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第1回 毒/薬準備室より愛をこめて──遭遇と訓練の小説批評

再演前夜の夢のはなし 長濵よし野

 通っていた小学校の端には木製の大きな遊具があった。ボルダリングがくっついた緩やかな傾斜やしがみついて登り降りするネット、様々な仕掛けが組み合わさってできたそのコンビネーション遊具では、一時期ある秘密の遊びが流行っていた。遊具の2階部分には、なぜか一面だけ、何もない崖があった。遊びとは、その崖からただジャンプして降りるというものである。1mほどはあっただろうか、ちょうど身長程度の段差は体躯のちいさな小学1年生にとっては大きなもので、多少の危険を伴うその遊びは、むしろ仲間意識の確認儀式だったという方が正しい。先生がみつけたらきっと𠮟っただろう。たやすく想像できる危険と禁止が、むしろ子どもたちを駆り立てた。臆病なわたしは、当然その遊びに加わるまで時間がかかった。目の前の落差は恐ろしかった。それでもなぜか、やってのける必要がある気がした。自分のための覚悟だと、どうしてかわかっていた。あるとき覚悟を決めてジャンプをしたのは、教室で上手くなじめていなかったわたしが、彼らの仲間になりたかったのではなく、目の前の墜落の恐怖を乗り越えることが、自分にとって自分のための儀式のように思えたからだった。子どもの頃の小さく一瞬の冒険。うまく着地できたかどうかは、覚えていない。
 いま、小説批評を書こうとして、このことをふいに思いだしたのは、この連載もまたわたしにとって一つの覚悟を伴うものだからだ。

 小説について議論する言葉がもとめられている。2023年7月、「ハンチバック」で第169回芥川賞を受賞した市川沙央は、2025年11月、受賞後2年間にかかえた困難を語るインタビューで以下のように答えている。

最近思うのは批評家に対して。批評とは何かというようなメタの議論をしている暇があったら一作でも多く、一字でも多く、特に新人作家の実作批評をしてあげてほしい。私は海外含めて読みきれない評をもらっているので、とにかく新人作家たちの作品により多く機会を作って言及してあげてほしいと思います。(注1)

 ではどのような批評が必要とされているのか。ただやみくもに書けばいいというほど事態はそう単調でもない。町屋良平「小説の死後──(にも書かれる散文のために)──」は、「黙殺」されてきた「二〇〇〇~二〇一五年代の小説批評」を行うプロジェクトだが、その序文には現在小説・小説家をとりまく構造的な困難が記されている。とりわけ町屋が問題視するのは、「「想像力」のもっとも短絡的な商品化」である(注2)。
 町屋によれば、「現代の作家はあまりにも読者(編集者・批評家・作家ふくむ)の欲望に曝されすぎている」という。「まだ活字になる前から制度上の制約や自分の小説の商品性を問われ」、「読者が読みたい小説を勝手に想定して、書き手は書いてしまっている」のだと。そしてそれはSNSや「資本主義の進みによって抗うことの難しくなっていく、だからこそ小説が抗うべきなにか」であるだけでなく、「批評」の抱える課題でもあった。
 「本来もたらされる批評は、そうした見当外れの商品性から書き手を自由にするようなもの」であるべきはずが、「現状そうなっておらず、(中略)現在の小説の読み方は既存の読み手(これは批評家や編集者や作家を含む、あらゆる読者である)の欲望を代弁するような言説」が目立ってしまっているのである。つまり多くの批評は作品の自律性と向き合えておらず、批評家が小説を、批評家自身が言いたい内容を主張するための道具にしてしまっているのだ、とも言えよう。
 町屋の考える小説と批評のあるべき相関図は、保坂和志の『小説、世界の奏でる音楽』「まえがき──真に受ける力──」(注3)と呼応するものがあるように思う。保坂は、「本当の知的行為というのは自分がすでに持っている読み方の流儀を捨てていくこと、新しく出合った小説を読むために自分をそっちに投げ出してゆくこと、だから考えることというのは批判をすることではなくて信じること。そこに書かれていることを真に受けることだ」という。小説について何か言うのであれば、すでに読み手のなかにある、言いたいことが先行するべきではない。むしろ小説によって自分の何が壊されてしまったか、それこそが重要だということだ。
 そして町屋が言うように、小説の商品化によりこの数年で「小説への思考は大きく衰退し」てしまった。「「読む」ことを継続的に、執拗に、粘り強く信じつづけて言語化することをわれわれは怠った」のであり、その先でというべきか、「そもそも「面白かった」「面白くなかった」という感想の源流にあるなにかを言語化する要請がなくなったか」のようにみえる状況ですらある。ここにくるとはたして批評は本当に求められているのだろうかとさえ思えてくる(注4)。
 では以前はどうだったか。町屋によれば、近年は数十年分の「「現代小説」を読んできた蓄積」を持つものと持たないもの、この両者の「乖離」が目立つという。文芸誌上で同時代的なトレンドは追われても、その作家の数年前の文脈にきちんと触れられることが少ないことを町屋は気にかけている。
 しかしそれでも町屋にとって2015年以前は全肯定する対象ではない。2015年以前の批評「言説はそれ以前より受け継がれていた悪辣で軽薄(その本質は挑発と甘えを対象作の「文壇」受容度に合わせて小出しにするような構造にあるように読める)な批判的作品評にあふれ、多くは的外れでもあった」という。男性的、というワードには少し留保が必要に思えるものの(注5)、日本の文壇が長きにわたって実際に“男性”ジェンダーの書き手を中心にしてそれ以外の属性をもつ人々や作品を排除してきたのも事実である。『妊娠小説』『紅一点論』などで有名な斎藤美奈子がインタビューで答えるように「女性作家の作品は日本文学史の中にきちんと位置付けられてこなかった」(注6)。斎藤が文芸評論の世界について「東京中心、純文学中心、そして男性中心」の「中央集権的」と語るように、町屋の言う数十年分の文脈の蓄積は、時に抑圧的・排他的なシステムとしても稼働してしまう。

