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青木美希記者の原発問題に関する私的な活動まで抑圧する朝日新聞社の経営姿勢は「原子力村の一員である事実」を教えるのか(その2)

 2 青木美希記者の原発取材活動にとってなんらかの意味がある人生・経歴は,北海道大学東京同窓会会報に寄せた,青木美希「東日本大震災10年避難者はいまも7万人」『FRONTIER』2021年2月20日,28ー30頁に語られている

【前記】 「本稿(2)」は(1)が承前であるので,できればこちらから先に読んでもらえると好都合である。

 ⇒ https://note.com/brainy_turntable/n/n6857db4725ff  

 なお見出し文句に振られている連番は「本稿(1)」に連絡させているので,この(2)では番号を通して「」から始めている。

前記

 まず以下の『北海道大学東京同窓会会報』に青木美希が寄稿した文章を紹介したい。

青木美希経歴・その1
青木美希経歴・その2

 この青木美希記者は根性の座った記者であり,ジャーナリストとしてなすべき基本作業を忠実に遂行してきた。それがゆえに「原子力村」側からはそれこそ「蛇蝎」のように嫌われる人物になっていた。しかし,この彼女に対するその処遇・この評価は,むしろ大勲章を授与されたも同然であった。これまで青木が制作・公表したつぎの3著を紹介しておく。

 青木美希『地図から消される街 3.11 後の「言ってはいけない真実」』 講談社(現代新書),2018年3月。

 同 『 なぜ日本は原発を止められないのか?』文藝春秋(新書),2023年11月。

 同 『それでも日本に原発は必要なのか? 潰される再生可能エネルギー』文藝春秋(新書),2026年2月。

青木美希3著

 青木美希のこれら著作が語る内容は,2018年の本に対する読者側の感想中にあった表現を借りると,「震災直後から,実に丁寧に取材を積み重ねている。 福島を中心とする原発事故被害を受けた地域で,私自身もいつも直面するのは小さな欺瞞の積み重ねだ」という努力の手法を徹底する方途で,真っ向からその矛盾や問題を的確に指摘,批判していたのである。

 だから,原子力村側にとってみればこれほど地道に「アリの視点」に徹してきた,彼女の記者としての観察・分析にもとづく「事実の本質把握とその指摘・批判」は,耳をふさぎ,目を閉じたまま,完全に無視しておきたいほど充実した中身となっていた。

 それゆえ,彼女が『北海タイムス』社から『北海道新聞』社を経て『朝日新聞』社に職場を移し,記者としての活動をしてきた実績は,原子力村の立場・利害にとってみれば,まさに「お邪魔虫も同然のあつかい」するほかない人物だと邪視された。

 その付近の経緯・事情については「本稿(1)」で言及してみた話題であったので,ここでは繰り返さないが,彼女が指摘してきた日本における原発体制の深刻な問題性が,つぎに議論する論点となる。あれこれ素材として取りあげてみたい材料がたくさんあるのだが,いちいち紹介するわけにはいかないので,ここではつぎのの記述として注目した「識者の見解」に聞きながら議論していきたい。

 3「この国はどこへ行こうとしているのか 秩序なき時代に 半世紀変わらぬ脆弱性 エイモリー・ロビンスさん 78歳」『毎日新聞』2026年5月1日夕刊2面

 まず,このエイモリー・ロビンスの寄稿(実質はインタビュー記事だが)は,現状の日本におけるエネルギー政策が,いまだに原発・原子力エネルギーに執着している愚かさを,真正面から批判している。重要な発言を抜き出しつつ議論したいが,ここではさきにこの寄稿「全体」を画像資料にして紹介しておく。

原発にこだわる国々は下手をすると国家体制を大々的に
自己破壊する危険性に見舞われる覚悟をしておく必要がある

旧ソ連のチェルノブイリ原発事故と日本の東電福島第1原発事故が
それではなかったか

まだ懲りずにその第3の大事故を起こしたらどうなるのか

 エイモリー・ロビンスが語っていた内容から順次引用してみよう。まず1段目の後半で,こう述べている。

 〔19〕76年に提唱した「ソフトエネルギー・パス」は,エネルギー利用の効率化と再生可能エネルギーの活用を軸に,大量消費型の文明に転換を迫る哲学的構想だった。

 それから半世紀。米科学誌サイエンスは2025年最大の科学成果に「再エネの急成長」を選んだ。世界で再エネによる発電量が石炭火力を上回り,やっと時代が追いついたのだ。

