磯野貴志のAM2研黎明記・第2回【サターン版バーチャコップ開発史その1】プロジェクト始動とチーム結成秘話
『Beep21』による往年の名作の開発者自身による回顧録シリーズから、セガサターン版「バーチャコップ」を担当していた磯野貴志氏が当時のAM2研と開発現場の風景を振り返っていきます。ぜひご覧ください。
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小さな部署─黎明期のAM2研─
皆さん、こんにちは。元セガAM2研の磯野です。
前回の記事から随分と時間が空いてしまいました。誠に申し訳ございません。今回からサターン版「バーチャコップ」の開発史を語っていこうと思っていたのですが、その前に...。
前回記事を読み返してみて、当時のAM2研の様子があまり語られていないことに気が付きました。
▼前回はこちらから
コラムタイトルに「AM2研黎明記」と冠しておきながら、肝心の2研ネタが見当たらないのはいただけません(汗)という訳で、少しだけ脱線して当時のAM2研の様子に触れたいと思います。
私がアルバイトとしてAM2研に入った頃(1992年)は、まだメンバーが15名に満たないような非常に小さな部署でした。デザイナーに至っては5名くらいしか在籍していなかったように記憶しています。1ヵ月ほどして4名のデザイン新卒(自分にとっては先輩に当たります)が入ってきて人数は一気に倍になりましたが、それでも半数以上が新人デザイナーという、とても若い集団でした。その頃のAM2研は3Dのレースゲーム(後のバーチャレーシング)を研究開発していましたが、同時にドット絵の2Dゲームもいくつか開発しておりましたので(2研は元々アーケードの体感ゲームをメインに開発する部署でした)3Dの研究開発に割いていた人数は非常に少なく、専任の3Dデザイナーは2名くらいだったと記憶しています。小規模で若い集団...それが初期のAM2研でした。

その所為か先輩方は非常に面倒見が良く、実に優しく色々なことを教えてくれました。私が正社員として登用される頃には同期の新卒や中途の方々も加わって、だいぶ大所帯の部署となりましたが、それから程なくして「バーチャレーシング」がリリースされます。初期の研究からほんの1年足らずで開発され大ヒットを飛ばすという2研伝説の始まりを目の当たりにできたのは、私にとって非常に幸運な体験でした。
予期せぬ展開─プロジェクトリーダー拝命─
さて、話はサターン版「バーチャコップ」チームの立ち上がり時点に戻ります。

前回も少し触れましたが、本来、私は「バーチャファイター2」開発終了後は片岡洋さんのチームに配属される予定と聞いていました。片岡さんが新しい3D対戦格闘ゲーム(後の「ファイティングバイパーズ」)を制作するので、修行がてら「バーチャファイター2」の開発を手伝いに行ったという認識でした。
▼参考
ところが...。
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