 そんななか、2000~2015年代の批評家として評価されているのが田中弥生の仕事である。2006年に「乖離する私―中村文則―」で第49回群像新人文学賞優秀作を受賞した田中の批評は、“男性的”な批評空間を穿つものとしても、同時代的な小説の精緻な拾い上げとしても重要な仕事として再評価が進んでいる。
 田中は2011年11月~2012年5月にかけて『群像』で小説批評の連載を発表しており、当連載は『スリリングな女たち』(講談社、2012)としてまとめられている。鹿島田真希、本谷有希子、綿矢りさ、金原ひとみ、島本理生、柴崎友香を取り上げた一連の批評の執筆の動機は以下のように語られる。

 現在、日本の三十代以下の作家では、女性の存在が質、量ともに目立つものになっている。
(中略)彼女たちの作品は、女性の恋愛や性、結婚や妊娠といった題材を扱っているが、その背後に、あるひとつの現代社会の形が、透視されるようにして描き出されている。確かに見えた気がするその形を、書くことを通して定着させたいと思ったことが執筆の動機だ。(「あとがき」より)

 ここに男女二元論の枠組みがあることには留保しつつ、先の町屋の指摘とあわせても、“男性的”な小説・批評空間のなかで、女性ジェンダー(≒「彼女たち」)の書き手の存在は、目立つものになっても、いまだ定着の作業を要請される状況にあった。
 町屋良平・滝口悠生・倉本さおり・司会:水上文の座談会「文芸批評は絶命したか──小説の死後の未来」(注7)でも、倉本が「ゼロ年代はやっぱり父の言葉というか、男性的な批評の語りが圧倒的に優勢だった」と述べている。滝口もまた、「田中さんのように語っている方はいた」が「偏りがあ」り、「語り方が足りなかった」のだと回想する。座談会においては、鹿島田真希も高く再評価されているが、それは町屋の発言によれば「差別的な立場に置かれている女性が沈黙を強いられている状況」を小説にした点に「先見性」をみることができるからである。そして田中弥生は鹿島田真希の「素晴らしい理解者」であり(倉本)、内容のみならず「文章面」の言及含め「読みの精度も素晴らし」いものであった(町屋)。
 町屋が「小説の死後」にて「こうした文脈がいまどれだけ記録されていて、今後、どのように継承されていくだろう」と書くように、今要請されている批評のあり方を考える時、田中弥生の批評はひとつのモデルとすることができるだろう。

