見たいものしか見たくない時代の文芸コラム(第五回)
10月 文芸時評・ノンフィクション・日本語ラップ・アポカリプス・小説の死後
新旧二人のミスター文芸時評による対談からはじめよう。文学+WEB版でもおなじみの荒木優太が、自身のYouTubeチャンネルに田中和生を招待して実現したものだ。テーマはもちろん文芸時評。「文芸時評が終わるとして今載ってるのはなに?」(9月12日)。ゲストの田中はゼロ年代後半から文芸時評をスタートさせて2010年代を駆け抜け(2007~2022)、ホストの荒木は2020年からのスタート。ということは、二人は文芸時評をリレーする関係にあるといえる。
田中がはじめた時点で文芸時評など存在意義をなくしていたともいえるが、荒木に比した田中の発言を聞いていると、ゼロ年代にはまだまだ濃い存在感があったのだという感を強くした。文芸時評という制度を通して、文学を、作家・作品を信頼している田中の姿がある。それは田中のアニキ的な資質にもよろうが、そのような資質を無条件で奮い立たせるあれやこれや――ザ・文壇――がまだかろうじてにせよ信じられたのだろう。その田中が「文芸時評は終わった」という地点から引き継いだのが荒木である。批判をすればするほど無視されるのだから誰かに求められている様子はなく、しかも新聞や文芸誌ですらない無名のウェブ媒体で時評を続けること。その歴史性は、のちの誰かが名付けることになるだろう(名付けないかもしれない)。いずれにせよ、文学史とは、若い世代が前の世代を掘り起こし、吟味し、引き上げてこそリレーされるのである。
新潮新書の石神賢介『おどろきの「クルド人問題」』(2025・8)をめぐる騒動についてもふれておこう。当該新書がSNSを中心に議論の対象になったのには前史がある。『週刊新潮』(7月31日号)の高山正之によるコラム「変見自在」の一件。「創氏改名2.0」と題し、在日コリアンの作家らの名前をあげ、日本批判をするなら日本名を使うなという主張をし、SNSで炎上、新聞など各種メディアでも取り上げられるにいたった。名指しで批判された深沢潮が新潮社を批判し、新潮社が経緯を説明。「筆者(高山正之氏)によれば、当該コラムの主眼は『朝日新聞の報道姿勢を問うたもの』であり、編集部もそのように読み取り、掲載に至りました」という寄稿者と他社への二重の他責志向は業界の闇を感じざるをえないが、けっきょく高山のコラムは打ち切りとなる。
この一連の騒動の中で当該新書の刊行が発表されたので、新潮社の排外主義的な姿勢が問われるとともに、新書にも厳しい目が向けられるようになったという顛末。とくに注目されたのは、紀伊国屋書店本町店のTwitter(現X)アカウントの投稿をめぐる一件だろう。書店が当該新書を宣伝した投稿(8月31日)に対して、「ヘイト本」を売るな・宣伝するなといった投稿が現われ、書店側が宣伝投稿の削除、それに代えて謝罪投稿をするにいたる。「このたび当店SNSにて先日紹介した書籍について、差別的な表現を助長しかねない可能性があったことを真摯に受け止めております。ご不快な思いをされた皆さまには深くお詫び申し上げます。また、該当投稿は削除いたしました」と。
この謝罪投稿に対しても批判が出ている。たとえば栗原裕一郎は、「ヘイト本」の烙印を押し著者を「社会的に抹殺しかねない愚挙である」とする。
意外と指摘されていないが、紀伊國屋書店のこの取消と謝罪は、石神賢介氏に「差別主義者」、著作に「ヘイト本」の烙印を押すように作用したんですよ。大手書店が、どこがどう問題か明示することなく「差別的」だと喧伝する。一著者を社会的に抹殺しかねない愚挙であることを、担当者はわかってますか? https://t.co/qw7ezdS9r0
— 栗原裕一郎 (@y_kurihara) September 2, 2025
どうだろうか。投稿削除は議論が分かれるところだが、書店は「ヘイト本」という用語を用いず、「差別を助長する」という懸念を表明している点、栗原に比しても冷静だとは思う。他方、栗原がいうように、なぜそう判断したのかの説明は必要だろう。
