Threadsで手書き風プロンプトが大バズりして、5日でフォロワーが1万4000人増えた話
何気なく開いたChatGPTが、すべての始まりだった
ChatGPTの画像生成にアップデートが入ったらしい。
そんな話が、Threadsのおすすめ欄やフォロワーさんたちの投稿に、ちらほら流れてくるようになった。
「すごい」
「めちゃくちゃ精度上がってる」
「日本語もいけるようになってる」
そんな声を見かけて、私はいつものように
「ほほう、どれどれ」
くらいの気持ちでChatGPTを開いた。
今思えば、ここがすべての始まりだった…。
どうやらそのアップデートは、全員に一斉に来ていたわけではなかったらしい。
いわゆるシークレットアップデートのようなもので、選ばれた一部のアカウントだけに適用されていたようだった。
そして、たまたま。
本当にたまたま、私の別アカウントのChatGPTには、そのアップデートが来ていた。
これがまぁ、びっくりするくらいすごかった。
今まで画像生成で日本語を入れようとすると、文字化けしたり、謎の異世界言語になったり、なんとも言えない不思議な看板が爆誕したりしていた。
あれはあれで味がある。
いや、味がありすぎる。
ところが、その時のChatGPTは違った。
簡単な指示を出しただけで、日本語がちゃんと入る。
文字が崩れない。
画像の雰囲気もかわいい。
しかも、こちらが細かく言わなくても、かなりいい感じに仕上げてくれる。
え、なにこれ。
急にどうしたん。
そこで私は、手書き風の要素を加えた画像を作ってみた。
ちょっとラフで、ゆるくて、あたたかくて、手帳やノートに貼りたくなるような雰囲気の画像。
文字も絵も破滅的に下手でセンスがなかった私は、ずっと手書き風の加工に憧れをもっていたからだ。
作ってみると、なかなかかわいかった。
というかおしゃれ。

うおおおお、これはいい!
みんなにもやってほしい。
そう思って、私はいつもの感じでThreadsに投稿した。
「こんなのもできたよ」
「かわいいから、みんなもやってみて」
本当に、それくらいの軽い気持ちだった。
バズらせようなんて、まったく思っていなかった。
フォロワーを増やそうとか、何かの戦略にしようとか、そういう気持ちもなかった。
ただ、かわいいものができたから見せたかっただけなのだ。
フォロワーさんたちにも遊んでほしかった。
それだけだった。
当時の私のThreadsのフォロワーさんは、200人ちょっと。
ひとり増えただけでも、
「わー!フォローしてくれたー!」
と普通に喜んでいた。
そんな、平凡なSNS生活を送っていたのである。
でも、最初に届いたのは感動の声ではなく、
「できないよ!」
というフォロワーさんたちの声だった。
「できないよ!」を「できた!」に変えたかった
私のChatGPTでは、わりと簡単にできた。
めっちゃざっくりした指示でも、それっぽく仕上げてくれたのだ。
でも、フォロワーさんたちの画面では同じようにならないらしい。
試しに、自分も別のアカウントのChatGPTで試してみたら、見事なまでの文字化け画像ができあがったのだ。

ここで初めて、私は気づいた。
あ、こりゃー私の環境がたまたま良かっただけなのかもしれない。
せっかく興味を持ってくれたのに
「なんや、できないやないかい」
と思わせてしまうのは、なんか違う。
それはイヤだった。
なにより、私はできないと言われると、できるようにしてあげたくなるお節介なところがある。
それが、ここでも発動してしまった。
そこで私は、もう一度プロンプトを作り直すことにした。
雰囲気。
色味。
文字の見せ方。
手書き風のニュアンス。
余白。
崩れすぎないこと。
日本語が読みやすいこと。
初心者でもそのまま使いやすいこと。
ざっくりした指示ではなく、なるべく多くの人が同じように再現できるように、ひとつひとつ言葉を足していった。
ここでも、すごいプロンプトを作ってやろう!という気持ちではなかった。
ただ
「できないよ!」と言ってくれた人たちに、「できた!」と喜んで欲しかったのである。
そして、その細かく指定したバージョンのプロンプトを出した。
この時、すでにフォロワーさん以外からもリプが届くようになっていた。
そこで、ひとり「かわいくできなかった」と伝えてきた人をとっ捕まえて「このプロンプトならどうや!!」って、多少押しつけがましく送ったら、見事にうまくいったのだ。
その成功したプロンプトを再度ポストした。
すると、リプ欄に少しずつ画像が貼られ始めた。
「できました!」
「かわいい!」
「私にもできた!」
「これすごい!」
「初めて成功しました!」
おお。
できてるできてる。
みんな、できてる…!
うわっほおおおい!
