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<1>読むと面白い「ギリシア神話」

【第1集】 神々の君臨

 世界がまだ明確な形を持たず、光と影の境目すら存在しなかった太古の昔。古代ギリシア人が思い描いた宇宙の始まりは、無秩序な深淵、すなわち「カオス」であった。

何もない空虚から、突如としてすべての基盤となる存在が立ち上がる。
大地を司る女神ガイアである。

フォイエルバッハの絵画『ガイア』
(1875年)

ガイアは単なる土の塊ではなく、あらゆる生命を包み込む絶対的な母性として世界に君臨した。

ギリシア神話の本質は、輝かしい神々の美徳を描くことにはない。そこに渦巻くのは、権力への飽くなき執着、親子の愛憎、そして惨劇による王朝の交代劇である。

神々は不死の肉体を持ちながらも、人間以上に欲望に忠実であり、自らの地位を守るために冷酷な手段を厭わない。

なぜ、西欧文明の源流となった神話は、
これほどまでに血塗られた悲劇を内包しているのか。

カオスから立ち上がった大地の女神ガイアは、やがて自らの手で生み出した天空神ウラノスと交わり、世界の輪郭を定めていく。しかしそれは、数世代にわたって繰り返される「父殺し」という呪われた王座継承史の第一章に過ぎなかった。

太古のギリシア人が神々の激闘に投影した世界観と宇宙の秩序確立への軌跡を、史実的な思想史と神話記述の双方から紐解いていく。



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ギリシャ神話は、西洋人の精神的支柱であると言っても過言ではありません。聖書とともに、現代にも大きな影響を与えています。紀元前17世紀から口承で伝わってきた物語をホメロスやヘシオドスが『イリアス』『オデュッセイア』、『神統記』などにまとめていきました。

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【お読みいただく前にお願い】

本シリーズは、ギリシア神話や古代史が持つ純粋な面白さや壮大なドラマ性を楽しんでいただくために作成したものです。特定の宗教や思想、団体等への勧誘を目的としたものでは一切ございませんので、安心してお読みください。

なお、ギリシア神話や古代史には数多くの原典や異説が存在します。本記事も文献や史実をベースに構成しておりますが、解釈の違いや誤りが含まれる可能性もございます。あくまで「諸説あり」のエンターテインメント・教養読み物として、おおらかなお気持ちでお楽しみいただけますと幸いです。

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【第1集】 神々の君臨|読むと面白い「ギリシア神話」
(8,423文字)
執筆:Beyond Times 


【1】血塗られた王座と切り離された世界

『ウーラノスと踊る星々』
カルル・フリードリッヒ・シンケル
(1834年)

 混沌から生み出されたガイアは、自らと同等の広がりを持つ存在として天空神ウラノスを産み落とした。

星々を散りばめた蒼穹そうきゅうであるウラノスは、大地であるガイアを全方向から包み込み、世界に天と地という明確な秩序をもたらす。

二神の結合は極めて多産であり、世界には次々と強大な存在が誕生していった。

最初に生まれたのは、気高き12柱の巨神族「チターン」であった。彼らは自然現象や世界の構成要素を擬人化した存在であり、のちに神々の王となるクロノスもその最下子として生を受ける。

しかし、続いて生まれた異形の者たちが、最初の惨劇の引き金となる。

一つ目の巨人キュクロプス独眼巨人三人衆、そして百本の腕と五十の頭を持つ異形の巨神ヘカトンケイル三人衆である。

エラスムス・フランキスキの著書に見られるキュクロープスの挿絵

ウラノスは、自らの内に秘められた醜悪さと、彼らが持つあまりに強大な力を恐れ、忌み嫌った。

天空の支配者は彼らを光の届かない大地の最下層、すなわち冥府タルタロスへと力ずくで押し込めたのである。タルタロスは、天から落とした金床が九日九夜かけてたどり着くと言われるほど漆黒で深い奈落であった。

タルタロスで罰せられるシーシュポス。
後ろで見張っているのは冥界の女王ペルセポネー。

我が子を自らの胎内と同義であるタルタロスに閉じ込められた大地の女神ガイアの苦痛と怒りは、限界に達していた。子を抑圧する夫ウラノスの暴政を終わらせるため、ガイアは暗黒の地底で密かに謀略を巡らせる。