私も読んでみたが、「差別を助長する」は妥当だと思った。まずクルド人を「制度の抜け穴を掻い潜って入国する脱法者」、次に「地域住民との軋轢をもたらす浮浪者」とする二点が結論ありきで進んでいく。全体は、出版社から依頼を受けて現地に侵入するという探偵小説的なプロットで対象を監視するという構成。なので、たまに「クルド人は地元にそれなりになじんでいる」エピソードをまぶしても、当事者にしてみれば「差別を助長する」という方向性は拭いがたいだろう。とくに移民行政の失策をクルド人問題に集約させる叙述はその方向性を強めている。
ただし内容は「ヘイト本」でないことは明らかである。著者は悪意があるわけではなく、依頼者の意向にそうべくミッションをこなしている。どちらかというと、出版社が「ヘイト本」として売っているという印象を受けざるをえない。「おどろきの」というタイトルがそうだし、帯の「クルドカー」を大写しにした「えっ!?トラックが僕を追って来る!」の煽りはまさにそういうメッセージになっている。追ってるのはあんただろというツッコミはおくとして、出版社は著者がたびたびエクスキューズする「中立」を裏切っている。『週刊新潮』がそうだったわけだが、彼らにとって書き手なんて「社会的に抹殺」されてもOK、どうせ使い捨てなんだろう。栗原は、書店によりも出版社に抗議をして書き手を擁護するべきなのではなかったか。
同じノンフィクションでも感銘を受けたのが田崎健太『ザ・芸能界――首領たちの告白』(2025・8)である。タレント個人ではなく芸能事務所が強い影響力をもつ日本の特殊な芸能界。過去の芸能記事をおり交ぜながら、その「首領」たちへのインタビューを中心に構成されている。
通読して見えてくるのは、単なる公正なジャーナリズム精神といった程度のものではない。それは大前提として、そんな精神はしょせんフィクションでしかないといわんばかりの、「首領」を含んだ複数の対象の間にある政治的な力学である。著者はその複雑な力学に配慮、しばしば駆け引きをしながら、情報を引き出すことになる。取材からインタビュー、執筆時の取捨選択、そしてインタビューを受けた「首領」たちのチェックにいたるスリリングなプロセスが、見えない部分も含めて叙述から浮かび上がってくるようであった。
本書を知ったのは、『kotoba』(2025年秋号)の特集「ノンフィクションは自由だ!」においてだった。水道橋博士×田崎健太の対談「人物評伝の流儀」を読んでいるときに、田崎の発言「最近は特に、「誰も傷つかないノンフィクション」ばかりが目立っている気がする。本来、ノンフィクションはその性質上、誰かを傷つけてしまう可能性を排除しきれないものなんですけどね」が気になり、本書を手に取った次第である。情報の源泉が社会的な強者であれば自分が傷つくこともあるだろう。そういう傷つけあいを喜んで消費する我々読者の嗜虐的な姿も見えてくる。「中立」を装って、しょせん社会的少数者でしかない対象を記述・消費することと比べてほしい。
中村拓哉『日本語ラップ――繰り返し首を縦に振ること』(2025・9)を紹介しよう。著者は韻踏み夫名義ですでに『日本語ラップ名盤100』(2022・9)を刊行している。それにここ『文学+WEB版』でも二年間にわたり隔月で連載をしてもらっていた。赤井浩太からの紹介を受け、『ユリイカ』(2016年6月)の特集「日本語ラップ」に載った「ライマーズ・ディライト」の作品(SEEDAの『花と雨』)分析がことのほか美しいと感じ入り、依頼をしたという経緯である。彼のテクストに引用される、どれも聴いたことのない音源をYoutubeで漁りながら編集を繰り返す二年間は幸福な時間であった。
