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台本通りにやろうとするほど、うまくいかない――コントロールを手放す設計術

#創作 #脚本 #マネジメント #即興 #仕事術


今回は、「本番」ではなく「その手前」の話です

以前、面談突破の技術①という記事で、オーディションや面談という「本番一回きりの場」でどう振る舞うか、という技術について書きました。今回のテーマは、その一歩手前です。本番でどう振る舞うかではなく、本番に向けてどう準備し、どう書き、どう設計するか——という上流工程そのものの話になります。舞台で言えば本番当日ではなく稽古場、ビジネスで言えば商談の場ではなく企画書や台本を作っている段階の話だと思ってください。

「真面目に作り込むほど、うまくいかない」という共通のパラドックス

この感覚に心当たりのある方は、俳優・脚本家/小説家・ビジネスパーソンを問わず、実はかなり多いのではないかと思います。
俳優は、台本を読み込み、セリフを完璧に覚え、動きも段取りも固めてから現場に入ります。ところがいざカメラの前に立つと、なぜか芝居が硬くなる。台本通りにやろうとすればするほど、逆に「作りもの」に見えてしまう。
脚本家や小説家は、キャラクターの設定シートを丁寧に作り込みます。生い立ち、価値観、口癖、過去のトラウマまで細かく決める。ところが、いざその通りに書き進めようとすると、キャラクターがまったく動いてくれない。むしろ設定を作り込む前の方が、勢いよく書けていたということすらあります。これは創作系の相談の中でも、最も頻繁に聞く悩みのパターンだという話も耳にします。
ビジネスパーソンは、商談やプレゼンの前に想定問答集を作り込みます。聞かれそうな質問への回答を一言一句用意し、資料も完璧に仕上げる。ところが本番で少しでも想定外の質問が飛んでくると、そこで一気に崩れてしまう。
俳優、脚本家、ビジネスパーソン。扱っているものはまったく違いますが、根っこにある構造は同じです。それは、真面目に作り込めば作り込むほど、本番で機能しなくなるという、直感に反するパラドックスです。

なぜ「作り込む」ほど硬くなるのか

原因は、努力の量ではありません。「コントロールしよう」とする設計思想そのものにあります。台本、設定、想定問答——これらはすべて、本番で起きることを事前にすべて確定させておこうとする試みです。ですが本番という場は、常に「事前に決めた通りには進まない」変数を含んでいます。相手の反応、その場の空気、想定していなかった一言。作り込みが完璧であればあるほど、この「決めた通りに進まない変数」が起きたときの許容量が小さくなり、結果として硬直し、壊れやすくなるのです。
これは、舞台演出の現場での実感とも重なります。以前、舞台の演出を担当した際、あえて役者自身に「花開かせる余地」を稽古場に残すことを意識していました。少年漫画的な、最初からキャラクターがガチガチに完成されている作り方は、実は苦手です。台本上のキャラクターを完璧に固めて役者に渡すのではなく、役者本人が稽古の中で発見し、上乗せできる余白をあえて残しておく。そうした方が、本番でキャラクターが生きた状態で立ち上がってきます。作り込みの精度を上げることと、本番で機能することは、実はイコールではないのです。
この発想は、19世紀の詩人ジョン・キーツが語った「ネガティブ・ケイパビリティ」という概念にも通じます。答えの出ない事態や不確実さの中に、性急に理由や結論を求めずにとどまり続ける能力のことです。台本、設定、想定問答をすべて確定させようとする姿勢は、この不確実さに耐えられず、性急に「答え」を作ってしまう行為だと言い換えることもできます。
――ここまでで、「なぜ作り込むほど硬くなるのか」という構造は見えてきたと思います。では実際に、俳優・脚本・ビジネスの現場でどう設計を変えれば、このコントロールを手放せるのか。ここから先は、当初は有料エリアとして設計していた部分ですが、現フェーズの方針により引き続き無料で公開します。