 たとえば、田中弥生の『スリリングな女たち』を再演してみる。本連載はそうした趣旨のもとにはじめられた。
 しかし脚本の仔細は少々書き換えさせてもらうことにした。理由はいくつかある。まずは先ほどから端々で違和感を示しているように、男女の二項対立を持ち出すなかで見えてくる権力勾配は確かにあれど、この二項対立のもとでは説明しきれないもの、そぐわないもの、不可視化されてしまう個人や関係性が多くあるからだ(注8)。男女二元論的な枠組みをもちだすことは今後本連載でもあるだろう。しかしそのことを書くことと、看板に掲げることは、全く異なるように思えてならない。
 そもそも、たとえばある作家たちを“女性”という枠をもとにカテゴライズするとき、そのなかで様々な差異があるし、だれかのことを “女性”の“作家”と他人が勝手に断定することにはためらいを覚える。むろん同時に、一定のカテゴリーを持ち出すなかでようやく見えてくる問題もあるのだから、その操作の意義を軽んじることもできない。必死に切り開かれ、積み上げられてきた歴史を風化させてはならないのは、そうして開かれてきた地点も、常にバックラッシュの波にさらされているが故である。すでに平等になったのだと、時に終わったことにされている権力勾配や差別は、いまもなお、残念なことに息づいていることがしばしばだ。
 瀬戸夏子・水上文共同編集の『文藝』批評特集(注9)には、二人の対談が収録されているが、その冒頭では「女性の批評家が女性の作品を」(水上)評価する際に強いられる困難が話題にあげられていた。「「女の敵は女」と言われてしまう社会」においては、女性の批評家が女性の作家の作品を語る際に「「シスターフッド」とわざわざ言わざるを得ない状況」がある(水上)。瀬戸夏子の言葉を借りれば、それは女性の作家の作品を評するにあたっては「薄皮一枚の肯定」をはさむ必要が生じるということで、その操作は、既存文壇においてよしとされている批評の品質を担保できなくなることにもなる(注10)。水上が対談で言うように男性の作家・批評家は往々にしてそうしたことを気にせずに「徒手空拳で作品と向き合う」批評を書くことが可能だ。その反面でそれらを「気にせずやることは裏切りでしかない」と瀬戸が返すように、わたしもまたそうした困難を否が応でも抱え込んでいる(注11)。
 しかしやはり男女二元論だけに収斂させてしまうことの問題も再び頭によぎる。2025年、『小説トリッパー』の秋冬季号にて李琴峰は「これからの「日本文学」のために──日本文学のクィア表象について」(注12)という論考を発表している。李は「近年──特に二〇二〇年以降──、それまでいないものにされてきた人たちの存在を掬い上げるような作品」が、特に「クィアの人たちを描く作品」が「急増」しているという。先の引用で田中は、“女性の”作家の質も量も増えてきたと言っていたが、二〇二五年現在地点にてらして言えば“クィア”に人々を描く作品に同じことが言える(注13)。しかし李が同論考で指摘するように、クィア小説を批評するまなざしのなかには、未だに差別を温存するのも多くある。李が言うように「クィア表象とクィアの書き手も増えつつある今だからこそ、クィア表象の批評が必要」なのであって、それは「クィアの人たちを語られる側から語る側へ、客体から主体へと迎える、そんな新しい日本文学を展望するために」必要な作業である。
 また、“男性”の作家が、いかに“男性性”に向き合うか、という問題もわたしの大きな関心事である。“男らしさ”を支えるものについても、再考する必要がある。周司あきらが『男性学入門 そもそも男って何だっけ?』でいうように、「今の社会で圧倒的に男性に権力が偏っているのは、男性が生まれつきもっている性質があるわけではない」。「社会のなかで作られ、信じられている「男性とはこういうものだ」という規範や言説が、一人ひとりは強くも偉くもない男性たちに権力を与えている」のであり、「「男性といえば性別の点でマジョリティだよね」という理解だけで男性のあり方を説明するのは不十分」なのである。わたしが“男性的”な批評空間、というひとことだけで状況説明がすまされてしまうことに違和感を示している理由もこの点にある。そしておそらく、単に“男性性”から降りる/“男性性”のロジックにからめとられないようにする、という操作だけでは、事は解決しない。
 わたしの関心は、たとえば性をはじめとする構造・システムによる権力勾配・抑圧に個人がいかにからめとられ、そしていかに小説それ自体が、文章としても内容としても、現実に対する「訓練」を行っているか、ということになる。ここで「訓練」という言葉を持ち出したのは、これも田中の鹿島田真希論に拠っている。論の結末にある文言だが、示唆的なので少し引いてみよう。