ロビンス・引用

 ここで挙げるべき文献は日本語訳本となるが,エイモリー・B・ロビンスほか著,山藤 泰訳『スモール・イズ・プロフィタブル-分散型エネルギーが生む新しい利益 -』省エネルギーセンター,2005年である。

 また長洲一二編著『ソフト・エネルギー・パスを考える-A・ロビンス論文『ソフト・パスとは何か』収録-』学陽書房,1981年もある。

 関連する重要な文献に,E・F・シュマッハー,小島慶三・酒井 懋約『スモール イズ ビューティフル』講談社(学術文庫),1986年があった。

 ともかくロビンスは,自分が提唱した「再生可能エネルギーの時代」が半世紀も経ったいまごろようやく,よりはっきりしたかたちを取って実現しだした事実を指摘する。

 ここでつぎの図表を参照してみたい。

日本は2040年まで原子力の割合を「20~22%」にまで
「上げたい(戻したい)」と熱望している

日本がこのようにとくに米・EU・英に似せて
再生可能エネルギーが4〜5割の最大電源とし

そして原子力を2割程度および火力が3から4割程度となる企図を抱くが
基本としてこの路線は間違えている

国土の広いアメリカはともかくEUやイギリスはすでに放射性物質汚染の問題に関しては
以前から問題を抱えているし日本も後段で言及するが

「トイレのないマンション」状態が解決(解消)されるみこみすらない現状において
昔の原子力発電3割台はさておき2割にまで復活させようとする狙いは「愚策中の愚策」

以下に続く記述としては上の図表を参照した原文も引っ張り出しての議論となる

 この「図解でわかる! 日本の発電割合(2025年公表データ)」で『ENERES』が語った説明については,いくつか疑問となる論点を指摘しなければならない。

 a) 第1点目の指摘 「現時点では火力発電に頼らざるをえない事情もあ」るけれども,「太陽光や風力といった再生可能エネルギーは天候に左右されるため,電力の安定供給を維持するには,出力調整が可能な火力発電が必要」となり,「また,原子力発電の再稼働が限定的ななか,大規模な電力需要に対応できるのは火力発電しかないという現実もあ」るといったさい,

 つぎのように完全な誤りを,それも「原子力村」側から情宣されている俗説としての議論を,つまり完全に受け売り同然に「騙っている事実」にすらなにも気づかずに,こう説明している。

 日本の場合,「10年前〔つまり2015年〕と比較すると火力発電の割合は減少傾向にあり,今後もさらなる削減がみこまれ」,また「原子力発電の割合が徐々に増えている」が,この「原子力発電はCO2 をほとんど排出しないため,カーボンニュートラル実現に向けた重要な選択肢の一つとされてい」ると,まあ「例のごときなんら科学的な根拠のない俗説」を説いているところが,そもそも大問題であった。

 原発という施設(機械・装置)が,「建設段階」〔10年(以上)はかかる〕から「稼働段階」〔50~60年〕を経て「廃炉工程」(半世紀以上)のまで至る全工程を通して,いったいどのくらい炭酸ガスを排出するか,原子力村はその総量に触れた議論はいっさいしない。「しない」というのは「する」とバレてしまう特定の事実が控えていたからである。

 ▼-1「建設段階」は申すまでもなく炭酸ガスをたくさん排出する。
 ▼-2「稼働段階」でも炭酸ガスを排出する関連の装置・機械を多く利用する。
 ▼-3「廃炉段階」はそもそも,半世紀(以上)もの期間が延びてもいくシロモノであり,その間ずっと炭酸ガスを排出しつづける。

 以上の3つの大まかな工程を全体的に眺望しただけでも,原発もたいそう炭酸ガスを排出する発電方式である事実は,分かりきった理化学的な特性であったにもかかわらず,まるで「おためごかし」風につまりキレイゴトの口調のもとでは,そうした事実は平然と無視されていた。