彼女は自らの体内から「アダマス」と呼ばれる不滅の強固な鉱石を切り出し、巨大な大鎌を作り上げた。

ガイアは成長したチターン神族の子らを呼び寄せ、自らの父親に立ち向かう者を募った。だが、天空の絶対者であるウラノスの威光に恐れをなし、巨神たちは誰一人として声を上げることができない。

クロノス

その静寂を破ったのが、最年少でありながら最も野心に満ちたクロノスであった。クロノスは母の手から冷たい大鎌を受け取り、父を討つ決意を固める。

夜が訪れ、ウラノスが愛を求めてガイアを覆い尽くしたその瞬間、潜んでいたクロノスが躍り出た。クロノスは左手で父の身体を抑え込み、右手にかかげたアダマスの大鎌を一閃させた。

『ウラノスの去勢』
ジョルジョ・ヴァザーリ
1560年頃

ウラノスの象徴たる男性器は切り落とされ、絶叫とともに天空は大地から引き剥がされた。この瞬間に天と地は永久に分離し、世界には空間という概念が固定されたとされる。

切り取られたウラノスの肉体から飛び散った血痕は大地に滴り、復讐の女神エリニュスや巨人族ギガスを生み出した。そして海へと投げ捨てられた肉片の泡からは、美と愛の女神アフロディーテが誕生する。

王座を追われたウラノスは、去り際にクロノスへ向けて呪いの言葉を残した。

お前もまた、
自らの子によって王座を追われることになるだろう。

血塗られた下剋上によって天界の覇権を手にしたクロノスであったが、その手に残されたのは恐怖と呪縛であった。

父を倒して世界の頂点に立ったクロノスの統治は、
さらなる猜疑心と悲劇の連鎖を生むことになる。


【2】呪言に蝕まれる覇者と、胃袋に封じられた未来

オディロン・ルドン『キュクロプス』
(クレラー・ミュラー美術館所蔵)
Obelisk Art History / The Cyclops by Odilon Redon | Obelisk Art History

 父ウラノスを排斥し、天界の主となったクロノスの時代は、決して平穏な黄金期ではなかった。王座に就いたクロノスが最初に行ったのは、父の暴政を正すことではなく、むしろその密室政治の踏襲であった。

彼は母ガイアとの約束を反故にし、解放するはずだった異形の兄弟キュクロプスとヘカトンケイルを再び漆黒の奈落タルタロスへと投獄した。

己の権力を脅かす存在への猜疑心は、すでに父ウラノスの領域に達していた。さらにクロノスを絶え間ない恐怖へ追い込んだのが、去り際に父が言い放った呪言である。

「お前もまた、
自らの子によって王座を追われる。」

この言葉は幻聴のようにクロノスの精神を蝕み続けた。

「我が子を食らうサトゥルヌス」
サトゥルノ・デボランド・ア・ス・ヒホ
(1819–1823年)

この絵画は「黒い絵画」シリーズの一部であり、
ギリシャ神話のクロノスを描いたものと考えられている。

姉であり妻でもあるレアとの間に次々と子が生まれると、クロノスは凄惨な行動に出る。ヘスティア、デメテル、ヘラ、ハデス、ポセイドン。

『我が子を食らうサトゥルヌス』
ペテル・パウル・ルーベンス
(1636–1638年)

赤子が産声を上げた瞬間、クロノスはその小さな身体を丸呑みにし、自らの巨大な胃袋の中へと閉じ込んだのである。

生命を生み出す母体の神秘に対抗し、父性の胎内で封印するという異常な支配行動であった。子の成長を根絶やしにすることで、未来そのものを凍結させようとした。

夫の狂気に耐えかねたレアは、第六子となるゼウスを身ごもった際、ついに決断を下す。彼女はガイアの助言を得て、極秘裏にエーゲ海のクレタ島へと渡り、ディクティ洞窟の暗闇の中でゼウスを出産した。

『クロノスに石を渡すレア』
(古代ローマの浮き彫り・復元画)

