【あおさぎ。の地鳴き】羽休めナーイ(2)
5月初旬からうつ病のために休職して5カ月程経ちました。
※休職に至るまでの経緯と、7月までの経緯を書き綴った記事はこちら。
今回は第1回の続きとして、8~10月にあった色々な出来事を書き綴っていきます。
8月
回復の兆し!
心療内科にデュロキセチン(サインバルタ)という薬を処方され、現在も毎朝服用しています。服用当初は副作用に苦しみましたが次第に薬に慣れ、気持ちがこれまでより安定してきた実感がありました。
処方薬の効果はもちろんですが、やっぱり次男が元気に生まれ、ドタバタと家族4人で楽しく暮らせていることが最大の薬だったと思います。この頃は上司とのやり取りの中でも、自分の非を認めつつ現部署でもう一度頑張りたい旨を伝えられる程度に就労意欲も高かったです。上司からは「あおさぎ。君からそのような嬉しい発言が聞けて良かった!」と言ってもらえた一方で…。
望まぬ渡りの兆し…
「もしかすると、あおさぎ。君には静岡に戻ってもらうかもしれない」…え?3月に稲城市に引っ越して、7月から家族4人で暮らし始めたばかりなのに?妻の再就職や子供達の保育園入園のための活動も始めた矢先に?
8月後半に上司と再度面談した際に、静岡に戻ることを正式に告げられました。上司曰く「あおさぎ。君の体調とご家族の事、奥さんの就職先の事等を最大限考えた上での決定」「あおさぎ。君がストレスを感じることなく働けるよう考えた結果」とのこと。
面談後、私の望みが通らなかった残念な気持ち、妻や子供達にまた負担をかけてしまう申し訳ない気持ち、心配しているようで体調への配慮がないことや家庭の事情に突っ込み過ぎな上司への不満、引っ越し作業のこと等、様々な思いが一斉に頭の中に湧き出てきました。こうなると混乱して整理がつかなくなるのが今の私の良くないところ。一気に気落ちしてしまいました。
9月
動きたくても動けず…
幼い子供2人がいる中での引っ越しは相当時間がかかるので、できる限り早く動きたいと思っていました。ところが面談以降、会社側から連絡がありませんでした。はて、これはどうしたものか…?
痺れを切らして上司に相談して、ようやくその理由がわかりました。私の異動がまだ全社に開示されていなかったために、誰も何も知らず、動けなかった・動かなかったのです。結局何もできずに内示から半月以上の時間が過ぎ去ってしまいました。
至急立ち退き
9月16日になって私の異動が全社に開示されましたが、開示された書面には「10月1日付」と記されていました。えー、そんな話は聞いてない!11月末まで育休だから、切り良く「12月1日付」ではダメなのか?
異動の詳細が開示されると、東京と静岡の双方から様々な連絡が来るようになりました(静岡で着用する作業着のサイズのこと等、今でなくても差支えないものまで)。会社との接触を断つことがうつ病最大の治療なのに、むしろ接触が増え、日増しに神経が擦り減っていきました。
強烈だったのが「10月1日付の告示なので、それに合わせて今の借上社宅から速やかに引っ越していただいて…」の一言。この時点で引っ越し業者の見積すら済んでおらず、そんなすぐに退居できないと伝えましたが、「費用がかかることなので上司と相談して…」とお役所的な返答。仕方なく、私達も引っ越しに向けて努力するから10月末まで住まわせてもらいたい旨を上司に伝え、了承をもらいました。
書類紛失未遂
前述のやり取りでかなり疲弊していた9月末、良くない知らせが届きました。「育児休業給付金の申請に必要な書類がまだ提出されていないので速やかに提出していただけますか?」…何を言っているのか?休職前にも次男誕生直後にも早々に提出したのに?申請が遅れても困るので至急対応しましたが、数日して「保管庫の中で他の書類の陰に隠れていた」ことが判明。当該部署の管理職から謝罪はありましたが、個人情報を紛失しかけておいて「フロー通り適切に対応していた」と言い訳…怒り心頭に発し、失望しました。
この一件にトドメを刺され、体調は急速に逆行。集中力の低下、激しい気分の浮き沈みや物忘れといった症状が現れ、ちょっとのことでストレスを強く感じる神経過敏な状態、また、就労意欲も極端に低い状態でした。このままでは潰れる!と思い、私に連絡してきた全ての人に実情を話し、まずはそっとしておいてもらいたい・連絡は誰かからまとめてもらいたい旨を伝えました。
10月
長男の一時預かり保育
荷造り作業の時間確保と併せて長男の教育のため、自宅近くの保育園で一時預かりをお願いすることとしました。預かり初日、登園には妻が付き添いましたが、別れ際はギャン泣きだったそう。それでも園内で遊び回り、先生から色々と教えてもらって気が紛れたのか、私が迎えに行ったときには想定外にケロッとしていました。

よほど楽しかったのか、家でもシール貼りに熱中
この預かり保育は長男にとって良い刺激だったようで、できることが増え、色々なことを一呼吸おいて自問自答してから行動に移すといった様子が垣間見えるようになりました。
思い出作り
会社の費用で梱包・開梱サービスを頼んだので、自分達の荷造り作業は最低限で済みました。おかげで多少自由な時間ができたので、主に家族と思い出作りに充てることとしました。

彼岸花を足で掴む次男

多摩川沿いを家族で散歩

通り過ぎる消防車に興味津々な長男
併せて、自分の時間も多少いただいて、稲城や府中を散策してきました。

東京での最後のバードウォッチング

こんな近くにこんないい湯があったとは!
渡りのとき
10月31日、ついに引っ越し当日となりました。ですが、ここには私1人のみ。というのも、子供達の体調が優れず、梱包・搬出作業の中ではゆっくり休めないと判断して、妻と共に一足先に静岡へ渡ってもらったのでした。
1人で引っ越し業者とやりとりして、荷物がドンドン運び出されていく…ガランとして声が響く部屋は、寂しさを募らせますね。


コーラが美味しい!
家に何も残っていないことを確認して、鍵をガチャン!これで本当に稲城市ともお別れです。ありがとう稲城市、慣れてきたらそれなりに楽しい街でしたよ。
元気なしのすけ…
会社側のチグハグな対応と、本来なかったはずの余計なストレスと、引っ越しに関する諸々で、心身の疲労が極限状態にあります。育休と併せてうつ病治療のための休息と考えていましたが、後半は休むどころかストレスを感じながら過ごす日が多かったです。
心療内科の先生の判断に従うところではありますが、やっていける自信がどうにも湧いてきません。こんな調子で12月から復職できるのか、自分でも正直よく分かりません。
長文となりましたが、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