俳優パート:決めすぎないほうが、精度が上がる

以前所属していた芸能事務所でのレッスンで、即興劇(エチュード)の授業がありました。台本もなく、その場で与えられたお題だけを手がかりに芝居を作るというものです。20人ほどいたクラスの中で、このエチュードだけは常に上位の評価をもらっていました。
セリフを一言一句覚え込むタイプの稽古よりも、その場で起きることに反応しながら組み立てていくタイプの芝居のほうが、明らかに向いていたのです。これは才能というより、設計の違いだと考えています。台本を完璧に覚え込むと、脳のリソースの多くが「覚えた通りに再生すること」に割かれてしまいます。一方、決め込む部分を減らし、「その場で起きたことに反応する」余地を先に確保しておくと、リソースが「今、目の前で何が起きているか」の観察に回るようになります。
俳優パートでの実践はシンプルです。台本を読み込むとき、すべてのセリフ・すべての動きを「決定事項」として覚えるのではなく、あらかじめ「ここは相手の反応を見てから決める」という余白の箇所を意図的に作っておくこと。全部を固めてから現場に入るのではなく、固める部分と開けておく部分を、稽古の設計段階で仕分けしておくのです。決めすぎないことは、手を抜くこととは違います。むしろ決めすぎないための判断力こそが、稽古で鍛えるべき精度です。


脚本パート:キャラを固めるより、分岐を増やす

現在、AIとの対話を軸にした恋愛系ゲームのシナリオを担当しています。あるとき、担当キャラクターの口調が違うという指摘がユーザーから届きました。原因を辿っていくと、根はキャラクター設定の作り込みが甘いことではなく、AIとの対話が、用意したテンプレートの上をなぞっているだけになっていることにありました。
ここで立てた仮説が、「キャラクターの内容そのものを作り込むより、分岐のパターンを増やす方が、結果としてキャラクターらしい反応が返ってくるのではないか」というものです。一問一答的に「この状況ではこう返す」という正解を一つだけ用意するのではなく、同じ状況に対して複数の分岐をあらかじめ多めに用意しておく。そうすることでAIが選べる幅が広がり、結果として血の通った反応に見えるようになります。
これは脚本執筆全般にも応用できる発想です。キャラクターの内面をどれだけ細かく設定しても、それを「一つの正解の行動」に絞り込んでしまえば、キャラクターは結局そのレール以外を動けません。逆に、同じ場面に対して「このキャラならこうも反応しうる、ああも反応しうる」という分岐を複数持たせたまま書き進めると、キャラクターが自分で動いているように見えてきます。作り込みの深さではなく、分岐の広さが、キャラクターに命を吹き込む。これが今のところの結論です。

ビジネスパート:歪みを前提にした設計に変える

先ほどのゲームで実際に起きたクレームは、サポート窓口を通じて届きました。この件を振り返っていて気づいたのは、問題の本質はキャラクターの口調違いそのものではなく、応対の設計にあったということです。
複数人のスタッフが個別にユーザー対応をしている以上、担当者全員がキャラクターの解釈を寸分違わず揃えることは、現実的に不可能です。言葉のニュアンスのズレや解釈の歪みは、必ずどこかで発生します。にもかかわらず、届いた感想やクレームには「必ず返信しなければならない」という運用にしてしまうと、その小さな歪み一つひとつが対応の失敗として表面化してしまいます。
想定問答を完璧に用意する商談やプレゼンも、これと同じ構造です。台本通りの完璧な受け答えを目指すほど、想定外の質問が一つ来ただけで「失敗」に見えてしまう。必要なのは想定問答の精度を上げることではなく、想定外が起きること自体を前提にした設計に切り替えることです。すべての質問に完璧な回答を用意するのではなく、「想定外が来たときにどう受け止め直すか」という受け皿の方を、あらかじめ設計しておく。歪みをゼロにしようとするのではなく、歪みが起きた後の動き方を設計する。これが、想定問答を「壊れない」ものに変える発想です。

3つのパートに共通する設計原則

俳優、脚本、ビジネス。扱う対象は違っても、やっていることは同じです。「決めること」に使っていた労力の一部を、「決めないままにしておく設計」に振り向ける。これだけです。
今日から使える実践ワークとして、次の一問を自分の準備に当てはめてみてください。

今、完璧に固めようとしているその台本・設定・想定問答の中で、あえて「その場で決める」余白として残せる部分はどこか。

すべてを固めることが誠実さだと思われがちですが、本番で機能するのは、固めた部分と開けた部分の設計そのものです。


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