1stパーティデータに「真実の瞬間」は含まれていない【マーケティング データ】
顧客データを大量に持っているのに、「なぜこの商品が選ばれたのか」がよくわからない。
データマーケティングの仕事をしていると、この不思議な状況に出会います。
会員情報、購買履歴、Web閲覧履歴、アプリ利用履歴、メール開封、キャンペーン反応。CDPやCRMを整備すれば、一人の顧客について驚くほど多くの情報を持てるようになります。
それでも、最も知りたいことが残ります。
その人は、なぜ買おうと思ったのか。そして、実際に使ってどう感じたのか。
私は、1stパーティデータを過信すると、この二つを見失いやすいと思っています。

スーパーで考えると、1stパーティデータの弱点が見えてくる
スーパーに置き換えてみます。
極端に単純化すれば、多くの企業が持つ1stパーティデータは、スーパーでいう「カゴに入ってからレジを通るまで」のデータに近いものです。
POSを見れば、何が、いつ、いくらで売れたのかはわかります。会員IDとつながっていれば、誰が何回買ったのかまで追えます。
しかし、実際の顧客体験はレジの前後に広がっています。
購入前には、棚の前で立ち止まり、商品を見比べ、価格を確認し、一度手に取って戻しているかもしれません。パッケージを見て思い出した商品もあれば、最初から買うつもりだった商品もあるでしょう。
そして購入後には、家に持ち帰り、実際に使います。
おいしかったのか。使いやすかったのか。期待外れだったのか。家族の反応はどうだったのか。また買いたいと思ったのか。
レジに残るのは、その間にある「買った」という事実です。
つまり、多くの1stパーティデータでは、買う前の「棚」と、買った後の「使用した瞬間」が抜け落ちています。
もちろん、現実の小売では店内カメラ、アプリ、位置情報などで売場行動を計測できる場合がありますし、IoTやアプリを通じて使用状況まで取得できる商品もあります。
ここで言いたいのは、1stパーティデータに価値がないという話ではありません。
自社が持っているデータは、顧客そのものではなく、「自社から観測できる顧客の一部分」にすぎないということです。
「真実の瞬間」は、ゼロからセカンドまである
ここで、「Moment of Truth(真実の瞬間)」という考え方を整理しておきます。
消費者が商品と接する重要な瞬間を「Moment of Truth」と捉える考え方があり、その後Googleは2011年に「ZMOT(Zero Moment of Truth)」という概念を提唱しました。
これらを並べると、消費者の意思決定をZMOT、FMOT、SMOTという3つの重要な瞬間で捉えることができます。
ZMOT:買う前に調べる瞬間
まず、ZMOT(Zero Moment of Truth)です。
これは、商品やサービスを実際に選ぶより前に、情報を集めて候補を形成していく瞬間です。
検索する、比較サイトを見る、SNSで評判を調べる、YouTubeでレビューを見る、知人に聞く。こうした行動を通じて、消費者の頭の中ではすでにブランドの選別が始まっています。
つまり、店頭で商品を見る前から勝負は始まっています。
FMOT:商品を選ぶ瞬間
次に、FMOT(First Moment of Truth)です。
これは、消費者が実際に商品と向き合い、どれを選ぶかを決める瞬間です。
スーパーなら、まさに棚の前です。
パッケージを見る。価格を見る。競合商品と比べる。以前見た広告を思い出す。そして最終的に、どの商品をカゴへ入れるかを決めます。
SMOT:実際に使う瞬間
そして、SMOT(Second Moment of Truth)です。
商品を購入したあと、実際に使って評価する瞬間です。
食品なら食べたとき、家電なら実際に動かしたとき、サービスなら実際に利用したときです。
そこで得られた体験は、その後の再購入や口コミにもつながっていきます。
整理すると、
ZMOT:買う前に調べる
FMOT:商品を選ぶ
SMOT:実際に使う
という流れです。
ここで、1stパーティデータの弱点が見えてきます。
企業が詳しく持っているのは、自社サイトで何を見たか、何を申し込んだか、何を購入したかといった、自社との接点で発生したデータです。
一方で、ZMOTで何を調べたのか、FMOTで何と比較したのか、SMOTで実際にどう感じたのかは、自社の外側に残りやすい。