そしてクロノスには、赤子と同じ大きさに産着で包んだ「一塊の石」を渡したのである。狂気と過信に眼が眩んでいたクロノスは、違和感を覚えることなくその石を飲み込んだ。

命を拾ったゼウスは、ニンフたちと牝羊アマルテイアの乳によって人知れず育まれた。彼が成長するに従い、その存在は運命の歯車を急速に回転させていく。

知恵の女神メティスの助言を得たゼウスは、身分を偽ってクロノスの宮殿に潜入し、父に強力な吐瀉薬を混入させた酒を飲ませることに成功した。

クロノスの喉から最初に吐き出されたのは、身代わりとなったあの石であった。続いて、胃の中で死ぬことなく成長していた兄姉たちが次々と地上へと舞い戻った。

数千年の時を超えて解放された神々は、弟ゼウスを盟主と仰ぎ、父クロノス率いる旧世代の巨神族チターンに宣戦を布告する。

『神々とティターン族の戦い』
ヨアヒム・ウテワール
(1600年頃)

こうして始まったのが、世界を二分する未曽有の大戦争「チタノマキア」である。

神々の本拠地となったオリンポス山と、チターン神族が陣を張るオトリュス山。双方の陣営から放たれる圧倒的なエネルギーは、地殻を揺るがし、大気を切り裂いた。

不死の肉体を持つ神々の戦いは膠着し、戦闘は十年の歳月が流れても決着がつかなかった。世界は不毛な破壊の渦に巻き込まれ、天地の秩序は崩壊の一途をたどっていた。


【3】絶対者ゼウスが打った最後の大賭

ゼウス像を描いた絵
Maarten van Heemskerck

 十年におよぶ泥沼の戦いに終止符を打つべく、ゼウスは重大な賭けに出る。祖母ガイアの神託に従い、かつて父クロノスが奈落の奥底に幽閉した異形の名工たち、キュクロプスとヘカトンケイルの解放を決意したのである。

ゼウスは単身タルタロスの深淵に降り立ち、番人である怪物カンペーを退治して悲劇の巨人たちを繋ぎ止めていた鎖を断ち切った。長きにわたる闇から救い出された異形者たちは、救世主ゼウスに永遠の忠誠を誓い、彼らの卓越した鍛冶技術を用いて神威を宿した三つの武具を鋳造した。

『神々と巨人の戦い(チタノマキア)』
ヨアヒム・ウテワール
(1608年)

ゼウスには、天を濡らす万雷とあらゆる物質を爆砕する極大のエネルギー体「雷霆ケラウノス」。ポセイドンには、地殻を破壊し大海を割る「三叉の銛トリアイナ」。そしてハデスには、着用者の姿を世界から完全に消し去る「隠れ兜」が授けられた。

新たな兵器と異形の巨神らを従えたゼウス陣営は、チターン神族に対して総攻撃を開始する。百本の腕を持つヘカトンケイル三体は、一度に三百個もの巨大な岩石を正確無比に投げつけ、オトリュス山の陣地を壊滅的な打撃に陥れた。

ポセイドンが津波を引き起こし、ハデスが姿を消してチターン神族の背後に侵入し混乱を巻き起こす中、ゼウスは天空から雷霆を連射した。

天界から放たれた雷光は大地を焼き尽くし、海洋を沸騰させた。チターン神族は圧倒的な威圧感と激しい熱風の前に打ちのめされ、ついに膝を屈したのである。

打ち負かされるティーターンを描いた『ティタンの堕落』
コルネリス・ファン・ハールレム
(コペンハーゲン国立美術館)

勝利したゼウスらは、敗北したクロノスをはじめとするチターン神族を縛り上げ、かつて自分たちが恐れた漆黒の奈落タルタロスへと突き落とした。

さらに、凄まじい怪力を誇った巨神アトラスには、世界の西の果てで天空を肩で支え続けるという永久の懲罰を科した。

『ヘラクレスとアトラス』
ルーカス・クラナッハ(1537年より後)
アントン・ウルリッヒ公爵美術館所蔵

下剋上の連鎖を断ち切り、全宇宙の絶対者となったゼウスは、戦功に応じて世界を三つの領域に分割し、統治権を分かち合った。ゼウス自身は天界と全宇宙の主権を握り、ポセイドンはあらゆる海洋と水系を収め、ハデスは死者が集う冥府の王となった。

オリュンポス十二神
ニコラ=アンドレ・モンシア

ここに、オリンポス山頂を拠点とする「オリンポス12神」を中心とした新たな絶対秩序が完成する。ゼウスを頂点とし、各々が自然現象や人間社会の営みを厳格に管理する機能的な構造である。

