真説・セガハード─第1回 セガハードの技術レベルを引き上げたゲームギアの開発─
セガの歴代家庭用ゲーム機の数々にまつわる真相を当時の開発関係者を一堂が会して、詳細な記録を後世に遺していく企画として始まった「真説・セガハード」。
第1回目は1990年10月6日に発売され、35周年を迎えたゲームギアです。
それまでセガで数々のアーケード基板や、「ワールドダービー」など機構的にも優れた名作を手がけていた矢木博氏が、どのような経緯で佐藤秀樹氏と出会い、そしてゲームギアを手がけることになったのか。往年のセガ開発者が集まった中で明かされる当時の細かな開発現場の状況と、セガのハード開発における技術レベルを多岐にわたり引き上げることになったゲームギアの開発秘話を関係者の生の声でお届けします。
永久保存版の連載は、ぜひ最後までご覧ください。
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50年前のセガで見たデジタル時代の入口

──矢木さんの自己紹介からしていただいてよろしいでしょうか?
矢木 私は1975年にセガに入社しました。
──ちょうど50年前ですね(※取材時)。
矢木 私は学生時代、アマチュア無線が好きで、海外局や国内局と交信したり、無線機を真空管やトランジスタを使って製作するのが好きで、アマチュア無線ばっかりやっていました。
──日大理工でしたよね。
矢木 まだデジタルを知らずにいましたから、まあ通信機器メーカーにでも行こうかなと思ってたんですけど、大学でアマチュア無線をやりすぎて(笑)、大学を6年間も行ってしまったので、通信機器メーカーから就活で蹴られてしまいました。そこでどこか行ける会社がないかと探していました。大学の就職相談室にいったら、「娯楽機器会社のセガが、あなたの家の近くにあるよ」と言われたんです。
──家がセガに近かった?
矢木 そうなんです。私は、大田区に住んでいました。(※当時のセガは大田区の大鳥居駅近くに本社があった)。通勤の便が良いということで、就職はセガに決めました。
入社したら製造部に配属されました。配属先でゲーム機械を見せてもらい、デジタルの進化にカルチャーショックを受けました。
会社にはデジタルICチップが100個も200個も載っているゲーム基板がありました。私はセガで、基板を見るまでデジタルICが100個も200個も載っているデジタル回路を見たことがありませんでした。ちょうど時代が急激にアナログからデジタルに移り変わるタイミングだったのです。
上司というより「先生」だった佐藤秀樹氏
デジタルについての知識がまったく無かった時、新しいゲーム機を量産するところでした。それが佐藤秀樹氏が開発した「ロードレース」というゲームでした。

矢木 当時、私にとって、ものすごい数のICが載っていて、「これはすごいなぁ」と思いました。
あるとき会社の組合で、デジタル回路のセミナーが開かれる話がありました。デジタル技術についてもっと勉強してもらおうということで、研究開発部の佐藤さんが先生になって教えてくれたんですね。なんと言っても佐藤さんは、現役バリバリで、デジタルIC回路を設計されている方ですから。
ぜひ参加させていただこうとお願いして、教えていただきました。当時は、この「ロードレース」のロジック図面というのは超コンフィデンシャル(極秘)なんですけど、内緒だったのかな?「勉強しろ」と、ロードレースのロジック図面をいただいたんです。

私自身も、こんなに複雑な実際のデジタル回路図を見るのは初めてでした。
会社に入った時に猪飼國夫(いかい くにお)さんの『ディジタル・システム設計 』という本があって、その本で勉強はしていましたが、実際のゲーム機のデジタル回路は、本を読んだ程度の基礎知識ではテレビにゲームが表示される動作理論がわからないわけです。
その様な状況の時に、佐藤さんから最新の具体的なデジタル回路図面とともに、直々に教えていたただくことができて、「うわー、デジタル回路っていうのはこういうふうに動いてるんだ!」と感動しました。
本当にデジタルの知識がゼロの時に、教えていただいた先生。それが佐藤さんだったんです。
だから上司というよりも先生ですよ、佐藤さんは。

矢木 私は製造部で、佐藤さんは研究開発部で、実際にデジタルIC回路の設計し、ゲームを開発されている技術者でしたから。
私はアマチュア無線では結構アナログ回路設計には自信がありましたが、ことデジタルについては「デ」の字も知らなく、もう、本当の駆け出し同然の素人でした。
デジタル回路を学ぶきっかけをいただき、技術者の道に導いていただいた、先生でした。
──佐藤さんとはそういう関係性だったんですね。
矢木 だから最初の「ロードレース」の回路図面は、本当に勉強になりました。
3年間の製造ラインでの下積みの後に
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真説・セガハード
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