少し抽象的なので、今回はクレジットカードで考えてみます。
クレジットカード会社は顧客をどこまで知っているのか
クレジットカード会社は、自社サイトに来た人がどのページを見たのか、申込フォームのどこで離脱したのか、どのキャンペーンに反応したのか、契約後にいくら利用したのかまで、かなり詳しく把握できます。
しかし、その人がカードを申し込む前に「海外旅行に行くから新しいカードが欲しい」と思ったこと、Googleでクレジットカードを検索したこと、比較サイトを何社も見たこと、YouTubeでマイルの動画を見たこと、友人から特定のカードを勧められたことは、通常そのカード会社の1stパーティデータには残りません。
これがZMOTです。
さらに、最後までAカードとBカードで迷った末に、年会費や券面、入会特典を比較してAカードを選んだとしても、「何と比較し、何が最後の決め手になったのか」までは申込データからわからないことがあります。
これがFMOTにあたります。
そしてカードを手にしたあと、「タッチ決済が思ったより便利だった」「ポイントが期待したほど貯まらなかった」「海外で使おうとしたら不便だった」と感じても、その体験そのものが行動ログに残るとは限りません。
これがSMOTです。
企業は申込や決済について膨大なデータを持っていても、その前後にある「なぜ選んだのか」「実際に使ってどう感じたのか」を知らないことがあるのです。
スーパーの比喩に戻せば、レジはよく見えています。
しかし、その前の棚と、その後に家で商品を使った瞬間は見えにくい。
1stパーティデータだけで顧客を理解しようとすると、この「真実の瞬間」が抜け落ちる可能性があります。
データが増えるほど「わかった気になる」
ここには少し厄介な問題があります。
データが少なければ、私たちは「顧客のことがわからない」と自覚できます。
ところが1stパーティデータが充実すると、年齢、居住地、利用頻度、購入金額、閲覧ページ、キャンペーン反応など、顧客を何百もの変数で表現できるようになります。
すると、顧客理解が深まったように感じます。
しかし、その人がカテゴリーを必要としたきっかけや、最初に思い出したブランド、比較した競合、最終的に自社を選んだ理由はわからないかもしれません。
さらに、商品を使ったときに何を感じたのか、どこに満足し、どこに不満を感じたのかもわからないことがあります。
レジのデータを細かくすればするほど、棚と使用体験まで理解した気になってしまう。
私はここに、1stパーティデータ偏重の大きな落とし穴があると思っています。
では、見えない「真実の瞬間」をどう見るのか
方法は一つではありません。
まずZMOTについて考えると、一つの方法が自らメディアになることです。
たとえば金融会社が商品ページだけを持つのではなく、「海外旅行で使いやすいカードの選び方」「住宅購入前に考えたいお金のこと」のように、カテゴリーについて調べ始めた人が訪れるコンテンツを持つ。
すると、本来ならGoogle検索やYouTube、比較サイトの中だけで行われていた意思決定前の行動の一部を、自社との接点にできます。
これは単なるSEOやコンテンツマーケティングとは少し違う見方ができます。
自らメディアになることは、外にあったZMOTの一部を自社の観測可能領域へ持ってくることでもある。
オウンドメディアの価値を、集客だけではなく「意思決定前の理解」として考えることができます。
自社から見えない場所は、外部データや調査で見る
もちろん、すべての意思決定を自社メディアの中に取り込むことはできません。
FMOTで競合とどう比較されたのかも、自社のデータだけではわからないことがあります。
そこで必要になるのが、市場調査、ブランド調査、検索データ、パネルデータなどの外部情報です。
私は、これらを1stパーティデータと対立させる必要はないと思っています。
1stパーティデータには実際の行動が残ります。一方、アンケートには記憶違いや回答時のバイアスがありますし、検索データだけでは検索しない人の行動はわかりません。
どのデータにも、見える範囲と見えない範囲があります。
だから、一つのデータから「顧客はこう考えている」と断定するのではなく、1stパーティデータから見つけた現象を、調査や外部データで補強する。逆に調査から生まれた仮説を、実際の行動データで確かめる。
複数の角度から同じ現象を見る方が、顧客の意思決定には近づきやすくなります。