この神々の王朝交代は、古代ギリシア人が混沌とした自然現象の猛威から、人間的合理性と宇宙の調和コスモスがいかにしてもたらされたかを解釈するための知的試みでもあった。

暴圧と恐怖による旧時代は去り、法と秩序を司るゼウスの統治下で世界は新たな段階へと足を踏み入れたのである。


【4】血塗られた山脈と大地に封じられし猛炎

、巨人たちがオリンポス山を襲撃しようとする場面(ギガントマキア)

アントニオ・テンペスタ
(イタリア、フィレンツェ 1555年 - 1630年 ローマ)

 チタノマキアを制し、自らが構築した新たな天界の支配体制に酔いしれるオリンポスの神々。しかし、その足元で更なる暗雲が立ち込めていた。

我が子であるチターン神族を絶望の奈落タルタロスへ突き落とされた大地の女神ガイアの怒りは、ついに頂点に達していたのである。自らが創り出した世界の秩序を自らの手で崩壊させてでも、ゼウスの支配を叩き潰すべく、ガイアは暗黒の冥界タルタロスと交わり、壊滅的な破壊力を秘めた最後にして最悪の怪物を産み落とした。

それが巨神テュポンである。

ヴェンツェスラウス・ホラー "Typhon"
17世紀のヨーロッパ人がイメージしたテューポーン。
従えているのはハルピュイア。

テュポンの存在は、それまでの神々の規模を遥かに超越していた。その頭部は星々に届き、手を伸ばせば世界の東西の果てに達した。体からは百の蛇の頭が生え、口からは灼熱の炎と猛毒のガスを吐き出し、その眼光は立ち塞がるすべての存在を焼き尽くした。

テュポンが踏み出すたびに地球全体が激しく揺れ動き、空は漆黒の嵐に覆われた。

この異次元の威容を前に、オリンポスの神々は極度の恐怖に陥った。ゼウスを除く多くの神々は天界を捨てて逃走し、エジプトの地へと身を隠したとされる。追っ手から逃れるため、彼らは動物の姿へと変身を余儀なくされた。

ヒュドリアに描かれた有翼型のテューポーン
紀元前540年頃~紀元前530年頃のカルキディア黒絵式壺絵。

ドイツ、ミュンヘンの州立古代美術博物館所蔵。

ポセイドンは魚に、アポロンはカラスに、ディオニュソスは山羊へと姿を変えた。この神々の惨めな逃走劇は、後にエジプト神話における獣頭人身の神々の起源として古代世界で語り継がれる奇妙な文化的分岐点ともなった。

ただ一人、世界の絶対者としての誇りを懸けて踏みとどまったのがゼウスであった。

ゼウスは、万物を粉砕する雷霆を手にテュポンへと立ち向かった。

トルコから見たカシオス山。
ゼウスとテューポーンが戦った舞台の一つと伝えられている。

シリアのカシオス山で激突した両者の戦いは、全宇宙を揺るがす死闘となった。ゼウスは遠距離から雷霆を連射し、テュポンに甚大な打撃を与えた。

しかし、近接戦に持ち込まれた瞬間、戦況は一変する。

テュポンの巨躯と無数の蛇頭がゼウスを押し包み、絶対的な力を誇った神々の王は取り押さえられた。テュポンはゼウスの手足から腱を鋭い爪で切り取り、自由を奪った状態で彼をキロキアの暗い洞窟へと幽閉した。

ゼウスが幽閉されたとされるデルポイのコーリュキオン洞窟

切り取られたゼウスの腱は熊の皮に包まれ、半人半蛇の怪物デルピュネーに厳重に保管されたのである。

王の敗北と宙の秩序の崩壊。この絶体絶命の危機を救ったのは、俊足の使者ヘルメスと森の神パンであった。

『メルクリウス』
ヘンドリック・ホルツィウス(1611年)
フランス・ハルス美術館所蔵

彼らは巧みな謀略を用いてデルピュネーを欺き、保管されていたゼウスの腱を密かに盗み出すことに成功する。

体内に腱を戻され、本来の神威を取り戻したゼウスは、再び雷霆を携えてテュポンの前に舞い戻った。

再戦の地となったのはトラキアのハイモス山である。
ゼウスはテュポンに対して容赦ない雷霆の猛攻を浴びせた。

テュポンは山々を持ち上げて投げつけようとしたが、ゼウスの雷光によって撃ち破られ、噴き出した自身の血によって山肌が赤く染まった。この地の名はギリシア語の「ハイマ」に由来すると伝えられる。

