言い訳の先にあるもの あとがき
「言い訳をするな」
この言葉は、仕事をしていると何度も耳にします。
失敗したとき、誰かに理由を聞かれれば、
私たちは自然と説明したくなります。
「自分だけが悪いわけじゃない」
「相手にも原因がある」
「そんな状況では無理だった」
それは、必ずしも嘘ではありません。
実際、仕事でも人生でも、
自分ではどうにもできないことはあります。
だから私は、
「何でも自分の責任だと思え」
と言いたいわけではありません。
むしろ大切なのは、
「自分の責任ではない」と思ったあとに、
どうするか。
そこではないかと思っています。
誰かのせいにすれば、
その瞬間は少し楽になります。
「仕方なかった」
そう思えば、自分を守ることもできます。
でも、それを繰り返していると、
いつの間にか自分では何も変えられないと
思うようになってしまう。
環境が変わるのを待つしかなくなる。
誰かが変わってくれるのを待つしかなくなる。
それでは、少し寂しい。
だから、
「自分にもできたことがあったかもしれない」
と考えてみる。
それは自分を責めることではありません。
自分の未来を、
もう一度自分の手に取り戻すことです。
今回の物語で描きたかったのは、
「言い訳をしない立派な人」ではありません。
言い訳したくなる普通の人が、
「じゃあ、自分はどうする?」
と考えられるようになるまでの、小さな変化です。
人生には、
どうしても変えられないことがあります。
でも、その中に一つくらい、
自分で変えられることがある。
そう思えるだけで、
人は少し強くなれるのではないでしょうか。
もし今、
誰かのせいにしたくなっている自分に気づいたら、無理にその気持ちを否定しなくてもいいと
思います。
「そう思うのも仕方ない」
と一度受け止めて、
そのあとに、こう問いかけてみてください。
「それで、私はどうする?」
言い訳の先には、
自分を責めることではなく、
自分で選べる明日がある。
この物語が、
そんなことを少しだけ考えるきっかけになれば
嬉しく思います。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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谷中万世(やなかまんせい)
通称 やなまん

