見出し画像

当時のクリエイターと振り返る「ファンタジーゾーン」40周年記念企画! 前編


今回は、1986年に登場したアーケード版『ファンタジーゾーン』40周年記念ということで、本作のディレクターだった石井洋児氏、デザイナー・近藤正樹氏、そしてサウンドのHiro師匠という本作にたずさわった3名のクリエイターに当時のエピソードを振り返ってもらう企画を実施。さらに編集部&読者の方々、そして『ファンタジーゾーン』を愛してやまない有限会社エムツーの久保田和樹氏にもご参加いただき、『ファンタジーゾーン』についての多くの謎や質問について答えていただいた。

アーケード版『ファンタジーゾーン』を中心とした関連記事として、Beep21では以下の2本の記事、それに加えて当時の『セガサターンマガジン』にSEGA  AGESの発売を記念した当時の記事に今回のお三方+プログラマーの片木秀一氏と本作のメインメンバーによる貴重な回顧録が収録されているので、本稿ではこれらの記事を前提とした内容になる。ぜひ参考にしていただきたい。

今から約20年前のセガサターンマガジン』1997年3月7日号で特集された「ファンタジーゾーン」開発秘話。
※クリックすると記事を拡大して見ることができます。プログラマーの片木氏は残念ながら2011年10月に逝去されている。
※クリックすると記事を拡大して見ることができます。

なお、本稿は40周年を記念してのオーラルヒストリーであり、当時の模様を振り返る内容ではありますが、2026年時点でのセガの公式見解ではないことはあらかじめご了承ください。

読者の方に開発者サイン入りCDをプレゼント!

今回の記事を読んだ感想や、「ファンタジーゾーン」への思い出などを以下のようにXで投稿してくれた方には、開発者のサイン入りCD「ファンタジーゾーン ウルトラスーパービッグマキシムグレートストロング・コンプリートアルバム」とあわせて、「Mega Drive Mini 2 - Multiverse Sound World」 「SEGA Archives - M2 Music Memorial -」を3点セットでプレゼントします!

CDプレゼントは事前に開発者への質問投稿していただいた方も含めて、当選者の抽選をさせていただきます!  ぜひ皆さんの投稿をお待ちしています。(CD提供:株式会社セガ・ミュージック

Xでの投稿時には
#ファンタジーゾーン
#Beep21
をつけてポストしてください。
皆さんの投稿お待ちしています!

▼「2026年間購読マガジン」だと、2026年に掲載された分の記事すべてをいつでも読み返すことができるようになります。ぜひこちらからお求めください!

※本記事はこちらからもお楽しみいただけます(※上記の「2026年間購読版」は購入後もずっと記事を保存できますのでおすすめです)。

『ファンタジーゾーン』開発前夜

今回、Beep21では初登場となるデザイナーの近藤氏の入社時の状況からお話をうかがった。御三方の入社から『ファンタジーゾーン』に至るまでのお話がメインとなる。

【近藤 正樹】元セガ・エンタープライゼス(現・セガ)には1985年に入社、デザイナーとして活躍。本作のほか『SDI』『ギャラクシーフォース』『スーパーモナコGP』なども担当。

近藤 私は1985年入社で、入った時は石井さんがいらっしゃった企画セクションがあって、当時はソフト1課、2課、3課がありました。私はソフト1課で吉井さんが課長でした。

ソフト1課には、デザイナーとプログラマーが在籍していましたが、ソフト2課と3課のどっちかがアーケードで、どっちかが家庭用だったと思います。家庭用は確か青木さんか金成さんが課長さんだったかなと。

Hiro 当時、サウンドはハードの下についてましたね。

【Hiro師匠 (川口博史) 】セガ入社40年を迎えたSEGA SOUND TEAMの重鎮。本作のほか『スペースハリアー』『アウトラン』『アフターバーナー』など代表作多数。Beep21で回顧録シリーズHiro Maniax-セガサウンドヒストリア-を連載中。

近藤 サウンドもどこかにあったんですけど、あまり記憶がない。筐体きょうたいとハードはまた別組織で。

石井 メカは別だし、メカデザインは生産技術部だったから。

【石井 洋児】元セガ・エンタープライゼス(現・セガ)開発本部長。セガ退職後に開発会社アートゥーンを設立し、アートゥーンを子会社とするAQインタラクティブ(現・マーベラス)で代表取締役社長を務めた。退任後はアーゼストを設立。現在は同社の代表取締役会長CEO。