遅くても自前の論理を使って考え、しかし展開のスピードを少しでもあげ、大事な瞬間に会話で使えるよう、毎日訓練しておく。そうすれば、いつか勝たなければならない場面で盗塁を刺し、試合を変えることができるかもしれない。日々の時間や親しい人との会話はその訓練のためにあり、奈緒の文体は、鹿島田が作曲した、その訓練のためのエチュードになっている。本来文学は、そうした実践的なものであるはずだ。(注14)

 「訓練」という、日々のトライ&エラーの実践こそ、文学の仕事である。ここで少し重ねてみたいのが、伊藤亜紗のいう倫理と道徳の対比である。伊藤亜紗は『手の倫理』のなかで、「道徳」と「倫理」を対置し、規律・ルールとしての「道徳」とちがって、「倫理」の側には「現実の状況に即する倫理の創造性」をみることができ、それは規律的意識の外に出て不安定なまま「迷い」や「悩み」を抱えるからこそうまれる創造性だとしていた(注15)。訓練的実践としての文学と、創造的な倫理の実践。このふたつはぴったりかさなるものではないにせよ、小説・想像力は現実に対して、このような働きをもっていると一旦は理解すべき様に思う。あるいは批評は、このstruggle、とでもいうべき運動を前にしているという覚悟をもたなければならないとも。

 しかしそもそもわたしは誰として語るのだろうか。『新潮』2026年1月号にて、保坂和志は「小説のことは小説家にしかわからない」という題の随筆をよせている(注16)。タイトルの言葉は、もとは小島信夫が保坂に語ったものだ。これは小説家の抱える「心細さやためらいや不安」を励ます言葉とされているが、保坂が『小説の自由』ではじめてこの言葉を書いた時、「一人ならずの評論家からの反発や反論があった」という。保坂はそのことに批判的であり、その言い分は理解できるものの、批評を主として書くわたしの心がわずかにひやりとするのも確かである。小説家でないわたしは、一介の文筆家として、“批評”という形式で小説について分析を試みるわけだが、小説自体が批評性をもちえているとき、わたしが語るべき言葉がそもそもあるのかどうか。松田樹は『批評の歩き方』序文において、浅田彰・大江健三郎対談における浅田の言葉をうけつつ、「明晰であることには」「作品の豊かさに比して、批評の言葉は常に貧しくなってしまうという倫理が」「不可欠」なのだと述べていた(注17)。
 しかし、小説がある。批評がうまれる。批評はその小説について伝達の輪を広げるだけでなく、批評の書き手と小説の遭遇の記録である。その遭遇を起点に、思索がはじまる。小説の答えを見つけるのではない。小説に何らかの価値判断を下すのでもない。わたしと小説との遭遇はときに、すでにわたしが世界との間で抱えているわだかまりをあかるみにする。見ないふりをしたこともあった様々なわだかまりを解きほぐすために、まずそれがどのように構築されているものなのか、よく見てみようとする。遊具にそなえつけられた緩やかな傾斜を登っていくように、不安定なネットにしがみつくように、慎重に思考を練っていく。混然としたそれの骨組みがわずかにみえてきたとき、すでに自分が危うい際に立っていたことを知る。それは自分の足元を支えるシステム自体がいかに強固であるかという危うさであり、そのあやうさに気が付いてしまったまさにその瞬間、システムは牙をむく。
 しかし覚悟のうえでジャンプしてみせる。その行為によって、危うさを伝播する。わたしが、自分のための覚悟といいつつ、結局は次々に飛んでみせる子どもたちのその風景に惹かれてしまったように、誰かをこの覚悟の場へとひきずりこむ。
 危険は時に甘美である。そしてわたしは連想する。わたしはいま、毒薬を作っているのではないかと。トリカブトという植物は猛毒でありながら使い方によっては薬にもなる。そして薬、毒、毒薬、いずれにせよ、ふれたものをその場から即座に変容させる代物である。ふれたなら、望むと望まざるとに拘らず、元通りにはいられない。さけがたい解体・破壊・再編成。ある人には毒に、ある人には薬になるかもしれない、あるいはそれ自体毒でもあり薬でもあるような記録をつけながらいま、幾多の夜を越している。
 本連載では、同時代の小説の丁寧なフックアップとしても、ヘテロセクシズム的な批評空間において周縁化されてきた小説を精緻に批評する試みとしても再評価されている田中弥生の仕事の引き継ぎを念頭におきつつ、同時代のフックアップとして、主に2020年以降の小説家を対象に分析を試みる。
 これは町屋のいう「いつか誰かがやるものだと思っている、自分よりも確実に向いている人材がいる、適した才覚が他にある仕事」かもしれない(注18)。少し先には水上文、瀬戸夏子、倉本さおり、住本麻子といった批評家たちの姿が見える。しかし田中弥生は『スリリングな女たち』のあとがきでいう。「偶然こそが運命だ」と。「対象作品と書き手が、時評的な偶然によって巡り会う時、そこに、時代の今を生きる評論が生まれる」と。大学院でフェミニズム・ジェンダー・セクシュアリティ研究の観点から、大庭みな子作品について研究してきたわたしにとっては、この連載は様々な糸が運んだ偶然という運命であると信じている。

