あらゆる方策は古代に既にありて──『世界哲学史1(6〜8章)』読書感想文
『世界哲学史』を読むこと、始めました。
古代の時空、ユーラシア各所に点在した文明を巡った視点は、哲学発祥の地ギリシアに戻り、6章は初期ギリシアの哲学者、7章はソクラテス、8章はプラトンとアリストテレスの生きた時代背景とそこから生まれたものが描かれる。
知識のない人間が絶賛お勉強中というステータスなので、この記事の内容は(わたしの主観を含んだ)本の要約がメインです。
第6章 古代ギリシアの詩から哲学へ(松浦和也氏)
哲学という訳語の、もとの言葉「フィロソフィア」。
この語は、「愛する、好意を持つ」という意味の動詞フィレオーと、「技の巧みさ」「知恵」を意味するソフィアの合成語である。だから本来日本語訳としてふさわしいのは、愛というニュアンスを入れた「愛知」であるという。
はじめてフィロソフィアを日本語に訳した西周はそのニュアンスを汲み、哲学は本来「希哲学」と訳されていた。
そもそもこのフィロソフィアを最初に用いたのはピュタゴラスだと言われる。
そのピュタゴラスは、“真に知者であるのは神であるが、人間はそうはなり得ない。しかし、知恵に憧れ、歓迎し、愛することはできる。そのような知恵を希う者──フィロソフォスと呼ばれるにふさわしい(本章の一部を意訳)”と語っている。
このピュタゴラスのように、“ソクラテス以前”にギリシアやその周辺の都市国家にも、哲学と思しき者たちの存在は確実にあった(近年は「初期ギリシアの哲学者」と呼ばれている)。
しかし“ソクラテス以降”と比較すれば、その形跡を示す文献は圧倒的に少なく、不正確で、断片的である。そもそも「フィロソフィアを最初に用いたのはピュタゴラス」説も、信頼されておらず、その人物は本来タレスであるというのが通説であるという。
さて、そのタレスに端を発して、初期ギリシアの哲学者たちの多くはすべてのものの「原理(アルケー)」を求めた。
「ものは究極的に何からできているのか」
この、現代においては物理学的で、さらに現代人の視点から見れば妄想と見ることもできる問いを追い求めていた哲学者たちは、いかなる意味で哲学者といえるのか。
しばしば、ギリシアの哲学の形成の経緯は「詩から哲学へ」として説明されることがある。
物語や神話的な世界観から論理的で化学的な世界観への脱却──この哲学の始まりの定説に著者は疑問を呈している。
まず、初期ギリシャの哲学者たちに数学や幾何学分野の業績が少なくなかったことを根拠に、数学の実践を通じて思考の方法を自らのものにすることが哲学者と見なされるための必須の素養であったのではないかと述べた上で、著者は、初期ギリシアの哲学において数学的思考から得られる帰結としては随分と多様性のある主張が生じている理由をさらに追求する。
そのような主張の多様性は、ギリシャにおける“疑ってはならない絶対的な教説の不在”を示しているのではないかというのだ。
“詩”は、『ヴェーダ』や『聖書』とことなり、権威として扱うのではなく時に検証の対象とし、また、それ自体を否定することも可能だった。
その柔軟で批判的な思索の態度こそが、この時代に哲学を生むための条件のひとつであったのだと著者は結ぶ。
第7章 ソクラテスとギリシア文化(栗原裕次氏)
紀元前六〜五世紀頃、世界各地で源流思想(実用から離れて世界そのものの根源的なあり方を原理的に探求する動き)と呼ばれる知的活動が活発に繰り広げられた。
古代の哲学者たちの関心が同時期に世界から自己・魂へ向かったのはほんとうに不思議なことであるが、その個別ケースの丁寧な分析と他ケースとの比較を通じて共通の型を見出せるかもしれない──それが世界哲学史に挑戦する醍醐味であると著者はこの章の冒頭で語る。
その一つの個別ケースとして、ここで取り上げられるのがアテナイの民主政に対峙するソクラテスだ。
当時のアテナイは自由と平等を原理とする民主政を成熟させていた。
もちろん、この自由と平等は原理であり実質ではない。平等に政治を担えるはずの男たちの中には当然のように格差が存在した。公的世界(民会、劇場、法定)いずれにおいても、多数の人を説得させる技術・能力が最も重視されていた。そのような人間世界の要望が、そのために用意された教育を通じて、ポリスにとって有益な市民の魂を形成していく。
まるで学力や偏差値偏重の教育のように。
そのような時代背景にあってソクラテスは、主な活動場所に公的世界でなく、誰にでも開かれた場であったアゴラをあえて選び、一対一の対話を繰り返し、「不知の自覚」に行き着く。
アゴラでの対話の平等性は、神の知恵という絶対的基準と比べると人間の意見・ドクサ(※)は知恵ではない点でどれも変わりがないという事実による。 〜中略〜 神ような知者ではないが無知でもない、知恵と無知の中間にいる人が、知ることを愛し求める愛知者、つまり哲学者となって、学びに生きる道を歩み続けるのだ。
※日本語訳では「意見、思われ、評判、常識」などと訳される語。
このような他者を探求に巻き込む「自他の吟味」を介してソクラテスが行った哲学は、魂の個別性と真の知恵の普遍性の往復運動といえる。この哲学を介して、“私”は創造される。
自己探求は、魂としての「この私」が普遍と触れあう学びの中でよく生きることを可能にする。
この“よく生きること”について、著者はソクラテスの遺した言葉を介して思考を進める。
(同じ行為が場面に応じて「よい」と判じられたり、判じられなかったりするのは普遍性を欠くものの)
