日々是分岐─セガサターン名作「街」の総監督が語るサウンドノベル回顧録・第二十七回「サウンドノベルの開発者の残したもの」
セガサターンの名作「街」の総監督を務めた麻野一哉氏自らが、当時の開発の裏話を回顧録として綴っていく連載コラム「日々是分岐」。
▼過去の連載コラム(前回)はこちらから
第二十七回目は開発終盤の話について麻野氏が振り返ります。ぜひご覧ください。
▼「2026年間購読マガジン」だと、2026年に掲載された分の記事すべてをいつでも読み返すことができるようになります。ぜひこちらからお求めください!
※本記事はこちらからもお楽しみいただけます(※上記の「2026年間購読版」は購入後もずっと記事を保存できますのでおすすめです)。
28. 開発も終わりが近づいてきて
1991年の秋頃、開発も終わりに近づいてきた。今回は、書きもらしてきた出来事を断片的につづっていきたい。
開発メンバーと大森田さんと画像の特殊効果
前回、1990年にチュンソフト初の新卒複数採用があり、音楽担当として三俣さんが加わったことを書いたが、彼女の同期のグラフィックもふたり、『弟切草』に加わり、温室やボイラー室などを書いてもらった。ただし、このふたりは並行してドラクエの仕事もしていたので専任というわけではなかった。
開発メンバーに関して改めて書くと、まずは初期メンバーとして、プロデューサー兼ディレクターの中村(光一)社長、メインプログラマーのY部長、グラフィックのFさん、麻野がいた。開発ではないが、はじめの方の企画会議では営業の中西(一彦)部長も参加していた。それに、長坂(秀佳)さん、都筑さん、山﨑さんというシナリオの助っ人が加わり、次に、三俣さん、グラフィックのふたりが加わった。他にも、いつ加わったかは覚えていないが、サウンド関連のプログラマーとしてFさんという人間もいた。彼は、後に『トルネコの大冒険』のディレクターになる人間だ。そして、もうひとり、サウンドノベルの三作すべてに関わったプログラマーがいる。大森田さんだ。じつは彼はコロナの最中に亡くなっている。ここで、追悼の気持ちもこめて大森田さんにまつわる話を少し書きたい。
年齢は麻野より3,4歳ほど上で、もともとはナムコの出身。チュンソフトにはいる前には、『MOTHER』や『モノポリー』の開発にも関わっていた。かなり個性的な人物で、『MOTHER』のキャラクターの「どせいさん」は彼がモデルだったと聞いたことがある。酒の席では、みんなからの愛されキャラだった。フルネームは大森田不可止。不可止(ふかし)は本名だが、大森田は自作の名字で、昔、大森と蒲田のあいだに住んでいたから、両方をたして作ったとのこと。本名は別にある。「大森田不可止」という字面はインパクトがあり、会社に来たファンレターの中に、「チュンソフトのゲームをやっていて、スタッフロールに大森田という名前を見つけるとなんだかホッとします」という、不思議な感想もあった。
ここから先は

『Beep21』2026年間購読版
伝説のゲーム誌『Beep』が2021年に21世紀仕様になって5年目に突入! 『Beep21』は他では読めない独自取材記事と当時の関係者によ…
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?