 さて、今夜の仕込みにとりかかろう。


(注1)「【連載30回記念】市川沙央さん凱旋! 芥川賞後の長すぎた2年。「自費出版するしかないと思い詰めたことも」」『小説家になりたい人が、なった人に〈その後〉を聞いてみた』#30(聴き手・文:清繭子)https://book.asahi.com/article/16163007(『好書好日』、公開:2025年11月26日、最終閲覧:2025年12月22日)
(注2)町屋良平「「小説の死後──(にも書かれる散文のために)──」序文」https://note.com/kankanbou_e/n/n71894022a709(『書肆侃侃房web侃づめ』、公開:2024年9月27日、最終閲覧:2025年12月22日)
(注3)保坂和志『小説、世界の奏でる音楽』(中公文庫、2012)
(注4)先に引用した市川沙央の発言からは、批評家による“批評”自己言及に辟易している様子が読み取れる。松田樹が『批評の歩き方』(人文書院、2024)の「序文──旅する理由」で述べるように、「いま創作と批評の間にあるのは相互不信ではないか」というように、創作者と批評の書き手の間にはややぎすぎすした空気が流れている。『新潮』2025年11月号(122(11)、新潮社)には第57回新潮新人賞の選評が掲載されているが、そこで大澤信亮が言及しているように、大澤自身の選者退任をもって、少なくとも2025年11月時点では、五大文芸誌の新人賞の選者から「批評家がいなくなる」(実作者のみとなる)事態が起きていた。
 以降、2026年2月段階では、第70回群像新人賞で選者に江南亜美子が加わることで、事態は解消したが、当時11月段階で相当話題になったのは、前提としてこうした批評と創作の相互不信があるともよめる。https://x.com/gunzou_henshubu/status/2019703252175233276?s=20(最終閲覧:2026年2月7日)
 また、幾度となく繰り返される、批評という形式に対する自己言及についてはわたしもある一定うんざりするところがあるものの、一方で批評もまた立場を危うくしているがゆえに自己言及に追い込まれているような側面もあると思われる。
 三宅香帆は『考察する若者たち』(PHP新書、2025)で、批評から考察の時代に変遷していったと分析している。ちなみにここで両者の違いは「考察=作者が提示する謎を解くこと」で「批評=作者も把握していない謎を解くこと」とされていた。批評が(正解を求める)考察にとってかわられたのだとしたら、批評はその立場を危うくしていることになるのだろう。三宅の言及はたしかに時代の風景を端的に示している。
 しかしわたしがここで「だとしたら」というのは、わたしはそのことを安易に言葉にして、標本のようにしたくないからである。
 瀬戸夏子は『文藝』2023年春季号(62(1)、河出書房新社、2023・2)の批評特集(水上文と共同責任編集)の「はじめに」にてこう述べている。「あまりにも批評が困難な時代」ではあるけれど、しかし「勇気を持って、平凡に、大胆に、《これまで》を裏切りながら言うべきなんじゃないだろうか? これからも批評は、存在する。《これまで》を懐かしみ、羨望するだけなんて批評の精神に背きすぎている」と。
 2025年3月に開催された『批評の歩き方』刊行記念イベント「「分断の時代」に論壇は可能か ゼロ年代以降の壊れた世界で「批評」を問う」(出演:小峰ひずみ・長濵よし野、ゲスト:小泉義之)のステートメントにて語ったことだが、わたしは既存の“批評”という形式にあまりこだわりはなかった。「文章を書いていれば、それが批評的な力をもつことはある。そればかりか、日常的で身近な身振りや話し言葉の中で、瞬間的/偶発的に立ち現れた批評性を前に、自分の欺瞞をつきつけられてしまうことさえある。」https://note.com/jimbunshoin/n/nb87c77519414(2025年3月9日公開、2025年12月30日最終閲覧)
