人それぞれ異なる「勉強をする理由」
なぜ人々は勉強をしているのでしょうか。大学生になると勉強をせずに遊んでばかりいる人も多くなります。しかし、授業を真面目に受けている人同士が勉強の会話で盛り上がれるかというと、必ずしもそうでもないと感じています。同じように熱心に勉強をしている人の間でも、異なる動機で勉強している人と話すと、すれ違いが生じるのです。私は、周囲の友人などと話していて何回かそのようなことを感じました。そこで私は、熱心に勉強をしている人を、暫定的に大きく5パターンに分けてみました。もちろん、グラデーションはあるので、そのうちの2つや3つの複合型である人など様々な人がいると思います。同じ人でも学習する分野によって違うかもしれないというのも重要です。しかし、ここでは、思考の起点として、私の考えた最も基本的な5つのパターンを紹介したいと思います。
※分類についての私の立場については以下の記事で書いています。
①目的実現型
このパターンに当てはまるのは、中学・高校・大学の入試に合格する、資格を取る、定期試験で良い成績を取る、就活のため、仕事で求められている知識を習得する、など、短期的で具体的な目的を実現するために勉強している人です。塾や学校ではたくさんの人が勉強していますが、ほとんどはこのパターンだと思います。また、実現したい目的と関係ない勉強には関心がなく、効率の良い最短ルートの勉強を目指します。このパターンの人はその目的が達成されたら、勉強内容に興味を失うことが多いです。
②自己投資型
このパターンに当てはまるのは、将来を見据えて自分を成長させるために勉強するという人です。短期的で具体的な目的を達成するためでははなく、「人として成長する」ことを目的としていて、そうすることが自らの市場価値を高めると考えている人です。「意識が高い人」はこのパターンです。自己啓発系の本や、「教養としての〇〇」みたいな本が好きな人が多く、試験範囲や短期的に要求されている内容以上のことにも取り組む傾向があり、身につけた知識を忘れないように努力を怠りません。
③社会貢献型
このパターンに当てはまるのは、社会に貢献するために学問をしている人です。その場限りの試験勉強的なものや、利己的で自己完結的な勉強を不十分だと考えて、社会的弱者をはじめとした他者を助けるという利他的な目的で本格的に学問の世界に入る人です。自分が先頭に立って、より良い社会を創るために、賢くなる必要があると考えています。身につけた知見を実務的に社会を動かす仕事で活かして社会に貢献しようとする人もいれば、学術方面や言論活動で社会に貢献する人もいます。後者は人文系の学問に興味を持つ人に多いイメージです。
④義務感型
このパターンに当てはまるのは、「勉強しなければならない」という価値観が内面化されて勉強している人です。何で勉強しているかという明確な理由はありませんが、周囲の影響や雰囲気などもあって、勉強することが当たり前だと考えている人です。試験範囲や、学んだ内容が自分や社会にとって将来役に立つかということに関係なく、とにかく与えられた課題に熱心に取り組みます。熱心に授業を受けている人の中にも意外とこのパターンは多い気がします。
⑤好奇心型
このパターンに当てはまるのは、純粋にその学問それ自体が「面白い」と感じて勉強している人です。それが自分や社会にとって役に立つかといったことに関係なく、好きだからやっているという状態です。勉強すること自体が目的となっている人でもあります。
それぞれのタイプが衝突する場面
それぞれのタイプが勉強をする理由が大きく異なるため、他者の姿勢が理解できないことがあります。五つのタイプを私なりに分析した結果、以下があり得そうな違和感です。
1. 「①目的実現型」から見た他のタイプへの違和感
②自己投資型へ
「試験に関係ないことまでやって、効率が悪すぎる。目的を達成することだけを考えればいいのに」
③社会貢献型へ
「理想が高すぎて現実的ではない。まずは目の前の課題や資格をクリアして、目に見える実績を作るべきだ」
④義務感型へ
「何のためにやっているのか分からないのに頑張れるのが不思議だ。目的がない勉強は、時間を無駄にしているように見える」
⑤好奇心型へ
「単なる趣味にしか見えない。それが将来何の役に立つのか、具体的なメリットが感じられない」
2. 「②自己投資型」から見た他のタイプへの違和感
①目的実現型へ
「その場限りの詰め込みでは、すぐに忘れて血肉にならない。それでは人としての成長に繋がらず、もったいない」
③社会貢献型へ
「他者のためにと言うが、まずは自分を高めることが先決ではないか。自己犠牲的な態度は、かえって独りよがりに見える」
④義務感型へ
「言われたことだけをこなす受動的な態度は、主体性に欠ける。自分の価値を高めるという意識を持たないと、これからの時代は厳しい」
⑤好奇心型へ
「面白いのは分かるが、それをどうキャリアや教養として戦略的に積み上げるのかという視点が欠けている」
3. 「③社会貢献型」から見た他のタイプへの違和感
①目的実現型へ
「自分の出世や合格のためだけの「その場限りの試験勉強』は浅い。知識を私物化している」
②自己投資型へ
「結局は自分のことしか考えておらず、社会の課題から目を逸らしている」
④義務感型へ
「なぜ学んでいるのかという批判的意識を持たず、ただ体制に従順であるだけでは、社会を良くすることはできない」
⑤好奇心型へ
「知的好奇心を満たすだけの勉強は、単なる自己満足だ。その知見をなぜ苦しんでいる誰かのために使おうとしないのか」
4. 「④義務感型」から見た他のタイプへの違和感
①目的実現型へ
「目的を達成した瞬間に興味を失うなんて、不誠実だ。」
②自己投資型へ
「いつもギラギラしていて疲れないだろうか。もっと自然に、当たり前のこととして取り組めばいいのに」
③社会貢献型へ
「勉強に重い思想や使命感を持ち込みすぎていて、ついていけない。」
⑤好奇心型へ
「好きなことだけをやるのはわがままだ。興味がなくても、やるべきこととして等しく努力を注ぐべき」
5. 「⑤好奇心型」から見た他のタイプへの違和感
①目的実現型へ
「結果のためだけに学ぶなんて、学問の本当の醍醐味を捨てている。正解だけを知りたがる姿が、もったいない」
②自己投資型へ
「自分を高めるための手段として学問を利用するのではなく、面白さそのものに没頭できないのだろうか」
③社会貢献型へ
「常に『誰かのために役立つか』というフィルターを通すのは窮屈だ。もっと自由に、純粋な好奇心のままに世界を探求してもいいはずだ」
④義務感型へ
「『面白い』という感動がない勉強は、無味乾燥で夢中になれるのが不思議だ。」
まとめ
私自身は、中学時代までは完全に④でした。高校受験の勉強も大変でしたが、試験科目でない理科や社会の勉強も結構していたほか、高校入試の翌日にあった中学校の定期試験の勉強も、もう関係ないにも関わらず、入試から帰宅してすぐに義務感でしていました。勉強が好きでやっていたわけでもありませんでした。しかし、合格した高校は、本当に自由な一貫教育校で、大学受験をしなくて良い環境の中、ユニークで面白い授業を受けることができました。勉強をせずに趣味に没頭している人もいれば、好きな科目に定期試験等に関係なく純粋に没頭する人もいる高校でした。このように、みんながあまり試験の点数にこだわっておらず、自由さゆえに義務感も生じない環境だったので、①への転換は生ぜず、④も薄れてきて、私は自然に⑤へ転換してしまったのです。
大学では、色々なタイプの人がいて、⑤の人はそんなに多くありません。どれが正しいとかではありませんが、勉強する理由が人それぞれ異なることを把握しておくことで、他の人との会話がスムーズになるのではないかと思います。
