言い訳の先にあるもの 第五話(最終話) 「その先へ」
それから一か月が経った。
私は以前より、少しだけ口数が減った。
何か問題が起きたとき、
すぐに原因を説明しなくなった。
もちろん、事情を説明する必要はある。
誰かに責任を押しつけるつもりもない。
ただ、その前に一つだけ考えるようになった。
――自分にできたことはなかったか。
それだけだった。
ある日の午後、田中が慌てた様子でやって来た。
「すみません。またやってしまいました」
私は顔を上げた。
「どうした?」
「お客さんへの資料を、
一つ古いバージョンで送ってしまいました」
「そうか」
田中はすぐに続けた。
「でも、昨日仕様変更があって……
それを共有した人が――」
そこで、田中は言葉を止めた。
私の顔を見た。
「……いや」
「ん?」
「まず、僕が送る前に確認すべきでした」
私は少し笑った。
「そうだな。じゃあ、どうする?」
「すぐに訂正版を送ります。
それと、古いファイルが残らないように
フォルダを整理します」
「それでいい」
田中は席へ戻っていった。
私はその背中を見ながら、少し嬉しくなった。
以前の自分なら、田中の説明を聞いて、
「そうだな。共有した人が悪いな」
と言っていたかもしれない。
でも今は違う。
誰が悪いかより、
次にどうするか。
そちらのほうが大事だと思えるようになっていた。
夕方、課長が私の席に来た。
「最近、変わりましたね」
「そうですか?」
「ええ。前は何かあると、
まず事情説明から始まってましたから」
私は笑った。
「そんなに言い訳してました?」
「かなり」
二人で笑った。
課長は少し間を置いて言った。
「でも、誤解しないでくださいね。
全部、自分の責任だと思う必要はないですよ」
私は黙って課長を見た。
「会社の問題もある。相手の問題もある。
どうにもならないことだってあります」
「はい」
「ただ、自分で変えられることまで、
他人のせいにしてしまったら、
そこで成長が止まりますから」
その言葉を聞いて、私はうなずいた。
帰り道。
駅へ向かういつもの道を歩きながら、私はこれまでのことを考えていた。
私はずっと、
言い訳をしてはいけないと思っていた。
でも、本当は違った。
人間だから、言い訳したくなることもある。
自分を守りたいこともある。
理不尽なことだってある。
だから、言い訳をする自分を責める必要はない。
ただ――。
そこで終わってはいけない。
「仕方なかった」
そう思うことがあってもいい。
「自分のせいじゃない」
そう言いたくなることがあってもいい。
でも、そのあとに、
「それで、俺はどうする?」
と問いかける。
それだけで、少しだけ未来が変わる。
駅のホームに電車が入ってきた。
私は電車に乗り込み、窓の外を眺めた。
今日も一日、いろいろあった。
うまくいかなかったこともある。
誰かに腹を立てたこともある。
自分ではどうにもできなかったこともある。
でも、もう以前のように、
「全部、周りが悪い」
とは思わなかった。
そして、
全部を自分のせいにすることもしなかった。
その間にある場所を、
少しずつ見つけられるようになった。
自分に変えられるものと、変えられないもの。
その違いが分かれば、人は少し楽になれる。
私は窓に映った自分の顔を見て、
心の中でつぶやいた。
「言い訳の先には、
自分を責めることがあるんじゃない」
「その先にあるのは――」
自分で選ぶ、明日の自分だ。
電車がゆっくりと走り出した。
私はスマートフォンをポケットにしまった。
明日は、今日より少しだけ違う自分でいよう。
そう思った。
次は
あとがき
です。
谷中万世(やなかまんせい)
通称 やなまん