致命傷を負い、力尽きて逃亡を図るテュポンに対し、ゼウスはシチリア島の上空で巨大なアイトネー山を力まかせに投げつけ、怪物の上に叩き落とした。

地球上で最も重厚な岩盤の下に永久に封印されたテュポンは、今なお底知れぬ怒りに身をよじる。

火を噴くアイトネー山

その身悶えが地震を引き起こし、口から吐き出す灼熱の怨念がアイトネー山の噴火となって現代にも立ち上っているとされる。

怪物テュポンの鎮圧により、
ゼウスの覇権を揺るがす存在は完全に絶たれた。

ゼウスとテュポンの戦い
ウィリアム・ブレイク
(エラスムス・ダーウィン著『植物園』より、 1795年8月1日)

天界、地上、地下のすべてに渡って絶対的な法と秩序が確立され、世界は真の意味での安寧を得たのである。


【5】漆黒の宙に描かれた神々の遺伝子

ボイジャー1号が撮影した木星大気の帯と大赤斑の動きを捉えた画像

 太古のギリシア人が生み出した天界の王座継承史は、フィクションの枠を超えた意味を持つ。それは無秩序な自然の猛威に対する恐怖と、社会の法や秩序への渇望が交錯した高度な思索の結晶であった。

ウラノスからクロノスへ、そしてクロノスからゼウスへ。親殺しと下剋上の果てに打ち立てられた主権の確立は、文明が未開の混沌を克服していく歴史的プロセスそのものを象徴している。

この壮大な宇宙観の痕跡は、私たちが何気なく見上げる夜空に今なお鮮烈に刻まれている。近代天文学が発展する過程で、太陽系を巡る惑星たちにはギリシア神話を起源とするローマ神話の神々の名が冠された。

木星探査機「Galileo」が撮影。
左から: Io(イオ)、Europa(エウロパ)、Ganymede(ガニメデ)、Callisto(カリスト)
Credit: NASA/JPL/DLR

太陽系最大の質量を誇る木星は、全能の主神ゼウスのローマ名「ジュピター」の名を冠している。その周囲を回る無数の衛星には、イオやエウロペ、ガニュメデスといった、ゼウスを巡る神話の登場人物たちの名が惜しみなく与えられた。

土星、カッシーニによる撮影
(2004年3月27日)

そして木星のさらに外側で厳かな光を放つ土星は、ゼウスに敗れた旧時代の覇者クロノスのローマ名「サターン」である。

父親であるクロノス土星の外側を、かつて彼が胃袋から吐き出した息子ゼウス木星が力強く周回しているという構図は、現代の宇宙空間に描かれた神話の永久機関とも言える。

ボイジャー2号が撮影した海王星の画像。
中央に大暗斑とそれに付随した明るい模様が見え、西側の周縁には「スクーター」と呼ばれる、移動速度が速い明るい模様と小さな暗点が見られる。

さらに遠方の天王星には最初の天空神ウラノスウラヌスの名が、蒼く輝く海王星には大海を統べるポセイドンネプチューンの名が与えられた。

かつて天界の覇権を巡って相争った神々は、数千年の時を超えて宇宙の法則そのものとして今も夜空に鎮座しているのである。


混沌から始まり、
血と惨劇によって紡がれたギリシア神話の第一章。


だが、天界に揺るぎない秩序がもたらされたとき、物語の視点は神々の世界から、大地上に生きる儚き存在へと向けられることになる。

なぜ神々は人間を創造したのか。
そして、なぜ人類に災いと希望が同時にもたらされたのか。

第2集では、天界の威光の影で蠢く人間世界の創造と、神々が人間に課した容ズルなき試練の真実に迫る。

【第2集】 創世と試練

参考文献
・ホメロス『イリアス』(松平千秋訳、岩波文庫)
・ヘシオドス『神神の系譜』(太田秀通訳、岩波文庫)
・アポロドロス『ギリシア神話』(高津春繁訳、岩波文庫)
・カール・ケレーニイ『ギリシアの神々』(高橋英夫訳、中央公論新社)

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