未熟だと思われたくなくて、私は自分の感情を抑えていた|平凡なサラリーマンが副業で月10万円を目指す【Day73】
冷静さの裏で、置き去りにしていた「熱」の話
「ありのまま」と「そのまま」と「わがまま」。
似ているようで、その意味はまったく違う。
けれど以前の私は、
その違いを曖昧なまま使っていた。
言葉の定義が曖昧なままだと、
自分の状態も、在りたい姿も、少しずつ見えなくなっていく。
「ありのまま」「そのまま」「わがまま」を整理してみる
私なりに整理すると、こうなる。
• 「ありのまま」
今の自分の状態を、そのまま認めること
エネルギーが湧いているか、無理をしていないかに正直であること
• 「そのまま」
言い換えれば「今のまま」
変えない、現状維持という選択
• 「わがまま」
誰かの許容の上に成り立っているもの
この3つを混同すると、
「前に進んでいるつもりで、立ち止まっている」
そんな状態になりやすい。
人格者は、常に冷静であるべきだと思っていた
「人格者は常に冷静であるべき」
そんな信念を、私は長い間持っていた。
感情を表に出すのは、未熟だと思われる気がしていたからだ。
リーダーとして、
感情に左右されないこと。
落ち着いて判断できること。
そう振る舞うことで、信頼される自分でいようとしていた。
涙が出た理由
ある日、テレビ番組で、
高校生や芸能人が一生懸命ダンスの練習に励み、
本番で全力を出し切る姿を見て、気づいたら涙が出ていた。
冷静さではなく、
必死さや夢中さに、強く心を揺さぶられた。
それはきっと、
自分にもあったはずの「熱」を思い出したからだと思う。
一生懸命であること。
何かに夢中になっていること。
その姿は、理屈を超えて、心に響いた。
ありのままでも、そのままでもなかった自分
感情を抑えていた自分は、
「ありのまま」を認めることもできず、
かといって「そのまま」を選ぶ覚悟もなかった。
他人の視線や評価を気にして委縮し、
動いているようで、何も選べていない状態。
そこには、自分らしさはなかった。
暑苦しくてもいい
暑苦しくてもいい。
不器用でもいい。
未熟だと思われないことより、
自分らしく、楽しく生きたい。
そう思えるようになった。
ありのままでいることは、わがままになることではない。
今の自分の状態を正直に認めた上で、前に進むことだ。
在りたい姿へ
ありのままの自分でいることが、
結果的に
• 自分と自分の周りを感化し、変化し、応援する
• 「働くを楽しむ」を体現する
• 自分と自分の周りをごきげんにする
ことにつながっていくのだと思っている。
私は今、
冷静さと熱の両方を抱えながら、歩いている途中にいる。
読者への問い
• あなたが「未熟だと思われたくなくて」抑えている感情は何ですか?
• 以前の自分に、確かにあったはずの「熱」は、今どこにありますか?
• 「ありのまま」でいることと、「そのまま」でいることを、混同していませんか?