「使った瞬間」は、顧客に聞きに行く
SMOTにあたる購入後の体験も、行動データだけでは読み切れません。
再購入したから満足しているとは限りません。ほかに選択肢がないだけかもしれませんし、惰性で使っている可能性もあります。
逆に、一度しか買っていなくても、不満だったとは限りません。購入機会そのものが少ないカテゴリーかもしれません。
ここで必要になるのが、顧客調査、インタビュー、ユーザーテスト、利用場面の観察です。
使用中の不便、期待とのズレ、実際の利用文脈は、顧客に聞いたり観察したりしなければ見えないことがあります。
1stパーティデータが「何をしたか」を教えてくれるなら、調査は「そのとき何を考え、どう感じたのか」に近づくための手段です。
それでも、因果関係まではわからない
さらに一段進めると、データが取れたことと、原因がわかったことも別です。
たとえば「比較記事を読んだ人の契約率が高い」とわかっても、比較記事を読ませれば契約率が上がるとは限りません。
もともと契約意向が高い人ほど比較記事を読む可能性もあるからです。
その施策が本当に売上を増やしたのかを知りたければ、可能な範囲で実験や因果推論による検証が必要になります。
つまり、1stパーティデータ、外部データ、調査、実験は競合するものではありません。それぞれ違う問いに答えるための道具です。
1stパーティデータは「何が起きたのか」を見る。
調査や外部データは「なぜ起きた可能性があるのか」「自社の外で何が起きているのか」を考える。
実験や因果推論は「その施策が本当に結果を変えたのか」を確かめる。
どれか一つで顧客理解が完成するわけではありません。
顧客データではなく、顧客の意思決定と体験を見る
1stパーティデータは非常に価値があります。
自社顧客の実際の行動を継続的に観測できることは、マーケティングにとって大きな武器です。
ただし、その便利さゆえに錯覚も起きます。
データベースにある顧客像を精緻にすることが、顧客理解そのものになってしまう。
スーパーのレジデータをどれほど細かく分析しても、棚の前で何を考え、家に帰って商品を使ったときに何を感じたかまではわかりません。
デジタルマーケティングでも同じです。
見るべきなのは、自社が持っている顧客データではなく、顧客の意思決定と使用体験の全体です。
そのために、自社メディアでZMOTの一部を観測可能にする。調査や外部データを使って、自社から見えないFMOTを確認する。SMOTにあたる使用体験は、必要に応じて顧客に聞きに行く。そして重要な施策については、実験や因果推論で本当に結果を変えたのかを確かめる。
1stパーティデータを増やすことがゴールではありません。
自社のレジから一度離れて、「買う前」「棚」「使った瞬間」を見に行く。
データマーケティングで本当に必要なのは、そんな視点なのだと思います。
プロフィール
マーケティング戦略コンサルタントです。
事業会社とコンサルティング会社の両方で、販売・CRM・データ分析・市場調査・需要予測・価格・広告・Webなど、マーケティングの上流から下流まで経験してきました。
このnoteでは、実務と研究を行き来しながら、仕事・キャリア・発信に使える再現性の高い考え方を紹介しています。
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参考URL
Google, Winning the Zero Moment of Truth
https://www.thinkwithgoogle.com/_qs/documents/673/2011-winning-zmot-ebook_research-studies.pdf
McKinsey & Company, The consumer decision journey
https://www.mckinsey.com/capabilities/growth-marketing-and-sales/our-insights/the-consumer-decision-journey
McKinsey & Company, The new consumer decision journey
https://www.mckinsey.com/capabilities/growth-marketing-and-sales/our-insights/the-new-consumer-decision-journey