 しっている人は当然,みな周知のことがらだったが,昔(つい先般まで)は,原発は稼働中には炭酸ガスを排出しないなどと,いってみれば大嘘をついていたのだから大問題であった。ところが,こんどは目先を変えての表現,「原子力発電はCO2 をほとんど排出しないため,カーボンニュートラル実現に向けた重要な選択肢の一つ」だなどと,滅相もないトンデモ説の虚論を吐いていた。

 補記)実は「カーボンニュートラル」という用語の中身でさえ,そもそも要警戒の論点であった。炭酸ガスの減少が地球温暖化現象を抑えるうるかのように,それも,もっと具体的に説明しなければいけないところを,そのように「ほとんど排出しない」といいかげんな表現を当ててだけで,関連する問題の深刻さをごまかそうとするだけの符牒を提示してきた。

 それならば,原発の「建設段階」と「廃炉段階」に比較するに,どれほどの炭酸ガスを,原子力エネルギーを焚いて電力を生産する原発は排出するのか,この具体的な統計・資料を,本ブログ筆者の場合だけとなるが,接しえたことはない。

 そのうえで,この「図解でわかる! 日本の発電割合(2025年公表データ)」で『ENERES』は「政府の第7次エネルギー基本計画では,2040年度の原子力発電比率を2割程度とする目標をかかげ」,「地元自治体との合意形成や安全対策の強化など,多くの課題が残」したまま「再エネ発電の導入が進んでいる」とも解説している。

 ここでは,つぎの(本ブログ内ではたびたび参照する)図解を提示しておく。この図解は,核燃料棒の製造工程において排出される炭酸ガス関連の「廃熱・廃物・汚水」をいちいち記入している。これを一言でまとめていえば,原発は「石油なしには稼働しえない発電装置」である。

 それでいて,なお「原子力発電はCO2 をほとんど排出しないため,カーボンニュートラル実現に向けた重要な選択肢の一つだ」とまで断言しうるかのように語る(騙る)のは,いい加減に止めなさい,という結論になる。

槌田敦の作図

 b) 第2番目の指摘 「図解でわかる! 日本の発電割合(2025年公表データ)」で『ENERES』は,さらにこう説明していた。

 太陽光発電「の急速な普及の背景には,技術革新による発電コストの低下があ」り,その「導入コストは日本国内でも10年前の2分の1程度まで下がり,電力価格の上昇もあって企業にとっても採算が取れる電源となっ」た。

 「さらに,固定価格買取制度(FIT)による買取価格保証も導入の後押しになり」,かつ「近年では自家消費やPPAによる導入のメリットも出て」きている。「また,屋根や遊休地があれば比較的簡単に導入でき,メンテナンスも他の発電方式と比べて容易で」ある。

 ただし,太陽光発電には課題もあり」「地上設置の大規模な設備では,自然環境への影響が大きく地域との共生が課題になってい」る。「また,地域によっては大量導入が進んだ影響により,需要を供給が上回る時間帯が生じやすくなり,その結果として出力制御が頻繁におこなれる地域も出て」いる。

 以上の説明についてはとくに,太陽光発電に対する「出力制御」の問題が原発の再稼動が進んでいた九州電力や四国電力ですでに,2018年ころから発生した「日本の電力事情全般」を,どのように理解するのか一言もない点が,非常に気になる記述となっていた。

 そこでエイモリー・ロビンスの関連する見解につづけていわせてみると,こうなっていた。ロビンスは遠慮なく日本の電力事情の問題点を指摘する。話題は問題の前提条件から始められていた。 

 c) 「政治」とはなにか。その話にいく前に斬りこんだのは「日本特有のエネルギー神話」である。「誤りを2点挙げましょう」とロビンスさんは切り出した。

 まず「日本は資源が乏しいエネルギー貧国」とする見方だ。

 「確かに化石燃料は乏しい」「が,どの主要工業国よりも再エネ資源には恵まれてい」る。それ「なのに,化石燃料の輸入に巨額の国費を投じ続けているのは実に奇妙で」ある。「近年の石油や石炭などの輸入額は年間20兆~35兆円。円安の影響もあり,国富の海外流出は高止まりが続く」のに,いまだにそうしている。