本書は三部構成で、おおざっぱに状況論・理論篇・実践篇(作品分析)に分けることができるだろう。私はヒップホップについて無知なので、つい文学研究の観点から気になる点を拾ってしまう。ヒップホップは「一人称の文化」であるという主張は、連載でもキーワードのひとつだった。アメリカのマイノリティを出自とする「一人称」が――ストリートやコンペティションなどのパフォーマンスを通じて――日本にローカライズされ、多様化していく過程が丁寧に論じられる。そしてその「一人称」の特殊性は、ディスクールという観点から理論的に分析される。ヒップホップは、記号論的なラングではなく、言語行為的なディスクールに依拠しているのだと。『文學界』(10月)に載った「日本語ラップ・ビーフ小史――アグレッシヴなディスクールについての覚書」でもその点にフォーカスが当てられていた。
文学に比して「一人称」がより空虚で社会性のないところがむしろ強みとなる。『新潮』(10月)の奥泉光×円城塔の対談「嘘はつかぬが、ほらは吹く」でも指摘される通り、文学(小説)は三人称多元(客観)視点がオーセンティシティとなり、西洋から文学を輸入した日本は一人称主流の文学後進国という位置付けになりがちである。しかし、西洋でも20世紀に入れば客観視点のフィクションが疑われる――信頼できない語り手など――わけだから、本書の問題提起は文学にも応用可能だろう。
第三部の「ディスクールの詩学」の冒頭、詩の「平行性の原理」から展開される叙述を読んでいるうちに、ふと私の頭を、渡部直己の正岡子規論「リアリズム批判序説」(『リアリズムの構造』1988・9)がよぎっていた。「あとがき」によると、中村は渡部が教員時代の学生だったそうだが、渡部のテクストもまた、子規の定型短詩(俳句)に、二つで一組をなす記号論的な「平行性の原理」――渡部の用語は「分類・比較」――を読み取るところからはじめられていた。子規の「分類・比較」による「写生」は、しかし、小説という長さをもつ自由な散文形式においては逸脱する――中村の用語を用いればラングの平面に吃音や濁音が生じる――と渡部は指摘し、そこに表現の可能性を見出したのである。
他方、小説に比べれば定型短詩ともいえるヒップホップは、小説の形式が要請するラング的側面をキャンセルできる。だから中村は、「一人称」の――「俺は、こうだ」/「で、てめえはどうなんだ」によって生成する――ディスクールに表現の可能性を見出すだろう。ラングからディスクールへのリレー。
ところで、師の子規を批判的に継承した高浜虚子はどうだったか。子規の「写生」を批判した虚子は言葉のコミュニカティブな共同性に可能性を見出した、と指摘したのは江藤淳(『リアリズムの源流』1989・4)である。ただしそこで想定されているのは歳時記的な慣用句の集合であり、ディスクール的な運動性は見られない。
そういえば、今月の文芸誌では、けっこう珍しい二人称小説が二作も爆誕している。二人称は、運用次第で、読者を当事者として巻き込むディスクール的な要素をもっている。二作について鮮やかに分析している荒木優太の文芸時評をぜひチェックしてほしい。
Twitter(現X)で卑猥な発言を連発しているので読者を限定してしまっている点もったいないと思うが、壱村健太の書くものはどれも面白い。彼が運営する批評サイト『LIMiNAL/リミナル』に載った新作「母と娘たちのアポカリプス――水村美苗『日本語が亡びるとき』を読む」も裏切らなかった。
壱村の叙述は全体的にサディスティックな妄想のドライブで推進する。今回はとくに『日本語が亡びるとき』をヤマンバギャルと半ば強引に結び付けるあたりに顕著である。ただ、論じる対象から離れるわけではなく、これはこれで核心めいた部分を切り開くところが壱村のセンスなのだろう。とにかく水村の作品の中から、様々な境界線――日本語と英語、日本とアメリカ、東京と横浜、明と暗、生と死、美苗と奈苗…――が見出され、終末論的な観点から次々と相対化されていく様は圧巻である。