Hiro そうですね。

近藤 というような時期で、入社した当時はソフト1課の中にデザインチームみたいなのがあって、3人先輩方がいて、それにそれぞれ2〜3人ぐらい下について、そこに入りました。

当時は家庭用では1人でふたつプロジェクトを持って(担当して)いたり、アーケードは2、3人で(1タイトルを)やっていたんです。私は最初社内で“マーク2”と呼ばれていたSG-1000IIで2、3本やったけど、全部ポシャって。

あと、アーケードでは『チョップリフター』(1985年10月)とかをちょっと手伝ったぐらいで。同期で入った人たちは、わりとどんどん仕事を進めていましたね。例えば『スペースハリアー』(1985年12月)とか。

でも、自分が入ったプロジェクトはちょっと中止になったりとかが多くて……。そうしたら『グラディウス』キラーを目指した(※)横スクロールシューティングをやるよ、ということで、プランナーさんからお声がけをいただいて。

石井 誰が声をかけたの?

近藤 水本さん。ソフト(ゲームの内容)はよく覚えてないんですけども、水本さんと私で一生懸命スペースシューティングみたいなもののビジュアルを書いていました。その時は今の『ファンタジーゾーン』とは全く別で、本当にスペースシューティングのようなもので。水本さんがプランナーで私とふたりでビジュアルを一生懸命描いていて。でもそれがあまりうまくいかなくて、水本さんが抜けて石井さんが入って、そこからが本当に『ファンタジーゾーン』のスタートみたいな感じです。

Hiro ゲームの元があったということですか?

近藤 そうです。システム16のシューティングで。

©SEGA システム16基板 (1986年~)  CPUはMC68000とZ80のデュアル構成。音源チップはヤマハのYM2151を採用。

石井 まるでグラディウスのようなスペースシューティングを作っていたよね。僕ははたで見て“これではダメだ”といっていて。当時のトップだった安田部長が“メンバーを全部一新する”って。企画も“石井やれ”と言われて(プロジェクトに)入って、若手の近藤くんを抜擢ばってきというか、デザインチームに入れて。水本君がやっていたときもソフト(プログラマー)に片木は入っていた?

近藤 そのときは……?

石井 石川さんだよ。ベテランの人。

近藤 私はそのまま引き続き(担当)でした。その当時は私はデジタイザーは使っていなくて、紙に一生懸命絵を描いていました。

石井 (スペースシューティングは)近藤が4月入社で3か月ぐらいやってたんだろ? そのあと8月から私たちが入ったからね。

近藤 思い出した。私の最初の仕事はトラックボールで遊ぶ野球ゲームでした。

【久保田 和樹】有限会社エムツー所属、パブリッシングブランド『エムツーショットトリガーズ』統括ディレクター。無類の『ファンタジーゾーン』好きで、「メガドライブミニ2」で本作の移植の際、ディレクターを務めた。

久保田 メジャーリーグ』(1986年1月)じゃないですか? システム16の第1弾ですね。

©SEGA メジャーリーグ(1986年1月) システム16の第1弾タイトル。16ビットパワーを生かし、1画面でバックネット裏と走者のベース付近のふたつの視点で見られるマルチウィンドウシステムを採用。この演出はそれまでのスポーツゲームにはなかったものだった。また、野球ゲームで初めてヒッティングスイッチとトラックボールを使い、斬新で感覚的な操作感を生み出したのも大きな特徴。

近藤 そのボールのグラフィックが私の初仕事でした。それが世に出た初めての仕事で。そこからSG-1000II(タイトル)をやって、しっかりプロジェクトに入って取り組んだのがスペースシューティング~『ファンタジーゾーン』でした。

──『ファンタジーゾーン』はシステム16の第2弾ですが、最初からこの基板でやろうという話だったんですか?

ここから先は

5,149字 / 14画像

■サブスク版 毎週Beep21とは 伝説のゲーム誌が21世紀の2021年に奇跡の復活を遂げた『Bee…

サブスク版 毎週Beep21

¥500 / 月

「2026年間購読版」は2025年版に続き、お得な価格で好評販売中です! 一度買えば買い逃しなく2026年すべての記事が収録されていく、お得な2026年間購読マガジンをぜひお求めください!

伝説のゲーム誌『Beep』が2021年に21世紀仕様になって5年目に突入! 『Beep21』は他では読めない独自取材記事と当時の関係者によ…

Amazon Payで支払うと最大2%還元のチャンス! 9/30まで

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?