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『甘さは、意思じゃなかった。』──女性が壊れずに立つために選ばれたもの


 

 

 

正直に言うと、
わたしはずっと、
女性が甘いものを食べる理由を
「意思が弱いから」だと思っていた。

 

 

 

 

肌に悪いと分かっている。
太ると分かっている。
荒れると、体感でも分かっている。

 

 

 

 

それなのに、
なぜ食べるんだろう。

 

 

 

 

なぜ、やめないんだろう。

 

 

 

 

外から見れば、
どうしても、そう見えた。

 

 

 

 

自分が食を変えて、
皮ふが静まり、
呼吸が戻ってきたあとだったから、
なおさらそう思った。

 

 

 

 

分かっているなら、
選び直せばいい。
やめればいい。

 

 

 

 

でも、その考えは、
あるところで、
崩れた。

 

 

 

 

女性たちの甘さは、
「選択」じゃなかった。

 

 

 

 

もう、選ぶ力が残っていなかった。
それだけだった。

 

 

 

 

美に敏感だから、
気づいていないはずがなかった。
むしろ、
一番早く気づいていた。

 

 

 

 

甘いものを食べたあとの、
肌のざらつき。
むくみ。
くすみ。
重さ。

 

 

 

 

全部、
分かっていた。

 

 

 

 

それでも、
食べた。

 

 

 

 

それは、
肌を犠牲にしてでも、
今日を終わらせるためだった。

 

 

 

 

泣けない。
怒れない。
休めない。
不機嫌を許されない。

 

 

 

 

ちゃんとしていないと、
立っていられない。

 

 

 

 

その中で、
甘さは、
唯一、即効で効くものだった。

 

 

 

 

考えなくていい。
決めなくていい。
我慢しなくていい。

 

 

 

 

一瞬だけ、
世界がやわらぐ。

 

 

 

 

その一瞬がなければ、
心の方が先に、
折れていたかもしれない。

 

 

 

 

肌は、
後回しにされた。

 

 

 

 

でもそれは、
自分を粗末にしたかったからじゃない。

 

 

 

 

生き延びたかっただけだった。

 

 

 

 

わたしは、
それを
「意思が弱い」と呼んでいた。

 

 

 

 

その言葉が、
どれだけ残酷だったかを、
ようやく理解した。

 

 

 

 

この文章は、
女性を正当化するためのものじゃない。

 

 

 

 

甘いものを
すすめるためのものでもない。

 

 

 

 

ただ、
誤解が、
ほどけた瞬間を
記録しておきたい。

 

 

 

 

意思の問題に見えていたものが、
実は、
余白の問題だったということ。

 

 

 

 

責める視点からしか
見えていなかった世界が、
別の形で立ち上がってきた。

 

 

 

 

ここから書くのは、
正解でも、解決策でもない。

 

 

 

 

「そうせざるを得なかった身体と感情」が、
どういう場所に置かれてきたか。

 

 

 

 

その震えを、
ありありと、
書いていくだけだ。

 

 

 

 

読んだ人が、
納得しなくてもいい。
同意しなくてもいい。

 

 

 

 

ただ、
誰かを
「意思が弱い」と
切り捨てる前に、
一度だけ、
立ち止まれる文章であればいい。

 

 

 

 

これは、
甘さの話じゃない。

 

 

 

 

声を出せなかった身体と、
感情の話だ。





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─目次─






第1章 美に敏感だからこそ、気づいていた
第2章 肌より先に、心が限界だった
第3章 女性は、一日中「意思」を使っている
第4章 甘さは、意思を使わずに効く麻酔だった
第5章 頻繁になる理由――効く時間が、短すぎた
第6章 化粧は「隠し」じゃなく、「立ち続ける装置」だった
第7章 「意思が弱い」という言葉が、さらに黙らせた
第8章 甘さをやめると、出てくるもの
第9章 狂気に見えたのは、人じゃなく循環だった
最終章 甘さを責めない世界へ
あとがき





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第1章 
美に敏感だからこそ、気づいていた

 

 

 

 

女性は、気づいていないわけじゃなかった。

 

 

 

 

むしろ、
誰よりも早く、気づいていた。

 

 

 

 

甘いものを食べた夜、
洗顔のときに、
指先がわずかに引っかかる。

 

 

 

 

ファンデーションが、
きれいに乗らない朝。

 

 

 

 

目の下の影が、
いつもより濃い。

 

 

 

 

