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#014 さよならが来ることを分かっていたとしても ~彼女の名前~

新緑に包まれた駐車場の一角には、まだ午前の柔らかい光がまだまばらに残っていた。最後に特急の車内で――知人とするには少し遠く、他人とするにはあまりに多くの記憶を共有しているという、お互いに名前すら知らぬまま交わしたあの会釈から、いつの間にか二ヶ月という時間が音もなくすり抜けていっていた。コロナの禍は、二人の距離を時に遠ざけるように、そしてまるで親切な助言をするかの如く、絶妙な間を置くようにと僕に指示をした。「もう少し、時間を温めてみてはどうだい?」と、どこかの声が囁いたように。街の空気はいつの間にか乾いた春を追い越し、どこか重たくじめっとした初夏の匂いをアスファルトの隅々にまで漂わせ始めていた。

落ち着いたライトブルーのボウタイ・ブラウスに、限りなく白に近いクリーム色のロングスカートをまとった女性がそこに立っていた。世の中には何種類もの白が存在するというが、まさにそんな静かなニュアンスを湛えた色合いだった。髪を短く切りそろえた彼女は、僕の姿を認めるやいなや、隠せない戸惑いと、それと同じくらいの純粋な好奇心に満ちたまなざしをもって、そっと会釈をした。そこには、ビジネスの社交や接客とは異なる、もっと個人的で品のある紳士淑女のマナーが垣間見えた。

僕は軽く右手を差し出した。

「今日は来てくれてありがとうございます。オサムです」

職業病というべきか、あるいは長年の習慣というべきか、挨拶の礼儀として反射的に握手を求めてしまった。その唐突な求めに対しても、彼女は小さな困惑と、ほんの少しの(しかし決して愛想笑いではない)笑みを混ぜ合わせながら、ゆっくりと僕のほうにその小さな手を差し出した。

「はじめまして、イズミです。イズミと言います。初めてですね。私の名前をお伝えするのは」
「ですね、イズミさん。では、食事でも行きましょうか」
「はい」

二人のあいだには、これまでずっと、目に見えないけれど決して越えてはならない透明な壁のようなものが存在していた。それはお互いを守るためのものでもあり、同時にそこから一歩も先へ進ませないための、冷たくて静かなルールだった。僕たちはその壁の存在を互いに承知の上で、あえて触れずにここまで歩いてきた。

けれど、彼女が差し出した手のひらの温もりと、その瞳の奥に揺れていた小さな好奇心は、その見えない境界線を内側から静かに溶かしていくようだった。それは何かが劇的に爆発するような派手な瞬間ではなく、古い氷の塊が春の陽射しの中で誰にも気づかれぬままゆっくりと水にかえっていく、そんな気配に似ていた。

禁忌に踏み入れてしまうことの危うさを知る冷徹な理性が心の片隅でチリと音を立てる一方で、僕らの内側で新しい光をどこかで見出そうとする乾いた飢えのようなものが、その溶けゆく壁の向こう側へと、静かに、しかし抗いがたい引力をもって引き寄せられていく

僕たちはそれぞれに抱えていた小さな警戒心を、まるで役目を終えたコートでも脱ぎ捨てるように、その駐車場の初夏の空気の中にそっと預けた。

それが、“さよならが迎えにくることを最初からわかっていたとしても



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