 つぎに「日本は世界最高の省エネ大国。乾いた雑巾はもう絞れない」という考えだ。「かつては省エネが進んでい」「た」し,「いまでも一部の企業や工場は世界水準で」ある。「ただ,建設や運輸分野などはエネルギー効率が低く,欧米の方が改善されてい」るのであって,「つまり日本は世界平均と同程度の省エネ余地がある」。

 〔ロビンスの取りあげる〕「話題は,今〔2026〕年で15年の節目を迎えた東京電力福島第1原発事故に移った」。

 「福島での年間被ばく許容量を通常の20倍に引き上げたり,除染で生じた汚染土壌を全国に広げて再利用しようとしたり,科学的には理解に苦しむ政策が目立ち」〔とロビンスは〕「指摘すると,〔日本〕政府が進める原発回帰策につぎつぎと疑問を投げかけた」。

 「気候変動対策で原発を活用するとい」う「が,むしろ気候変動を悪化させ」るだけでなく,「原発は再エネや省エネと比べコストが高く,原発に金を使う分,再エネに投資でき」ない。「原発は建設に長い時間がかかり,その間は火力発電に頼ってい」る。「だから排出削減が遅れるのです」と。

 補記)このロビンスの説明にしたがえば,現状までの日本政府・経済産業省資源エネルギー庁は,エネルギー問題に対して時代錯誤の政策を,あえて敢行していることになる。なぜそうなっているかについては,次段以降の記述で徐々に闡明していく。

〔ロビンス・記事に戻る→〕 「世界では再エネと蓄電池の組み合わせがもっとも安く,信頼性も高いことがもはや常識で」あり,「インドでもっともも多い新設電源は太陽光発電と蓄電池のセット」になっている。「米国ではデータセンター用の太陽光発電所が4カ月で建設され」たりもし,「中古の電気自動車のバッテリーを大量活用した」。

 したがって〔建設のための準備期間が〕「10年はかかる原発建設など待ってはいられ」ない結論が,すでに出ているのであった。

 「日本では再エネを増やすと電力系統が乱れるといわれ」てきたが,「海外をみれば明らか」な事実に対しては,「技術で制御できていますよ」という答えがすでに提供されていた。

 〔この段落はロビンスにインタビューした記者の発言となる〕⇒「この国のガラパゴスぶりを突きつけられて耳が痛い」。〔確かにそうであるが日本の経済産業省資源エネルギー庁の立場は,こうしたロビンスの解説には「聞く耳をもたない」。この事実に関していえば,「3・11」以前の原発安全神話に通底するところの,まさに「反科学的な見地・非合理的な立場」がよく透けてみえる。

〔記事に戻る→〕 〔ここは記者の質問となる段落⇒〕「気候変動対策といえば,石炭火力に水素やアンモニアを混ぜて燃やす方式を政府は「脱炭素電源」として推進している。この評価を尋ねると,ロビンスさんは顔をしかめた。〔つぎのように答えたというのである〕

 「ばかげていますね。化石燃料から水素を作り,それで発電するなんてエネルギー損失が大き過ぎる。石炭火力を延命する口実にみえるし,原発への奇妙な執着と酷似しています。政府の役割は電力会社や原子力産業の財務を守ることではなく,公共の利益を守ることでしょう」と。

 d) ロビンスはアメリカ政府のエネルギー事情もからめて,こういう肝心な事実を挙げて説明している。

 いま「世界は米トランプ政権の横暴に揺れている」最中であり,「主権国家への相次ぐ攻撃にくわえ,国際協調にも露骨に背を向ける。地球温暖化は『史上最大の詐欺だ』と難癖をつけ,対策の国際枠組み『パリ協定』からも離脱した」。

 「だが,ロビンス」が「悲観していない」。というのは「米政権の姿勢がどうあれ,エネルギー転換の潮流は止まらないとみているから」で,その「理由は簡単で,再エネと省エネが経済的に有利で合理的な選択だからで」ある。

 「米国ではエネルギー政策の多くは連邦政府ではなく州が決め,変化は市場が主導し」ている。「たとえば,風力と太陽光をもっとも導入している州の一つはテキサスで」ある。しかも「政治的には共和党の牙城で」ある。

