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維新の虎 島津久光


維新の虎 島津久光

著者

植松三十里

出版社

株式会社集英社

発行

2025年12月25日 第1刷

感想

手にしたきっかけ

 最近、歴史上の人物の再評価が流行っているのかなと思う今日この頃。例えば田沼意次であったり、松永久秀などはかつては悪役として描かれていたが、最近は主人公を助けたり、主人公として善政を行おうとしたりどちらかというと善人役が増えてきているように思っていた。
 そんなことを考えていたら著者のSNSで本書が出版されることを知った。   正直に言うと私は島津久光もそれほど良い印象は持っていなかった。恐らく西郷隆盛を主人公にした小説などで、西郷とそりが合わず島流しにしたばかりか、困った時は呼び戻したり、最後は西南戦争で見殺しにするという描かれ方をしていたように思う。この辺り、久光は大久保利通を買っていたことから、そのような印象を持つに至ったのかも知れない。
 また兄の島津斉彬が久光やその生母お由羅の方によって暗殺されたという説もあって、好きになれない人物であった。

 そんな島津久光を主人公に小説にするというのだから、なかなかのチャレンジだなと思った。
 著者の植松三十里先生を知ったのは一年ほど前に私の実家がある大分県別府市発展の功労者である油屋熊八を主人公にした「万事オーライ 別府温泉を日本一にした男」を読んで。それ以来、機会があるたびに先生の著作を読んで来た。「イザベラ・バードと侍ボーイ」や「侍たちの沃野 大久保利通 最後の夢」ではなかなか教科書には載らないが、現代にまで残る功績を残した人たちがいるということを知り、勉強になった。
 そんな筆者が島津義久をどう描くのか?楽しみにしながら手に取った。

改めて調べてみると

 当時薩摩藩で起きた「お由羅騒動」。確かに藩主、島津斉興の側室、お由羅が我が子義久を斉興の後継者とすべく、正室の子供である島津斉彬の廃嫡を目論んだ事件ではあるのだが、改めてよく調べてみると、お家騒動には違いないが、よくある権力争いの一つに過ぎない印象を持った。
 斉彬擁立派は斉興がなかなか家督を譲らないことに加え、いつまでも倹約を押し付けること(これで藩の財政が上向いたのは事実なのだが。)、更に多発していた外国船の漂着・襲来事件に巻き込まれることがあったため、西洋の事情に疎い斉興より、海外事情に明るい斉彬が藩主になることを望んでいた。
 一方、久光擁立派は「蘭癖大名」と見られていた斉彬が、ようやく黒字になった薩摩藩の財政をふたたび悪化させるのではと恐れていたことに加え、斉興が斉彬を嫌っていたこともあったらしい。
 勿論、お由羅が久光を藩主にしたいと望んだこともあるだろうが、単なる権力闘争に自分の名前を付けられたお由羅にとってはとんだとばっちりで、可哀そうな気がした。(私もお由羅はとんでもない悪女だと思っていた…)
 しかも本作を読んで知ったのだが、驚いたことにお由羅は薩摩で生涯を全うしているではないか。騒動に名前まで付けられているくらいだから私はてっきり、あの時代は権力争いに敗れた者は粛清されることも多かったので、斉彬が藩主になった時点で亡くなっていると思っていた。
 本作で晩年のお由羅が久光に「私は家中で嫌われていた」と語る所があるが、権力闘争に自分の名前まで付けられて、どんな思いで生涯を送ったのだろう。それとも甘んじて受け入れていたのだろうか。

斉彬の死

 本作では斉彬が権力闘争に勝って藩主になるまでを、史実に忠実に描いていると思った。こうして読むと名君と言われる斉彬も権力闘争では勝つためにそれなりのことをしている印象である。
 そんな斉彬だが富国強兵や下級藩士からの人材登用(西郷隆盛や大久保利通)を進めるが、数年で他界してしまう。斉興や久光、お由羅が暗殺したという噂もあったようだが、藩主になって七年も経過していることと、当時コレラが流行っていたこともあり、さすがにそれは無いだろうと思う。本作でもその立場を取っており、斉彬の政策を助け、斉彬亡き後は父、斉興と再び権力闘争を演じてもいる。(本人は望まなかったのだが。)

認識が変わった

 本作で大きく認識が変わったのは義久と西郷の関係性である。それまで私は義久は大久保や小松帯刀のことは買っているが、西郷とはそりが合わないと思っていた。
 しかし史実を振り返っても確かに義久は西郷を島流しにしたりしているが、それ相応の理由があり、呼び戻してからの活躍は周知のとおりである。
 本作でも確かに西郷は使いにくい男ではあるが、一旦、心を許すと忠実に働いてくれるし、義久も安心して仕事を任せるように描かれている。斉彬の影響もあったのかも知れないが、義久も人材を扱うことにかけては長けていたのかも知れない。そんな印象を抱いた。

久光の思い

 本作での大久保利通暗殺の知らせを受けた久光が慟哭しながらつぶやく言葉、これは小説ではあるが久光は晩年、このような思いを持っていたのではないかと思うようになった。
 まるで現在を見通しているようではないか。そして今、大久保もそうだが久光の歴史的評価も見直されつつある。本人が望まないにも関わらず、何か事あるごとに駆り出され、巻き込まれ、結果的に憎まれ役になる。そんな久光を見直すべき時なのかもしれない。

最後の疑問

 と、本作を読んだ感想をダラダラと綴ってみてふと思った。
 本作で久光は(斉彬も)一橋慶喜(徳川慶喜)を将軍補佐や将軍職に推すも、実は慶喜自身はプライドが高く、無役の久光を軽視し、狡猾にふるまって、久光を幻滅させている。それどころか最後は「あってはならない将軍」とまで思わされている。(これが西郷たちの倒幕運動の後押しになるのだが。)
 そんな本作での悪役、徳川慶喜だが実は筆者は徳川慶喜を主人公にした小説も書かれているではないか。本書の著者の作品紹介の中に「徳川最後の将軍 慶喜の本心」というのを見つけた。

「徳川最後の将軍 慶喜の本心」の紹介

 うーん。これは気になる。こちらの作品で慶喜はどのように描かれているのだろう。今度はこちらの作品を読んでみて本作との慶喜の描き方の違いを楽しんでみようと思う。

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