その変化を、
女性は、見逃さない。

 

 

 

 

鏡を見る回数が多いからじゃない。
身体の表面が、
日常的に評価される場所だからだ。

 

 

 

 

肌は、
装飾じゃない。

 

 

 

 

社会との接点だ。

 

 

 

 

だから、
変化に鈍感でいられない。

 

 

 

 

「昨日、甘いもの食べたからだな」

 

 

 

 

そんなふうに、
心の中で、
ちゃんと結びつけている。

 

 

 

 

無知じゃない。
鈍感でもない。

 

 

 

 

分かっている。

 

 

 

 

それでも、
食べる。

 

 

 

 

それは、
美をどうでもよく思っているからじゃない。

 

 

 

 

美を守るために、
別のものを犠牲にしている
だけだった。

 

 

 

 

女性にとって、
美は、
贅沢じゃない。

 

 

 

 

立つための条件だ。

 

 

 

 

評価されるため。
舐められないため。
軽く扱われないため。

 

 

 

 

肌が荒れると、
説明が必要になる。

 

 

 

 

「寝不足で」
「生理前で」
「ちょっと体調が」

 

 

 

 

言い訳を用意しなければ、
「自己管理ができていない人」
になる。

 

 

 

 

だから、
荒れることは、
怖い。

 

 

 

 

分かっている。

 

 

 

 

それでも、
甘さに手が伸びるときがある。

 

 

 

 

それは、
美意識が低い瞬間じゃない。

 

 

 

 

もう、美意識だけでは
立っていられない瞬間だ。

 

 

 

 

心が先に、
擦り切れている。

 

 

 

 

誰にも見せられない疲れ。
飲み込んだ言葉。
引き受けすぎた役割。

 

 

 

 

それらは、
肌より奥に溜まる。

 

 

 

 

甘さは、
そこに直接、触れる。

 

 

 

 

考えなくていい。
理由もいらない。

 

 

 

 

口に入れた瞬間だけ、
緊張がほどける。

 

 

 

 

女性は、
その感覚が、
後で肌に返ってくることを
ちゃんと知っている。

 

 

 

 

知っていて、
選んでいる。

 

 

 

 

いや、
選ばざるを得なかった。

 

 

 

 

美に敏感だからこそ、
自分がどれだけ
無理をしているかにも、
気づいていた。

 

 

 

 

でも、
それを言葉にする場所が、
なかった。

 

 

 

 

だから、
甘さに任せた。

 

 

 

 

この章で書いておきたいのは、
ひとつだけだ。

 

 

 

 

女性が甘いものを食べるのは、
美に無関心だからじゃない。

 

 

 

 

美を守るために、
自分の奥の声を
後回しにしてきた結果だ。

 

 

 

 

肌は、
その後回しを、
引き受けてきた。

 

 

 

 

静かに。
毎日。





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第2章 
肌より先に、心が限界だった

 

 

 

 

甘いものを選んだ瞬間、
女性は、
自分が何をしているかを
分かっていなかったわけじゃない。

 

 

 

 

「また、やっちゃった」
その言葉は、
ほとんど反射みたいに
胸の中で浮かぶ。

 

 

 

 

肌に返ってくることも、
分かっている。
明日の朝、
少し後悔することも、
想像できている。

 

 

 

 

それでも、
その手を止められなかった。

 

 

 

 

それは、
意思の問題じゃなかった。

 

 

 

 

優先順位の問題だった。

 

 

 

 

その日一日、
心は、
もう何度も
限界を越えていた。

 

 

 

 

理不尽に笑った。
言いたいことを飲み込んだ。
断れなかった。
期待に応えた。

 

 

 

 

誰にも見えないところで、
小さな「無理」を
積み重ねていた。

 

 

 

 

肌は、
まだ耐えられる。

 

 

 

 

でも、
心は、
もう一歩で崩れる。

 

 

 

 

その境目に立ったとき、
甘さは、
一番早く届く。

 

 

 

 

栄養でも、
美容でもない。

 

 

 

 

今、壊れないための
応急処置。

 

 

 

 

泣くより簡単。
怒るより安全。
休むより現実的。

 

 

 

 

一口で、
緊張がほどける。

 

 

 

 

一瞬だけ、
世界がやわらぐ。

 

 

 

 

その一瞬がなければ、
家に帰れなかったかもしれない。
布団に入れなかったかもしれない。
次の日を迎えられなかったかもしれない。

 

 

 

 

だから、
選んだ。

 