嬉しかった。
自分の投稿が伸びたことよりも前に、まず「みんなが再現できた」ことが嬉しかった。
みんなが色んなアレンジをしてくれて、すごいかわいい画像がどんどんできていく。
届いた言葉も、本当にあたたかかった。
「こういうのってだいたい失敗することが多いんだけど、初めて成功しました」
「AIあんまり使ったことない私でもできました!」
「アラカンでもできましたよー」
「憧れてた手書き風ができるの感動です!」
「天才!」
天才。
天才……?
いや、天才ではない。
こちとら、ただのイカである。
でも、そんなふうに言ってもらえるくらい、誰かにとっては「できた!」が嬉しい体験だったのだと思う。
たぶん今回広がっていたのは、プロンプトそのものだけではない。
手書き風の画像がかわいかった。
AIで作れるのが面白かった。
日本語が入るのも新鮮だった。
それも大きかったと思う。
でも、それ以上に広がっていたのは、
「私にもできた!」
という感覚だったのではないだろうか。
情報を渡したというより、体験を渡した。
知識を配ったというより、「できた!」という感覚を配った。
そして人は、自分ができたものを誰かに見せたくなる。
かわいくできたら、なおさら見せたくなる。
自分でも作れたら、嬉しくて報告したくなる。
その「見て見て!」が、リプ欄にどんどん増えていった。
フォロワー200人台のイカに、突然バズが来た…!
この時点では、まだ私はバズっている実感がなかった。
ただ、リプが増えている。
いいねが増えている。
いつもより反応が多い。
それくらいの感覚だった。
でも、その裏側で、数字はとんでもない速度で動き始めていた。
いいねの通知。
リプの通知。
引用の通知。
フォロー通知…。
全部が同時に流れてくる。
普段はPCでThreadsを見ているため、ブラウザ版のタブのところに新しい通知がみえるのだが…
更新してもしても、すぐに(9+)という表示になる。
通知欄を開いても、読み終わる前にまた増えている。
え、なにこれ。
ちょっと待って。
お、追いつかないっす…。
嬉しい!
嬉しいけど…!
それまで私は、フォロワーさんがひとり増えるだけで喜んでいた。
それが、その日から急に変わった。
10人増える。
20人増える。
50人増える。
100人増える。
しかも、それが分刻みで起きる。
ありがたい。
ありがたいんだけど、ビビってしまう自分がいる。
人は、嬉しすぎることが起きても怖くなるらしい。
私はその日、初めてThreadsの通知を切った。
一生鳴っている。
本当に、一生通知が来る。
なにが起きてしまったのか。
私は、一体なにを生み出してしまったのか。
だんだんと、自分すら恐ろしくなっていく。笑
その一晩で、フォロワーさんは一気に500人くらい増えた。
仲の良いフォロワーさんたちもその増え方を見てくれていて
「これ、1000人いっちゃうんじゃない?!」
なんて話していた。
いやいやいや。
1000人?
まさか。
と思っていたら、本当にすぐ1000人になった。
1000人なんて、とてつもなく遠く感じていた数字をなんともあっけなく達成してしまった。
せっかくだから、ありがとう画像を作ろうと思った。
「フォロワー1000人ありがとう!」
そんな画像を作って、投稿しようと思った。
でも、その画像を作っている間にも、フォロワーさんはどんどん増えていった。
完成した頃には、もう2000人近かった。
おい。
な、なんだこれ…
どういうことだ…
こわいこわいこわい…!
そこからは、もう止まらなかった。
1日で数千人規模で増えていく。
リプも、いいねも、引用も、フォローも、ずっと動き続けている。
よくSNSでは、
「1ヶ月でフォロワー1000人達成!」
という話を見かける。
すごいなぁ。
私もいつか、そんなふうになれたらいいなぁ。
そう思っていた。
でもまさか、自分が1週間も経たずに、それをはるかに超える増え方をするとは思っていなかった。
最初のころに追っかけていた大手さんたちのフォロワー数をごぼう抜きしていった。
今までフォロワーさんを増やすために考えてきたこと。
プロフィールを整えること。
投稿の内容を考えること。
交流すること。
見せ方を工夫すること。
発信の軸を作ること。
もちろん、それらが無意味だったとは思わない。
でも、今回のバズの前では、それらが一瞬で小さく見えた。
あの勢いは、本当に別の生き物だった。
アルゴリズムという海流に、突然巻き込まれたみたいな。
自分で泳いでいたはずなのに、気づいたら大きな流れに乗せられて、知らない場所まで運ばれていく。
そんな感覚だった。イカだけに。
プロンプトは、私の手を離れていった
でも、バズはいいことばかりではなかった。
広がるということは、自分の手を離れるということでもある。
そう、私が作ったプロンプトを、別の人が配っていたのだ。
最初は「あ、紹介してくれてるのかな?」くらいに思った。
でも、よく見てみると違った。
