俳優・足立智充と宇野祥平に学ぶ「聴く仕事」の本質***現役チャットレディが感じたこと
こんばんは☆彡
現役底辺チャットレディ、
ココナラでのお話し聞き役、原田です(^^)
映画を観ていて、
「あ、この人が出てるだけで安心する」
と思う俳優さんはいませんか?
私にとってそれが、
足立智充さんと宇野祥平さんです。
主演でも、
ほんの数分の出演でも、
そこに映っている限り目が離せなくなる。
今日はそんなお二人と、
私が一番衝撃を受けた映画
「夜を走る」について、
そして
普段チャットレディ・ココナラで
「人の話を聴く仕事」をしている私が、
そこに感じた繋がりについて書いてみようと思います。
「夜を走る」という不思議な映画
序盤は、
正直かなり陰鬱な空気の作品です。
何かがじわじわと積もっていくような、
息の詰まる時間が続きます。
ところが中盤から、
物語は思いもよらない方向に転がり始める。
「え、こんな映画だったの!?」
と、観ながら何度も声が出そうになりました。
足立智充さんが演じるのは、
冴えない、
どこにでもいそうな地味な青年です。
その「普通さ」がまず絶妙で、
観ているこちらも油断してしまう。
そこに、
宇野祥平さんが演じる、
胡散臭い宗教団体の教祖が現れます。
この教祖役が、本当に不気味でした。
顔は終始笑っている。
でも、
その奥で何を考えているのか、
まったく読めない。
のめり込んでいく信者たちを見つめる目には、
狂気とも呼べる何かが確かに宿っていて、
笑顔なのに背筋が冷える、
という矛盾した感覚を何度も味わいました。
あの胡散臭さは、
宇野さんだからこそ
成立していたハマり役だったと思います。
普通の青年と、
得体の知れない教祖。
この対比が、
物語が転がり出してからの衝撃をより大きくしていたように思います。
足立智充さんという振れ幅
足立智充さんを初めて意識したのは、
竹馬靖具監督の
「ふたつのシルエット」でした。
ここで足立さんが演じるのは、
感情も言葉も、
あまり表に出さない人物です。
物語の中で、
彼は別れた元恋人と再会します。
付き合っていた当時は、
うまく言葉にできなかった気持ち。
別々の人生を歩み始めた今になって、
ようやくそれに気づく。
でも、気づいたところで、
もうどうにもならない。
そんなやるせなさが、
セリフではなく
表情や仕草の端々からにじみ出てくる。
「大切にしていたんだな」
という哀愁が、
言葉を尽くさないぶん、
逆にまっすぐ胸に刺さってきて、
「あー…良いなあ…」
と声が漏れてしまいました。
同じ竹馬監督の
「のほうへ、流れる。」でも、
その繊細な佇まいは変わりません。
でも
「夜を走る」を観てから、
足立さんへの印象は大きく広がりました。
あの静かな佇まいの奥に、
あんな激しさが潜んでいたのかと。
かと思えば
「夜明けのすべて」のような
優しい作品では、
また違う柔らかさを見せてくれる。
「雨の中の欲情」のような
一癖ある作品にも顔を出す。
一人の俳優が、
こんなにも違う顔を見せてくれることに、
単純にワクワクしてしまいます。
宇野祥平さんという圧
宇野祥平さんは、
出てるとつい観たくなる俳優さんです。
「夜を走る」での教祖役だけでなく、
「罪の声」での演技は忘れられません。
実は助演男優賞を受賞されているのですが、
それも納得です。
登場した瞬間、
正直「これ、宇野祥平さんなの?」
と分からないくらい、
ガリガリに痩せた姿でした。
過去の出来事に
ずっと囚われ続けている人物で、
その悲壮感が画面から滲み出てくる。
観ているこちらまで、
息苦しくなるような感覚になりました。
同じ「地味な脇役」でも、
「夜を走る」の不気味な笑顔とは
まったく違う質感の芝居で、
この振れ幅にも驚かされます。
かと思えば
「舟を編む」や
「ケンタとジュンとカヨちゃんの国」
のような作品にも顔を出し、
そのたびに違う表情を見せてくれる。
「ぼっちゃん」や
「ビリーバーズ」
「ラストマイル」でも、
独特の存在感を放っていました。
お二人が交わる場所
不思議なのは、
こんなにタイプの違う二人が
「夜を走る」
という一本の映画の中で、
ちゃんと同じ緊張感を共有していたことです。
静かな不穏さを纏う足立さんと、
圧のある芝居で場を締める宇野さん。
その対比があったからこそ、
あの中盤からの展開の衝撃が、
より際立ったのかもしれません。
「聴く仕事」をしていて気づいたこと
私は普段、
チャットレディとして働きながら、
ココナラで電話相談サービスを出品しています。
誰かの話をじっくり聴く、
というのが私の仕事の中心です。
この仕事をしていて感じるのは、
「主役」になれない気持ちを抱えている人が本当に多い、
ということです。
誰かの人生の脇役のような気がして、
自分の痛みや違和感を、
うまく言葉にできずにいる。
周りに合わせて
「普通」を演じているうちに、
自分の本音がどこにあるのか分からなくなってしまう。
そんな話を、
電話の向こうから何度も聴いてきました。
足立智充さんも宇野祥平さんも、
主演でなくても、
ほんの少しの出番でも、
その場に
「生きてる質感」を
しっかり残していく俳優さんです。
地味に見える役の中に、
実はものすごい熱量や葛藤が隠れている。
脇にいるからこそ拾える生々しさというものが、
確かにあるのだと思います。
これは、
相談を聴く仕事をする中で、
私がいつも大切にしていることと重なります。
相談してくださる方の多くは、
自分では
「大した話じゃない」と思っていたり、
「こんなこと誰かに話していいのか」
と迷いながら話し始めます。
でも、聴いてみると、
そこには誰にも言えなかった本音や、
ずっと抱えてきた葛藤が確かにある。
主役じゃなくても、
目立たなくても、
その人にとってその話は紛れもなく
「自分の人生の中心」なのです。
誰かの話を聴くとき、
私は相手に
「主役」を演じてほしいわけではありません。
ただ、
その人がその人らしくそこにいてくれること。
それだけで、
話は十分に価値のあるものになる。
足立さんと宇野さんの芝居を観るたびに、
そのことを思い出させてもらっている気がします。
映画と傾聴についてを
絡めて書いている過去記事も
もし良かったら…
見てみてください★
おわりに
好きな俳優の話を書くつもりが、
気づけば自分の仕事観にまで
話が広がってしまいました(^_^;)
でも、
映画を観て「グッとくる」瞬間と、
相談を聴いていて
「ああ、この人の本音に触れられた」
と感じる瞬間は、
私の中では
どこか同じ場所から来ている気がします。
もし
「夜を走る」や
「ふたつのシルエット」、
「罪の声」を観たことがある方がいたら、
ぜひ感想を聞かせてください。
そして、
誰かに話を聴いてほしいと思ったときは、
ココナラで電話相談も出品していますので、
覗いてもらえたら嬉しいです。
最後まで読んで下さって
本当にありがとうございました(*^^*)
