見出し画像

言い訳の先にあるもの 第四話 「俺にもできたこと」

そのミスは、金曜日の午後に発覚した。

「この数字、違いませんか?」

お客さんから電話があった。

私は画面を確認した。

間違っている。

しかも、かなり重要な数字だった。

「申し訳ありません。確認します」

電話を切ったあと、
私はしばらく画面を見つめていた。

頭の中では、すぐに原因を探し始めていた。

――誰かが元のデータを変更したんじゃないか。

――途中で仕様が変わったからかもしれない。

――そもそも、こんな短い納期で対応する
ことになったのが問題だった。

いくつも理由が浮かんだ。

どれも、完全な嘘ではない。

でも今回は、違った。

私は自分の送信済みメールを開いた。

そこには、私自身が作った資料が添付されていた。

元データも確認した。

元データは正しい。

仕様変更も、今回の間違いには関係ない。

そして、送信前に確認する時間もあった。

私は、その確認をしなかった。

ただ、それだけだった。

「俺のせいじゃない」

いつもの言葉が、喉まで出かかった。

でも、言えなかった。

田中の顔が浮かんだ。

「僕だけのミスじゃないと思うんです」

あのとき、自分は田中に何と言った?

「事情は説明していい。
でも、それで終わったら、また同じことが起きる」

その言葉が、そのまま自分に返ってきた。

私は課長のところへ行った。

「課長、すみません」

課長が顔を上げた。

「どうした?」

「今回の件、私の確認不足です」

課長は何も言わなかった。

私は続けた。

「もちろん、急な対応だったとか、
いろいろ事情はあります。
でも、送る前に確認することはできました」

課長は少し黙ってから言った。

「分かった」

それだけだった。

怒られなかった。

褒められもしなかった。

ただ、次の対応を一緒に考えた。

お客さんへの説明。

資料の訂正。

再発防止。

やることはたくさんあった。

その日の帰り、私は一人で駅まで歩いた。

不思議な気分だった。

今までなら、
誰かのせいにする理由を見つけたら、
少し楽になった。

「仕方なかった」と思えば、
自分を守ることができた。

でも今日は違った。

自分のミスだと認めたのに、
思ったほど苦しくなかった。

むしろ、少しだけ気持ちが軽かった。

理由は簡単だった。

自分のせいだと認めた瞬間、

自分で変えられるものが見えてきたからだ。

確認方法を変える。

送信前のチェックを一つ増やす。

急ぎの案件なら、誰かに見てもらう。

全部、自分でできる。

「自責って、こういうことなのか……」

私は小さくつぶやいた。

自分を責め続けることではない。

失敗した自分を叩き続けることでもない。

「自分にもできたことがあった」と認めること。

そして、

「じゃあ、次はどうする?」

と考えること。

駅のホームで電車を待ちながら、
私はスマートフォンを取り出した。

田中にメッセージを送ろうとして、やめた。

明日、直接話そう。

そして翌朝。

出社すると、田中が私のところへ来た。

「昨日の件、大丈夫でした?」

私は笑った。

「まあな。俺も失敗したよ」

「えっ?」

「だから今日は、二人でチェック方法を考えよう」

田中は少し驚いた顔をして、それから笑った。

私は思った。

言い訳の先には、

「自分を責めること」があると思っていた。

でも、違った。

その先にあったのは、

自分で変えることのできる未来だった。


次は
第五話(最終話) 「その先へ」
です。

谷中万世(やなかまんせい)
通称 やなまん


いいなと思ったら応援しよう!