 しかしわたしがいま書くそれはおそらく、ひとまずは批評としかいいようがない。だとすればそれを信じて離さないようにするしかないだろう。わたしが生きて書いているこれは、批評である。少なくともわたしには、後ろ向きになんか、なっている時間はないのだ。
(注5)周司あきら『男性学入門 そもそも男って何だっけ?』(光文社新書、2025)にも「今の社会で圧倒的に男性に権力が偏っているのは、男性が生まれつきもっている性質があるわけではない」という記載がある。
(注6)「斎藤美奈子インタビュー 文学史の枠を再設定する : 見過ごされてきた女性たちの文学」聞き手:瀬戸夏子(構成:瀬木広哉)、『文藝』2023年春季号(62(1)、河出書房新社、2023・2)
(注7)町屋良平×滝口悠生×倉本さおり・司会:水上文(構成:長瀬海)「座談会 文芸批評は断絶したか──小説の死後の未来」『文藝』2025年春季号(64(1)、河出書房新社、2025・2)
 本序文を書くにあたって、書き始めることができたのは本座談会があったからだったと感じる。点と点が結びついた本座談会を教えてくださったのはFUTŌBOOKS主催の鹿島隆生である。そのほかにも近年の文芸と批評の状況把握にあたり参考となる資料を多くリファレンスいただいた。
(注8)ジュディス・バトラーの紹介者として知られる竹村和子はトリン・T・ミンハ『女性・ネイティヴ・他者』の訳者あとがきにて以下のように述べている。「アイデンティティの概念を「差異化」という言葉で言い換えれば、一方で、周縁を見えなくして均一化する抑圧操作を、差異化という戦略を使って可視のものとしながらも、他方で、差異が固定して新たな階層秩序に陥らないように、無限に差異化を押し進める、そのような二重の作業が、ぜひとも必要だということになる」と。
 アイデンティティの二項対立によって可視化される権力勾配はもちろんありつつ、一方でたとえば“女性”とカテゴライズされた人々のなかでは、人種の違い、経済的な理由などによって格差がみられ(これは“男性”ジェンダーでも同じことだ)、またシスヘテロ女性のみならず、レズビアン、バイセクシュアル、アロマンティック、アセクシュアル、トランス女性の間でも抱えている状況は様々で、その間にも差別や格差があることを忘れてはならない。また、男女の二項対立を持ち出すだけではノンバイナリーの存在を不可視化し、トランス男性の立場がどのように抑圧されているか見逃す可能性がある。ヘテロセクシズムを中心とする性規範は、様々に絡み合いながら、相互の分断を強いている。竹村は『フェミニズム』(岩波現代文庫、2024)において、「「女」同士の絆として捉えれば捉えるほど、個々の「女」の関係の歴史性や具体性や個別性は切り捨てられ「女」として均質化された関係だけが残され」てしまうともいっていた。
(注9)瀬戸夏子・水上文(構成:山本ぽてと)「なぜ、いま「批評」特集なのか」『文藝』2023年春季号(62(1)、河出書房新社、2023・2)