ただ一点気になるところがあった。「多摩川」の特権化である。壱村にとって重要なホームであることは知らないわけではない。しかし、終末論的な相対化の徹底の中でそこだけが他のなにものとも取り替えられないのはなぜなのか? 翻訳という観点からいえば、「多摩川」にはまだ知られていない知が隠されているということになるが、終末論という観点からは不徹底に感じるし、なにより、その付近に縁のない私はそこだけ腑に落ちなかった。
さて、最後は、町屋良平の小説批評である。直近では、『新潮』(10月)に「小説の死後――(にも書かれる散文のために)――保坂和志、私、青木淳悟」が発表されたところである。このテクストは、町屋の「小説の死後――(にも書かれる散文のために)――」という小説批評のプロジェクトの一環に組み込まれるものだ。2024年の9月、書誌侃侃房のnoteに「序文」が掲載されて以来、『群像』(2024・11)に「「批評」しやすい吉井磨弥、「批評」しにくい青木淳悟」、『文學界』(2025・2)に「鹿島田真希の強靱、過剰、独創性と普遍性の輪郭線」、『すばる』(2025・5)に「小説でしかない小説 萩世いをらの傑出」が掲載されてきた。『文藝』(2025・春季号)に載った、スピンオフ的な座談会「文芸批評は断絶したか 小説の死後の未来」(町屋良平×滝口悠生×倉本さおり、司会:水上文)もあげておこう。
町屋の取り組みについては、これまでに矢野利裕からの批判をまじえた応答があった。「文芸批評は断絶したか」を読んで——ゼロ年代以降の現代小説雑感」(2025・1)。これを受けて町屋から応答があった。「矢野利裕さん「「文芸批評は断絶したか」を読んで——ゼロ年代以降の現代小説雑感」への応答など」(2025・2)。また最近では、金子薫も一定の評価をしながら批判をしている。「生きようが死のうが、小説のことは放っておく」(2025・9)。
町屋の小説批評は文学史的な見取り図をもつ。フォーカスを当てる時代は2000年から2015年。理由は二つある。ひとつは、その時代の作品に思い入れがあるから。そしてもうひとつは、しかし、その時代の作品へのアクセスが現在ではしにくくなっているから。
町屋によれば、小説には「どう書くか」と「何を書くか」という二面があるが、2000年から2015年くらいまでの作品は「どう書くか」にこだわる優れたもの――その代表が保坂和志と青木淳悟――がある。しかるに、ここ最近、とくに2016年あたりから「何を書くか」が優勢になっている。だから、町屋の小説批評には、埋もれがちな「どう書くか」作品へのアクセスを少しでも取り戻したいという意図があるだろう。文学史のリレーである。
町屋は「何を書くか」にばかりこだわる作品――具体的にはエンタメや社会的主題が明確な作品――には否定的である。逆に、「何を書くか」に可能性を見出している矢野はその点を批判している。むろんそう単純に割り切れる話でもないので、細かいところはそれぞれのテクストに当たってほしい。とくに矢野の主張は、『すばる』(2017・2)の「新感覚系とプロレタリア文学の現代――平成文学史序説」、『文学+』3号(2022・7)の「〈物語〉に向き合う必要性――現代日本文学における非-社会性」が参考になるだろう。


『新潮』の「保坂和志、私、青木淳悟」では「小説のことは小説家にしかわからない」についての言及があり、上記金子が応答するなどSNSを中心に少し話題になった。「小説のことは小説家にしかわからない」。この爽快な、そして聞く人によっては不穏な響きをもつ言辞は、2006年に保坂と高橋源一郎の対談(「小説教室に飽きた人のための小説教室」、『文藝』冬季号)において放たれた発言である。これを受けて若かりし田中和生が批判をし、高橋との間で軽い論争に発展するのだが、その話はここではしない。
発言はだいたい高橋のものだが、保坂も同意している。その発言を町屋が約二十年ぶりに取り上げたのである。しかし決定的に異なる点がある。