私の名前はない。
元の投稿へのリンクもない。
引用でもメンションもない。
その人が自分で作ったかのように、普通に配布している。
もちろん、ネットに出した以上、完全に守ることはできない。
それは頭ではわかっている。
しかも、私はそれを無料で出した。
誰でも使えるように出した。
使ってくれること自体は嬉しい。
でも。
自分が作ったものを、誰かが自分のものみたいな顔で配っているのを見ると、思っていた以上に心がモヤッとした。
「それ、私が作ったやつや」
と、遠くから小さく手を挙げているような気持ちになる。
とくにXは、もう無法地帯だった。
何万、何十万とフォロワーがいる人たちが、我が物顔で配っているのも見た。
大手のアカウントが配れば、当然そちらの方が広がる。
私が作ったものでも、多くの人は、その大きなアカウントから初めて知る。
すると世の中的には、その人が紹介したもの、その人が見つけたもの、その人が配ったものになる。
ああ、こういうことか。
私はその時、過去に見かけた話を思い出した。
レシピを考えた人が、大手のアカウントに真似されてしまう。
構図を作った人が、別の人にそのまま使われてしまう。
言い回しや企画をパクられて、発信をやめてしまう。
そういう話を、今まで外側から見ていた。
今回、自分がその立場に少し立って、初めてわかった。
あれは、想像以上にしんどい。
自分が作ったものを取られることもつらい。
この世に出回っているものには、どこかに最初に手を動かした人がいる。
でも、広がる時には、その人の名前だけが抜け落ちていくことがある。
アイデアだけが一人歩きして、作った人の気持ちは置いていかれる。
さらに、あるフォロワーさんからは、こんなことも言われた。
「無料で出したものに権利を主張するのはおかしい」
「嫌なら有料で出せばよかっただけ」
なるほど。
そういう考えの人もいるのか。
正直、傷ついた。
自分でもわかってはいたし、所詮AIで作り上げたものだから、言葉をちょっと変えれば同じようなものはいくらでも生成できるから。
わかっているけども
身近にそう思っている人がいたということにもショックを受けたのかもしれない。
でも同時に、たしかにそう考える人がいることも、今回知ることができた。
「みんなに使ってほしい」と思って出すことと、「誰かに自分のものとして扱われても平気」ということは、まったく同じではない。
みんなに使ってほしかった。
でも、自分が作ったことまで消えてほしかったわけではないから。
守ろうとしてくれた人たちがいた
そんな中で、私のプロンプトを守ろうとしてくれる人たちも現れた。
パクッて配ってる人たちに
「これは元の投稿がありますよ」
「このプロンプトはボンジンイカさんのものでは?」
「引用元を書いた方がいいと思います」
そんなふうに、声を上げてくれる人たちがいた。
え。
私のために?
守ろうとしてくれてるの?
私自身ですら、どうしたらいいかわからなかったのだ。
でも、私よりも先に怒ってくれる人がいた。
私よりも強くモヤモヤしてくれる人がいた。
私の作ったものを、私の代わりに守ろうとしてくれる人がいた。
それが、ものすごく心強かった。
「プロンプト警察」
そんな言葉で、ネガティブに言われてしまうこともあったけど。
でも、私にとっては違った。
その人たちは、私のために怒ってくれていた。
私が言いにくいことを、代わりに言おうとしてくれていた。
それが、本当に嬉しかった。
ただ、守ろうとしてくれる人たちがイヤな思いをしてしまうのは嫌だった。
だから私は、他の人に直接注意するのは控えてください、とお願いしてしまった。
本音を言えば、心強かったんだ。
本当に、ものすごく心強かった。
でも、自分のプロンプトを守ることよりも、私を守ろうとしてくれた人たちを守りたいと思った。
あの時は本当に、ありがとうございます。
私はアイドルじゃない。ただのイカである
そしてもうひとつ、バズったあとに私を飲み込んだものがある。
プレッシャーだ。
フォロワーさんが増えすぎて、急に自分の投稿が怖くなった。
これからもプロンプトを出し続けなきゃいけないのだろうか。
みんなが喜ぶAI活用を紹介し続けなきゃいけないのだろうか。
AIと関係ないことを投稿したら、がっかりされるのだろうか。
頭の中に、知らない人たちの目がどんどん増えていった。
実際には、誰かに直接何かを言われたわけではない。
でも、増えた数字を見ているうちに、勝手に“期待されている私”を作り始めていた。
プロンプトの人。
AIの人。
役に立つ人。
失敗しない人。
不快にさせない人。
いや、誰。
その人、誰なのよ。
こちとら、そんなに立派な人間ではない。
そもそも、プロンプトを専門に作ってきた人でもない。
AIの先生でもない。
企業アカウントでもない。
なのに、勝手にそうならなきゃいけない気がしていた。
バズった投稿が、私の名刺になってしまったような感覚だった。
でも、ふと思った。
いや、無理じゃない?