(注10)本対談は、瀬戸夏子「誘惑のために」という論考における「薄皮一枚の肯定」というキーワードに対する、水上の共感からはじまっている。この瀬戸の文章は『文藝』2020年秋季号(59(3)、河出書房新社、2020・8)で読むことができる。ここでも文脈をより丁寧に押さえておくために、「誘惑のために」冒頭を改めて簡単に引用・要約しておこう。「女の批評家が(あるいは〈配慮〉というものを知っている男の批評家が?)女の作品を評するとき」、「薄皮一枚の肯定」を挟まざるを得ないのは、「女による女のこき下ろしにほくそ笑み、利用し、搾取する〈男〉に自分の言葉を盗まれたくない、利用されたくない」からだ。そして「薄皮一枚の肯定は批評のキレを奪い、その薄皮一枚の言い訳のためにレトリックは精彩を欠き、それを以ってわたしは生涯二流の批評家にしかなれないことを知らされる。そしてこの宣言そのものがまた都合のいいように好き勝手に解釈されるだろう」と瀬戸は述べている。
(注11)本対談における、その後の水上の指摘ももう少し追ってみたい。注目すべきはまず前半部より、「これまでの日本の文学は、実学の言葉に接続されることへの忌避感が強かった」こと、たとえば「女性や社会的マイノリティの言葉を、個別具体的なものとして受け止めるよりも抽象的な「正しさ」に回収して拒絶」することで、「文学と「正しさ」ないしは政治性を切り離そうと」してきた背景があるという指摘である。これは、本文で紹介した保坂の言説(何らかの価値判断より小説との出会いに揺り動かされたものを重視すべきだという考え)に対する批判的視座とも読めるようにおもう。またこれは対談の後半において水上が示す、文学における美学と政治の問題についての見解と合わせて考える必要がある。「個人的なものと社会的なものの連関にこそ関心がある」水上によれば、既存の文学の世界において、美学的価値と政治的・倫理的価値の判断がそれぞれ分離され、いずれかの二者択一を迫られてきたことについて違和感があるという。柄谷行人やチャン・ウンジョンをめぐる議論を追っても、水上が重視するのはかつて分離・拒絶されてきた“運動としての文学”の側面であるように思われる。一方で瀬戸は明確に文学の美学的価値を重視しており、特に実学・政治・運動と相性の悪い「グレーゾーン」に対する好みとの折り合いのつけ方に葛藤を感じ、「極端な話、間違っていることも言えずに何が文学か、とさえ思」うという。しかし瀬戸の主張は政治・倫理・運動より美学的価値を重視するというほど単調なものではない。瀬戸の指摘で重要なのは、人は今も常にすでに「「文学」というイデアを手放せな」いでいて、そのことが「既得権益の不良債権」としての文学に甘えているのと等しいのだ、というものである。つまり瀬戸の美学重視は、既存の権力体制に紐づいた美学を更新することにこそ重心がおかれているといえまいか。ゆえに瀬戸は、政治的・運動的価値と相いれなかったとしても「文学が終わった、と特権的に語ることができる人たちにずっと不信感を抱」き、「文学は終わっていないと信じている人がいるなら、文学は終わっていないと言い張るべきだ」と主張するのである。
 そしてこうした、文学における美学、倫理・政治性、個人と社会、あるいは自然・耽美、といった問題・論争群は、当然今に始まったことではなく、日本文学史上幾度となく繰り返されてきたものである。初学者向けの参考文献としては、奥野健男『日本文学史 近代から現代へ』(中公新書、2009)をおすすめする。たとえば大正期の終り、1920年前後にはじまった新感覚派、そしてプロレタリア文学の動きを例にとってみてもよい。奥野健男は以下のように述べている。「この二つの文学運動は、ともに現代という未知な状況に直面した若い文学者たちの反応であり、既成価値への大胆な反逆と革命をめざしているのですが、方法か思想か、表現か実行か、芸術か政治か、そのどちらを優先させるかという点で烈しく対立します。」