高橋×保坂の発言は批評家に向けられたものだった。数年前には純文学論争が起こっている。そこでは、笙野頼子が作家の立場から複数の批評家を激しく批判する光景が見られた。要は、批評家への不信感・苛立ちなどが作家から表明された時期であったのだ。1990年代から作家の作品を点数チェックするような教師的時評が常態化し、他人事のように文学不要論・終焉論を唱える批評家に対するうっぷんが爆発したのだといえばよいか。田中は批評家の立場から高橋と論争をしたが、このような専制的批評を反省して作家・作品に寄り添うことからキャリアをはじめていることは注釈しておきたい。ちなみに、批評家見習いの私ですら批評の横暴さみたいなものを感知し、作品との間に生成する感情を評価の起点とすることをモットーに2005年「感情レヴュー」というブログを立ち上げている。
では、町屋はどうなのか。「小説のことは小説家にしかわからない」の項目を読んでも、誰に向けてのものなのかはっきりしないのである。それはなぜか。保坂を象徴的な作家としているように、批評家は小説家に取り込まれているというのがおそらく町屋の前提にあるからである。言い換えれば、批評家は存在しない。
それから、もうひとつ。これは私の想像でしかないので間違っていたら申し訳ないんだけど、町屋さんは「小説のことは小説家にしかわからない」を真面目に受け取りすぎている感じがする。高橋と保坂――とくに高橋だが――は半ば真面目、半ばハッタリで観測気球のようにこの発言を投げ込んだのではなかったか。「俺は、こうだ」/「で、てめえはどうなんだ」。
私はこう思っている。2000年~2015年説を受け入れるなら、その間はかろうじて残っていたが、それ以降小説もしくは小説批評から失われていったと感じるものがある。それこそこのハッタリの感覚、厳密にいえば、半ば真面目、半ばハッタリの感覚にほかならない。
文脈は違うが、Youtubeチャンネル『哲学の劇場』(ホスト:山本貴光×吉川浩光、ゲスト絓秀実×森川晃輔、「『一歩前進、二歩後退』刊行記念」9月26日)で絓秀実が発言した「文芸評論家はハッタリをいわないといけないが(中略)いまやハッタリが効かなくなっている」(35分20秒前後)は、まさにあの時代以降の空気を表現したものだろう。
言い換えれば、あの時代の作家・作品たちには、もっとゆるさがあったし、いい加減なところ(だから素朴な駄作もけっこうあった)、ある種の自由さがあった。町屋がセレクトした作家の中でとくに私も好きな鹿島田もそういうところで読んでいた。当時流行りのオタク批評やメディア批評が対象とするジャンルの作品に比して、良くも悪くも、純文学にはアジール的な空気――別名「不良債権としての「文学」」――があったのである。小説批評をやりたい私にしてみれば、時代に取り残されている感もあったわけだが、ゼロ年代は批評家の抑圧がなくなり、素朴なリアリズムから過激な言語実験までかなりバラエティー豊かな作品が許容されていたことは間違いないだろう。
ただし、このハッタリをめぐる感慨は、絓が冷笑と諦念まじりで語るように、いまやノスタルジー以外のものではない。ハッタリをかましても、相手がゆるしてくれると信じられる場所があったのは――私はまだその可能性を手放したくはないが――すでに過去の話なのだから。
もういいかげん、駆け足で終わらせよう。繰り返せば、ゼロ年代以降、抑圧的な批評が撤退し、批評家の存在が見えにくくなっていった。その一方で小説家が批評家を担うようになる。いまや外在する批評には任せられない。しかし内面化した批評家は、多くの小説家にとって編集者マインドに変換されるのではないか。雑誌の編集者はいるにしても、実質セルフ・プロデュースの時代の到来。ちょっと嫌味なことをいうと、2010年代後半に優勢となるケア論的な発想が、編集者マインドを最新の批評家に見せかけるように利用されている面があるのではないか。いずれにせよ、この傾向は結果として過激な言語実験を奪うだろう。町屋のように「どう書くか」にこだわる「言語的マイノリティ」であり続けることは、今後いっそう孤独を強いられるはずである。

▶中沢忠之。1972年生。凡庸の会。文学+WEB版編集人。