 

 

 

肌を犠牲にしてでも。

 

 

 

 

それは、
自分を粗末にする選択じゃない。

 

 

 

 

自分を壊さないための選択だった。

 

 

 

 

外から見ると、
矛盾に見える。

 

 

 

 

美を大事にしているのに、
美を損なう行動をする。

 

 

 

 

でも、
内側から見ると、
一貫している。

 

 

 

 

「今日を終わらせる」
という一点に、
すべてが集まっている。

 

 

 

 

心が壊れたら、
肌どころじゃない。

 

 

 

 

立てない。
話せない。
働けない。

 

 

 

 

女性は、
それを知っている。

 

 

 

 

だから、
肌を後回しにする。

 

 

 

 

後回しにした分、
あとで、
化粧で整える。
スキンケアで補う。
自分を責めて、
帳尻を合わせる。

 

 

 

 

誰にも迷惑をかけないように。

 

 

 

 

その姿は、
怠慢じゃない。

 

 

 

 

必死さだ。

 

 

 

 

この章で書いておきたいのは、
女性が甘いものを食べる瞬間、
そこにあるのは、
欲望だけじゃない、ということ。

 

 

 

 

あるのは、
疲れ切った心の、
静かなSOSだ。

 

 

 

 

肌は、
そのあとに、
ようやく声を上げる。

 

 

 

 

でもその頃には、
もう誰も、
聞いていない。





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第3章 
女性は、一日中「意思」を使っている

 

 

 

 

女性が甘いものを食べる前に、
もう、
その日の意思は
ほとんど使い切られている。

 

 

 

 

朝から、
選択が続く。

 

 

 

 

何を着るか。
どの表情で出るか。
どんな声のトーンで話すか。

 

 

 

 

相手がどう感じるかを、
無意識に計算する。

 

 

 

 

強すぎないか。
冷たくないか。
重くないか。

 

 

 

 

一言、
飲み込む。

 

 

 

 

もう一言、
笑顔で流す。

 

 

 

 

本当は、
違うことを思っているのに、
場を壊さないほうを選ぶ。

 

 

 

 

それは、
「優しさ」や「気遣い」と
呼ばれている。

 

 

 

 

でも、
それは同時に、
意思の消耗でもある。

 

 

 

 

言いたいことを言わない。
嫌だと言わない。
疲れたと言わない。

 

 

 

 

そのたびに、
意思は削られていく。

 

 

 

 

しかも、
削っている自覚がない。

 

 

 

 

だって、
それが「普通」だから。

 

 

 

 

仕事でも、
家庭でも、
人間関係でも、

 

 

 

 

女性は、
場の温度を保つ役割を
引き受けやすい。

 

 

 

 

不機嫌になると、
空気が悪くなる。
感情を出すと、
「面倒な人」になる。

 

 

 

 

だから、
出さない。

 

 

 

 

意思を使って、
抑える。

 

 

 

 

その積み重ねの先に、
夜が来る。

 

 

 

 

もう、
選べない。

 

 

 

 

自制する力も、
我慢する力も、
判断する余裕も、
残っていない。

 

 

 

 

その状態で、
「甘いものを我慢しろ」と
言われる。

 

 

 

 

それは、
酷だ。

 

 

 

 

意思が弱いんじゃない。

 

 

 

 

もう、意思を使える場所が
残っていないだけだ。

 

 

 

 

甘いものは、
意思を要求しない。

 

 

 

 

考えなくていい。
正解もない。
理由も要らない。

 

 

 

 

ただ、
口に入れればいい。

 

 

 

 

その単純さが、
疲れ切った心に
ちょうどいい。

 

 

 

 

女性は、
楽をしたかったわけじゃない。

 

 

 

 

意思を休ませたかった。

 

 

 

 

この章で、
どうしても残しておきたいのは、
これだ。

 

 

 

 

甘さは、
自制に負けた証じゃない。

 

 

 

 

自制を使い切った証だ。

 

 

 

 

一日中、
ちゃんとするために、
意思を使い続けた。

 

 

 

 

その結果として、
甘さが残った。

 

 

 

 

それだけの話だ。





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第4章 
甘さは、意思を使わずに効く麻酔だった

 

 

 

 

 

甘いものは、
説得しなくていい。

 

 

 

 

理由も、
正当化も、
覚悟もいらない。

 

 

 

 

ただ、
口に入れればいい。

 

 

 

 

それが、
どれほど救いだったか。

 