 また、改めて2020年以後同時代的な言説に目を戻せば、伏見瞬・河野咲子による『継続のためのトレイントークvol.2――書く・破壊する・よくねむる』(ロカスト編集部、2024・12・1)の指摘も、これまで取り上げた議論の補助線になる言説として興味深い。ここでは町屋の「小説の死後」序文への反応というかたちではありながら、文学の個人と政治の関係、特に当事者性の問題についても触れられている。伏見・河野の共通認識としては2024年末段階で「当事者性」への価値づけはやや収束してきたという。河野の見解としては「脚本術的に定型化された「虚構」への反動として個の身体というリアルへ向かうフォーマリズム的・方法論的志向があり、それとはほぼ相容れない流れとして昨今の「当事者性」のリアルへの主題的志向があった」が、一方で「もちろん政治性はつねに重要ですが、当事者性というのは、政治の複雑性を個人の経験に短絡してしまう」側面に危うさがあると指摘していた。また伏見は「エッセイブームが過ぎ去ったとしても「エッセイ」=「リアル」=「自分ごと」=「面白い」みたいな等式は残っていく」だろうと予見し、当事者性が文学のエンタメ的価値となりうる事実をそこにみている。ここには「虚構/リアル」という基準も介入しているが、文学において、内容としても方法論的な問題としても、単に文学のなかで美か政治か、という問いに収まるものではなく、どのような美(文学)がどのような政治性を持ちうるのかという問いとして考えていくべきだということがわかる。
(注12)李琴峰「これからの「日本文学」のために──日本文学のクィア表象について」『小説トリッパー』2025年秋季号/冬季号338・341(朝日新聞出版、2025・9/2025・12)、引用はすべて秋季号より。
(注13)とはいえ田中の鹿島田論もまた、クィア批評的な側面があった。
(注14)田中弥生「鹿島田真希の論理のエチュード」『スリリングな女たち』(講談社、2012)
(注15)伊藤亜紗『手の倫理』(講談社、2020)
(注16)保坂和志「小説のことは小説家にしかわからない」『新潮』2026年1月号(123(1)、新潮社、2026・1)
(注17)松田樹・赤井浩太「序文──旅する理由」『批評の歩き方』(人文書院、2024)。なお、松田が引いているのは、浅田彰・大江健三郎対談の浅田の発言より、以下の部分である。「僕は奇妙な形で文学にひかれています。妙に小器用で、他のジャンルのことはよく分かったような気がするのに、文学はどうしても隅々まで理解できない。ただ、そういう不可解なものを語るとき、それをまねるのではなく、明晰な理解可能性という、いわば貧しい領土にとどまって、ギリギリのところで書いていきたい。それが、自分にとって本当にわからないものの発見につながると思っていますから」。こちらは松田の参照元と同様、浅田彰・大江健三郎「対談」『朝日新聞』1990・5・1(夕刊)を確認のうえ記載した。
(注18)町屋良平「「小説の死後──(にも書かれる散文のために)──」序文」https://note.com/kankanbou_e/n/n71894022a709(『書肆侃侃房web侃づめ』、公開:2024年9月27日、最終閲覧:2025年12月22日)

▶長濵よし野(ながはまよしの)
2000年生まれ。文筆・編集。共著に『批評の歩き方』(人文書院・2024)「「あなた」をなかったことにしないために──竹村和子論」。『とある日 詩と歩むためのアンソロジー』(2023)では編集組版担当、「とある日」編集部として責任編集・川上雨季と共に第12回エルスール財団新人賞(現代詩部門)を受賞。大庭みな子研究(早稲田大学 大学院 教育学研究科 国語教育専攻 修士課程修了)。
フィルムアート社のウェブマガジン「かみのたね」で「昨日のさみしさのためのレッスン──歌詞と親密さのポリティクス」を連載中。

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