ようやく戦略になります。

この考え方も「初期仮説」として使ってほしい

私は、最初からマーケティング戦略を知っていたわけではありません。

マーケティングに詳しい人も、戦略のノウハウもほとんどない状態で新しい部門ができ、その中でもがきながら考えてきました。

だから、この記事に書いたことも「マーケティング戦略の正解です」と言うつもりはありません。数年後には、私自身が違う整理をしている可能性もあります。

ただ、当時の自分が、成果を分解し、変数と定数を分け、その中からレバレッジが効く変数を探してリソースを集中する、という順番を知っていたら、かなり遠回りを減らせたと思います。

そしてEBMをもっと早く知っていれば、どの変数から疑うべきかについても、さらに強い初期仮説を持てたはずです。

マーケティング戦略とは、頑張ることではなく、どこを頑張るかを決めることです。

もし今、「マーケティング戦略を考えろと言われたけれど、何から考えればいいのかわからない」と悩んでいるなら、この記事の整理を正解として覚える必要はありません。

まずは、あなたの初期仮説として使ってみてください。

そこから自分の会社、自分の商品、自分の顧客を見て、違っていたら修正すればいい。

私自身も、そうやってここまでたどり着きました。

プロフィール

マーケティング戦略コンサルタントです。
事業会社とコンサルティング会社の両方で、販売・CRM・データ分析・市場調査・需要予測・価格・広告・Webなど、マーケティングの上流から下流まで経験してきました。
このnoteでは、実務と研究を行き来しながら、仕事・キャリア・発信に使える再現性の高い考え方を紹介しています。

詳しい自己紹介はこちら。

自己紹介|実務とエビデンスから、マーケティングの本質を探しています

この記事がおもしろかったら、スキで教えてください。

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参考URL

Michael E. Porter, “What Is Strategy?”, Harvard Business Review
https://hbr.org/1996/11/what-is-strategy

Harvard Business School, “What Is Strategy?”
https://www.hbs.edu/faculty/Pages/item.aspx?num=10698

Ehrenberg-Bass Institute for Marketing Science
https://marketingscience.info/

Ehrenberg-Bass Institute, “Laws of Growth Analysis”
https://marketingscience.info/learn-with-us/commercial-research/laws-of-growth-analysis

Ehrenberg-Bass Institute, “Effective brand growth: Acquisition or retention?”
https://marketingscience.info/news-and-insights/effective-brand-growth-acquisition-or-retention

Ehrenberg-Bass Institute, “Answering critics”
https://marketingscience.info/news-and-insights/answering-critics

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