 「トランプ氏は『石炭産業を復活させる』と公言し」た「が,その話を振っても一蹴し」て,つぎのように主張した。

 「現実をみみてください。米国の昨年の新規電源投資の9割は再エネと蓄電池で賄われています。世界のトレンドも同様です。私はパリ協定が定めた平均気温上昇を産業革命前から 1・5 度に抑える国際目標も,まだ達成可能だと期待してい」ると,ロビンスは強調した。

 「ところが,日本では再エネを敵視する風潮が広がる。太陽光パネルの生産は中国のシェアが高く,『太陽光は安全保障に反する』との主張も目に付く」〔と記者が話しを向けると,ロビンスは次段のように答えたというのである〕。

 「ロビンスさんは首を振りながらいった。『燃料輸入に依存する方がはるかにリスクが高いのに,なぜそんな発想に? 太陽光パネルを買うのは,向こう30年分の電力を買うことを意味し」,「30年あれば,昔は得意だった日本製パネルを復活させたり,新たな技術開発をしたりと選択肢は増える」はずだと,日本を応援する発言をしてくれた。

〔ここは記者の発言⇒〕 厳しい言葉を並べたロビンスさんだが,エールも忘れない。「日本には大きな強みがあります。合意形成に時間を要しますが,一度決まると一気に変わる社会です。政策担当者も優秀です。政治的圧力がなければね」と。問題はその「圧力」だが……。案じていると,鼓舞するように〔ロビンス〕自身の経験を明かした。

 「政策変更には摩擦が付きものです。かつて私も既存の産業界から激しく攻撃されました。でも,エネルギーこそが経済,環境,安全保障,正義といった多くの問題の扉を開くことができる『万能の鍵』だと信じていままで取り組んできました」。(ここでロビンス関係のインタビュー記事参照を終える)

 --以上のごときロビンスのエネルギー・パス問題に関した説明は,現状における経済産業省資源エネルギー庁の主導のもとで,いまなお,あいもかわらずだが,「原子力発電はCO2 をほとんど排出しないため,カーボンニュートラル実現に向けた重要な選択肢の一つだ」と,異様な自信をこめて断言する経済産業省資源エネルギー庁の立場は,度しがたい「現実の関連する諸事情を完全に無視した,つまり《状況音痴 × 時代錯誤》のきわみだと断言してよい。

 日本原子力村において言論機関関係の会社群の1社である日本経済新聞社は,原発・原子力エネルギー関連の報道になると,最近は必らず「原発と再生可能エネルギー」というセット(組み合わせ)の概念を固定観念として,それも必死になって工夫したつもりで,つまり記事の「見出し文句」などに多用している。

 その多分,日経側としてはできれば〈殺し文句〉に使いたい「セットの文句」は,そもそもの素性が基本的な特性からして完全に相反する電源である「原子力エネルギー」と「自然由来の再生エネルギー」とを,強引にというか無理やり癒着させえているつもりなのである。

 それゆえ,その発想は本来,理屈としてまったく通らない括り方が勝手に仮想されていた。要するに「無理を承知でなければできない」その種の「原子力と再エネと並置」が,なぜかまかり通っていたのだから,理不尽という前になによりもまず,理工学的な概念想定として成立不可能な組み合わせであった。

 さきに氏名の出た槌田 敦は参考にまで挙げれば,2007年に『弱者のための「エントロピー経済学」入門』ほたる出版を刊行していた。日本のエネルギー事情のなかではいまもなお「再生可能エネルギー」を推進する立場や組織の側が,政府の観点(理念と利害状況)に照らして観るとき,弱者側に追いやられ,その代わりに原発・原子力エネルギー産業に利害を有する原子力村側の諸企業集団が,いまだに大きな顔をさらして表通りの真ん中を闊歩する姿は,まことに正視に耐えない。

 前段にロビンスの著作と並べて,E・F・シュマッハー,小島慶三・酒井 懋約『スモール イズ ビューティフル』講談社(学術文庫),1986年を紹介してあった。,この書名をもじっていえば,エネルギー問題の最前線ではとっくに『ビック イズ ノット ビューティフル』になっていた事実を,わざわざ無視どころか邪視しているかのような,経済産業省資源エネルギー庁の立ち位置は,エネルギー問題の次元でいうと反動そのものである。

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【付記】「本稿(2)」の続編(3)は以下である。

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【参考文献】


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