仮にそれぞれの判断が間違っていない場合、そこには一片の真理が含まれている。ポリスから教育された判断基準としてのドクサ(常識・通念)も、元来、たいていの場合という限定つきで適用可能な蓋然的なものだった。どういう場面でドクサを学んだかを想起し、その限界をしっかり意識して、なぜ別の場面で適用できないのか、適用するにはどうすればよいのかを、善をめぐる真の知恵を参照しつつ慎重に考慮するならば、新しい学びが生まれて適用範囲も拡がるだろう。思慮に配慮すべき理由の一端はここにある。
思慮のはたらきは個人の人生の反省のみに制限されない。思慮は他者と共に生きる現実世界を豊かにする。他者との意見の対立や衝突こそ、なぜそう判断したのかをきちんと自分の言葉で説明し合いさえすれば、個別状況と普遍的基準を往復する哲学的思慮が発動して、相互のより深い現状把握と普遍の理解にいたる契機になりうるのだ。
固有の風土や社会体制の中で生きながらも、その魂は哲学の手助けにより、人間並みの知恵と思慮を能動的にはたらかせ、他者との関係性の中でその思慮を育てていくことで、よりよい世界を構築し直すことができるとソクラテスは教えてくれる。
それは今日のわたしたちが、既定路線の引かれた社会に生きながらも、自由と平等が守られた他者との対話の中で多様性を尊重し、そこから普遍性を学び、決まりきったと思い込んでいた社会や世界を捉え直す行為に通じている考え方である。
第8章 プラトンとアリストテレス(稲村一隆氏)
プラトンとアリストテレスだけが古典期のギリシア哲学を現すものではない。しかし、この二人が人類史、そして今日に続く学問に多大な影響を与えているのも事実である、と著者は論を始める。
本章は主に知性や魂といったトピックに限定し、哲学に取り組む背景や叙述の形式を中心に取り上げることで、この二人が後世の学問に与えた影響を示している。
まずはプラトン。
その作品は、多様な登場人物が様々な観点から議論を交わす対話篇という形式である。その大半はプラトンの思想を反映しているわけではないが、登場させる人物やその話の内容、そして掲出順などの編集意図にはプラトンの意図が多分に反映されていることを意識して読まなければいけないという。
プラトンは魂の中で知性を働かせて捉えるべきものを“イデア”といった。
知を愛する哲学者はそのイデアを求める存在だという(さらに中でも学ぶべきものは“善のイデア”)。
なぜイデアを知る必要があるのか、著者は『ポリティア』を引きながらこう述べる。
1.イデアのような絶対的な尺度がなければ、美しく見えているものが本当に美しいかわからないから
2.本当に美しくて善いものを認識しているからこそ、実際に美しくて善いものになることができるから
この“善のイデア”は長い時間をかけた鍛錬の末にたどり着くものであるとし、プラトンはアカデメイアで下記のような教育プログラムを提供していた。
1.若いうちに音楽や体育を通じて感情が知性に従うように陶冶すること。
知性だけでなく、危害や欲望をよくコントロールすることが知恵・勇気・節度・正義を実行できる人間を育てる。
2.感覚ではなく知性を通して物事を認識するようになるために、数学的学問を修める。
3.最後に哲学的な問答によって善のイデアの認識へと方向付ける。
哲学的な問答は、若いうちからそればかり行うと相手を論破することだけに心地よさを覚える無法者になってしまう懸念があるため、ある程度感情をコントロールすることを覚え、知性を備えた状態で取り組むべきであるという。
現代においてもなんだか耳の痛い話である。
* * *
次にアリストテレス。
彼はプラトンのイデア論を公然と批判した。しかし一方でプラトンから多大な影響を受けていたと考えられている。
アリストテレスは現代の研究の基礎手法である“先行研究調査”をあらゆる学問において行い、問題点や矛盾点を整理し、自身の探求の課題としながら、多くの情報を集積し、体系化した功績がある。
彼は知識だけでなく経験を尊重していた。
多様な学問的知識と普遍的判断という技術、そして、記憶と経験による原因の把握を学問の重要な要素とする。
人間の感覚情報だけに依存せず、知識を純粋化し、世界のありさまに迫っていく。これをアリストテレスは「自由な学問」と読んだ。
知識は人に選択肢(自由)を与え、知性を働かせることは人を幸福にする。
さらにその知の用途が社会に隷従したものでなければないほど、人は幸福である──と、そのようにアリストテレスは説く。
* * *
ここで紹介されているプラトンとアリストテレスの考え方は、現代においても十分に理解が可能で、2500年近い時を経てなお人間の学び方や生き方がその思想の影響下にあることを感じさせる。人間にとって非常に本質的な部分を捉えている論説なのだろう。
『世界哲学史』の一章20ページほどの限られた文章の中にあっても「あのビジネス書に書かれていたあのくだりはソクラテスやアリストテレスの言葉をベースにしていたのか」と気づく部分が多分にある。
ほとんどあらゆる方策がすでに発見されているからである。もっとも、そのなかには資料として収集されていないものもあり、知られてはいるが活用されていないものもある。
古代アテナイにおいても現代日本においてもこの認識はそう変わらない。
一つの問題を解決することにより新たな課題が生まれ、それに対処するために“活用されていないもの”をほじくりかえす。
形を変えながら、本質的には同じことを、ずっと繰り返す。それが人の営みなんだろう。
そのひとつである自分の人生の小さな営みの中で、小さな小さな繰り返しがいつかこの世のしがらみを離れて純粋な学問という幸せに少しでもつながっていくといいなあと思っている。