1万4000人全員を喜ばせるなんて、普通に無理じゃない?
そもそも、私はアイドルじゃない。(誰もアイドルだとは思ってないのよ)
ただのイカである。
ただのイカが、1万4000人全員の期待に応えてご機嫌を取ろうとするな。
冷静に考えたら、無茶すぎる。
ここは私のThreadsだ。
私が書きたいことを書いていい場所だ。
プロンプト目当てでフォローした人が、「あれ、思ってた感じと違うな」と思って離れていくこともあるだろう。
それは仕方ない。
というか、それでいい。
去る人は去る。
残る人は残る。
それくらいじゃないと、続かない。
そう思えた時に、やっと自分を取り戻せた。
そして私は、今までのボンジンイカに戻ることにした。
プロンプトだけの人にならなくていい。
AIの役立つ情報だけを出し続けなくていい。
完璧な人間のふりをしなくていい。
今まで通り、noteのことも書く。
Threadsのことも書く。
思ったことも書く。
楽しかったことも、モヤモヤしたことも書く。
そう決めて、Threadsでも宣言した。
まぁ、正直に言ってしまえば少し怖かった。
でも、返ってきた言葉は、思っていたよりずっとあたたかかった。
「応援してます!」
「そのままで大丈夫です」
「これからも楽しみにしています」
そんな声が届いたのだ。
バズったプロンプトだけではなく、私自身の発信に反応してくれる人がいた。
それが、本当に嬉しかった。
結果として、Threadsのフォロワーさんは5日で1万4000人に増えた。
noteのフォロワーさんも1700人ほど増えた。
プロンプトの記事は、noteの月間1位のスキを獲得した。
月間1位。
いや、月間1位て。
ついこの前まで、100ビューで「うおおおおお100人も見てくれたぁぁ!!!」と小躍りしていたイカである。
それが急に、何千、何万という数字の中に放り込まれた。
正直、今でも少し現実味がない。
でも、今回の体験をひと言でまとめるなら、やっぱりこう思う。
最高にすばらしい体験だった!!!
もちろん、きれいなことばかりではない。
嬉しかった。
怖かった。
モヤモヤした。
傷ついた。
守ってもらって泣きそうになった。
プレッシャーで自分を見失った。
それでも、自分に戻ってこれた。
バズって、ただのご褒美みたいなものだと思っていたけど。
でも実際にその中に入ってみると、バズはもっと生々しかった。
自分が作ったものが、自分の手を離れていく。
知らない人に褒められる。
知らない人に消費される。
知らない人に期待される。
そして、知らない誰かに守ってもらう。
そこには、数字だけでは見えないものがたくさんあった。
私は今回、プロンプトをバズらせたのだと思っていた。
でも振り返ると、少し違う。
たぶん私は、誰かに「できた!」という体験をして欲しかったのだ。
AIが得意な人だけではなく、普段あまりAIを使わない人にも
「私にもできた」
と思ってもらえるものを渡せた。
それが、何より嬉しかった。
そして、もうひとつ。
今回の出来事は、私にとって「偶然のバズ」だけでは終わらないものだった。
これは、私が引き寄せた現実だった
今回のバズのことは
運が良かった。
タイミングが良かった。
アルゴリズムに乗った。
それも、もちろんある。
でも、私の中では、それだけでは片づけられない感覚がある。
私は今回のバズを、ただの偶然だとは思っていない。
これは、私が引き寄せた現実だったと思っている。
おっと。
なんか急にスピってきたなコイツ、と思われるかもしれませんが…
怪しい壺を売りたいわけではないので安心してほしい。笑
今回のことは、バズった理由も分析もできる。
(分析は分析でまた後日書けたらかくね)
ただ、振り返ると、偶然では片づけられないような、小さな奇跡のような必然のようなものが積み重なっている。
ここから先のお話は、スピリチュアルかもしれないし。
なるべくしてなった話なのかもしれない。
ひとつ断言するならば
このバズを起こす2日前に、私はこうなる自分を想像していたのだ。
だから違う意味でも驚いたし、自分の人生が確実に動くようになった感覚もある。
というわけで、次回は
「5日でフォロワー1万4000人増やす方法!」
ではなく…
「あれ、なんか適当にやって方がうまくいんだが?!」
っていう、ボンジンイカ流の頑張ってないのに、うまくいってしまう方法をお届けしたいと思います。
引き寄せに興味がある人はもちろん
今やっていることに結果が出なくて悩んでいる
すぐにモチベーションが下がっちゃう
頑張らないとって思って辛い
そんな人たちに読んで欲しいです。
人生は楽しんでなんぼよ!!!

では、また次回お会いできるのを楽しみにしております。
ボンジンイカ♡
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