 

 

 

意思を使い切ったあと、
人は、
「選択」をしたくない。

 

 

 

 

これでいいのか、
間違っていないか、
後悔しないか。

 

 

 

 

そういう問いに、
もう答えられない。

 

 

 

 

甘さは、
その問いを
一瞬で消す。

 

 

 

 

舌に触れた瞬間、
考えが止まる。

 

 

 

 

緊張が、
ほどける。

 

 

 

 

肩が、
少し落ちる。

 

 

 

 

その数秒間、
世界が、
やわらかくなる。

 

 

 

 

それは、
快楽というより、
沈静だった。

 

 

 

 

興奮じゃない。
鎮まる。

 

 

 

 

騒がしかった内側が、
少しだけ、
静かになる。

 

 

 

 

だから、
甘さは選ばれる。

 

 

 

 

理屈じゃない。
栄養でもない。

 

 

 

 

感情に直接、効く。

 

 

 

 

しかも、
誰にも迷惑をかけない。

 

 

 

 

泣けば、
「どうしたの?」と聞かれる。
怒れば、
「空気を読め」と言われる。
休めば、
「甘えている」と思われる。

 

 

 

 

でも、
甘いものを食べても、
誰も責めない。

 

 

 

 

むしろ、
「ご褒美だね」
「頑張ったから」

 

 

 

 

そう言われる。

 

 

 

 

だから、
安全だ。

 

 

 

 

甘さは、
社会的に許可された麻酔。

 

 

 

 

感情を出さずに、
自分を鎮められる。

 

 

 

 

その代償が、
肌に来ることも、
分かっている。

 

 

 

 

でも、
感情が暴れるより、
肌が荒れるほうが、
まだ扱いやすい。

 

 

 

 

化粧で隠せる。
スキンケアで誤魔化せる。
理由も、用意できる。

 

 

 

 

感情は、
隠せない。

 

 

 

 

一度出たら、
取り戻せない。

 

 

 

 

だから、
甘さを選ぶ。

 

 

 

 

それは、
弱さじゃない。

 

 

 

 

衝動を抑えるための、
合理的な選択だった。

 

 

 

 

この章で書いておきたいのは、
甘いものが
「敵」だったという話じゃない。





甘さは、
多くの女性を、
今日まで
連れてきた。

 

 

 

 

壊れずに、
倒れずに、
立たせ続けた。

 

 

 

 

ただ、
その役割が、
あまりにも長すぎた。

 

 

 

 

麻酔を打ち続ければ、
感覚は鈍る。

 

 

 

 

声も、
遅れて返ってくる。

 

 

 

 

肌は、
最後に、
代わりに叫ぶ。

 

 

 

 

それは、
責めるべきことじゃない。

 

 

 

 

守ってきた証だ。

 

 

 

 

甘さは、
女性を裏切ったわけじゃない。

 

 

 

 

女性が、
声を上げられなかった世界が、
甘さに
役割を押し付けた。

 

 

 

 

それだけだ。





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第5章 
頻繁になる理由――効く時間が、短すぎた

 

 

 

 

甘いものは、
一回で終わらない。

 

 

 

 

それは、
女性自身が
いちばんよく知っている。

 

 

 

 

食べた直後、
たしかに楽になる。
肩の力が抜けて、
息がしやすくなる。

 

 

 

 

でも、
その静けさは、
長く続かない。

 

 

 

 

数十分。
数時間。
気づけば、
あっという間に、
戻ってくる。

 

 

 

 

ざわつき。
疲れ。
空虚感。

 

 

 

 

だから、
また必要になる。

 

 

 

 

頻繁に食べるのは、
欲張りだからじゃない。

 

 

 

 

効き目が、短すぎるからだ。

 

 

 

 

本当は、
一度で足りるなら、
それでよかった。

 

 

 

 

でも、
甘さは、
根本には触れない。

 

 

 

 

触れてしまったら、
もっと大きなものが
溢れてしまうから。

 

 

 

 

だから、
浅く、
短く、
何度も。

 

 

 

 

そのたびに、
身体は、
小さな代償を払う。

 

 

 

 

血が揺れる。
皮ふが荒れる。
むくみが残る。

 

 

 

 

でもそれは、
すぐじゃない。

 

 

 

 

遅れて、
静かに来る。

 

 

 

 

その時間差が、
判断を曇らせる。

 

 

 

 

今の楽さと、
明日の違和感は、
つながって見えない。

 

 

