他人の「好き」に、不用意に触れてはならない / ミッキキマス太郎から得た教訓
先週、私は、とある教訓を得た。
「他人が本当に大切にしているものには、不用意に触れてはならない」
そのきっかけは、先日『うすた京介ワールド展』で手に入れた、このキャップである。

私はこの素敵なキャップをジムの行き帰りに、すっぴん隠しとして深く被っていた。ジムの玄関には、爽やかなインストラクターさんたちが「お疲れ様でした!」と笑顔で送り出してくれる尊いしきたりがあるのだが、そこで一人の若い男性インストラクターさんが、私の帽子に目敏く反応してくれたのである。
「あ、それNEW ERAの新作っすか?ミッキー、めちゃかわですね!」
彼の爽やかな笑顔と白い歯を前に私はフリーズしていた。なぜならば、一瞬にして400字詰原稿用紙×5ページは軽く越える膨大なセリフ量が浮かび、処理しきれなくなっていたからだ。
やめてくれ。これは、◯ッキーではない、「ミッキキマス太郎」だ。そしてこれはNEW ERAですらなく、うすた京介という鬼才が創造した『ピュー!と吹くジャガー』の深淵、芸能養成所『ガリプロ』の職員・三太夫セガールの象徴である。たまに出現しては読者の脳裏にこびり付くあの三太夫セガールと「お揃い」であるという事実の重みを、君は理解しているのか?
そもそも『祭りだワッショイ!うすた京介ワールド展』の公式グッズが放つこの計算され尽くしたフォルムの威厳を、既存のB-BOYブランドという物差しにわざわざ当てはめて解釈する必要があるだろうか。否、断じて、無い。
だが、キラキラしたスポーツマンにオタクだと思われたくないという幼少期から培った防衛本能が自動装置のように働き、私は2000字を飲み込んでいた。そして、目も合わせられないまま、「あ、あ、ありがとうございます……」と、逃げるようにエレベーターへ乗り込んだのだった。
ここで、空気階段のコント『メガトンパンチマンカフェ』注1)を思い出す。「自分が考えたキャラクターのコンセプトカフェ」の店主(鈴木もぐら)が独自の通貨「ガロン」や「コロニー」を、カフェにたまたま辿り着いた客(水川かたまり)に説明する切実な姿が、2000字を口にした場合の自分に重なったからだ。
その直後、LOFTを歩いていた時のことだ。
今度は同世代の男性から声をかけられた。
「すみません、それって……ミッキキマス太郎ですよね?」
0コンマ1秒、脊髄反射で「はい!そうです!」と答えていた。その瞬間、私はとてもいい顔をしていた。
彼は私に負けず劣らずのいい顔で、
「昔からうすた先生が大好きで。それ、どこで買えるんですか?」と食いついてくる。
そこからの私は、先ほどとは打って変わって堺雅人張りの長台詞をサクセスしていた。
『うすた京介ワールド展』の初日に購入したこと、全国を巡回中であること、Xの公式アカウントをフォローすべきであること。さらには「すごいよ!!マサルさんの『ボスケテ』のキャップもありましたよ」という有益な情報まで添えて。
彼は感激した様子で、ある画像を見せてくれた。
「被ってるの、このキャップですよね!?写真を載せてくれてる人がいたので、これを保存して探してみます。いやー本当に話しかけてよかった!」
驚いたことに、彼が見せてくれたのは、私が自らXにアップし、うすた先生ご本人から「いいね」をいただいたまさにその写真だった。
「それ、私です!」と言いそうになるのをグッと堪え、私は「頑張ってください!」と謎のガッツポーズを残して彼と別れた。
この二つの出来事を通して痛感したのは、「それなに?かわいいね!」と、人の持ち物を褒めることは、時に酷な仕打ちになりうるということだ。それ故に、「他人が本当に大切にしているものには、不用意に触れてはならない」。
キャラクターや推し活グッズを然るべきところでしか堂々と持たないという人も多い。それは、さして興味のない人にマニアックな話をし、作品の解釈違いをひき起こすのが怖いからだろう。
久々に会った知り合いのペンを「かわいいね」と褒めた際、すっと距離を置かれた気がしたあの違和感。あれもきっと、こういうことだったのだ。ごめんよ、私が浅はかでした。
かくゆう私は、自分の趣味全開の持ち物を日常的に身につけることにそこまで抵抗はない。
職種柄といのも大きく影響はしている。
とはいえ、仕事で出会う近しい感性やカルチャーレベルの人とは異なり、一歩ジムのようなアウトサイダーばかりの空間に出れば、油断するとすぐ怪我をする。
なぜならば、仕事以外の場では、他人とうまく話せないし、プレゼン能力は皆無なくせに興味のない人に自分の聖域を土足で踏み荒らされたくないという、異常な自意識を昔から拗らせているからだ。そのせいで小学校では「オタク」と罵られていたし、中学校では「サブカルクソ野郎」と呼ばれていたのであろう。
そして、今さらながら、空気階段の『メガトンパンチマン』は、自分の価値観を目一杯の言葉で伝えようとする人間の滑稽さと愛おしさを描いた、壮大な人間賛歌だったのだと気づく。
やっぱり空気階段はすげえや!!
けれど、まだそちらのステージに行く勇気が私にはない。明日もまた、ミッキキマス太郎キャップを目深に被り、わかる人にだけわかるように、こっそり街を歩くのだ。

「ション大夫セガール」は開運オタクの息子。
『祭りだワッショイ!うすた京介ワールド展』の思い出はこちら↑
注1) 『メガトンパンチマンカフェ』