 

 

しかも、
社会は、
その間を
全部、埋めてくれる。

 

 

 

 

化粧。
スキンケア。
サプリ。
言い訳。

 

 

 

 

「たまたま」
「体調のせい」
「生理前」

 

 

 

 

そうやって、
食と身体のあいだは、
切り離される。

 

 

 

 

だから、
また食べる。

 

 

 

 

これは、
依存の話じゃない。





構造の話だ。

 

 

 

 

即効性があって、
安全で、
誰にも咎められず、
でも、すぐ切れる。

 

 

 

 

そんなものがあったら、
人は、
何度でも手を伸ばす。

 

 

 

 

女性が弱いからじゃない。

 

 

 

 

他に、
代わりがなかった。

 

 

 

 

泣く時間もない。
休む余白もない。
怒る場所もない。

 

 

 

 

あるのは、
甘さだけ。

 

 

 

 

だから、
頻繁になる。

 

 

 

 

それは、
失敗の繰り返しじゃない。

 

 

 

 

今日を生き延びるための、
更新作業だった。

 

 

 

 

この章で、
残しておきたいのは、
ひとつだけ。

 

 

 

 

頻度は、
意思の弱さを
示していない。

 

 

 

 

必要性の強さを
示している。

 

 

 

 

それだけだ。





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第6章 
化粧は「隠し」じゃなく、「立ち続ける装置」だった

 

 

 

 

甘いものを食べて、
肌が荒れる。

 

 

 

 

そのあと、
女性は、
何もしないわけじゃない。

 

 

 

 

鏡の前に立つ。
コンシーラーを取る。
ファンデーションを重ねる。

 

 

 

 

それは、
罪悪感からじゃない。

 

 

 

 

立つためだ。

 

 

 

 

仕事に行くため。
人に会うため。
評価の場に出るため。

 

 

 

 

肌が荒れたままでは、
世界に出られない。

 

 

 

 

出られない、というより、
出ると、説明を求められる。

 

 

 

 

「どうしたの?」
「大丈夫?」
「疲れてる?」

 

 

 

 

その一言一言が、
さらに、
意思を削る。

 

 

 

 

だから、
隠す。

 

 

 

 

化粧は、
逃げじゃない。

 

 

 

 

防具だ。

 

 

 

 

肌が荒れていると、
能力まで疑われる。

 

 

 

 

だらしない。
管理できていない。
自己責任。

 

 

 

 

そう見られるのを、
女性は知っている。

 

 

 

 

だから、
整える。

 

 

 

 

化粧は、
美しくなるためだけのものじゃない。

 

 

 

 

「ちゃんとしている自分」を
提示するための
最低限の装備。

 

 

 

 

甘さで、
心を保つ。

 

 

 

 

化粧で、
肌を保つ。

 

 

 

 

その二つで、
ようやく、
世界に立てる。

 

 

 

 

これは、
欺瞞じゃない。

 

 

 

 

均衡だ。

 

 

 

 

壊れた部分を、
別の場所で支える。

 

 

 

 

そのやり方しか、
なかった。

 

 

 

 

外から見ると、
矛盾に見える。

 

 

 

 

甘いものを食べて、
肌を傷めて、
それを隠す。

 

 

 

 

でも、
内側から見ると、
一貫している。

 

 

 

 

「今日を、問題なく終わらせる」

 

 

 

 

その一点に、
全てが集まっている。

 

 

 

 

化粧をやめられないのは、
見栄の問題じゃない。

 

 

 

 

降りられない構造の問題だ。

 

 

 

 

降りたら、
評価が下がる。
扱いが変わる。
空気が冷える。

 

 

 

 

だから、
塗る。

 

 

 

 

誰にも、
迷惑をかけないように。

 

 

 

 

肌は、
声を出した。

 

 

 

 

でも、
声を出す場所は、
世界の外にしか
なかった。

 

 

 

 

この章で、
どうしても書いておきたいのは、
これだ。

 

 

 

 

化粧は、
嘘じゃない。

 

 

 

 

立ち続けるために、
選ばされた形だ。

 

 

 

 

責めるべきは、
隠さなければ
立てない世界の方だ。





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第7章 
「意思が弱い」という言葉が、さらに黙らせた

 

 

 

 

「意思が弱いからだよ」

 

 

 

 

その言葉は、
刃物みたいに
派手に切りつけない。

 

 

 

 

でも、
静かに、深く刺さる。

 

 

 

 

女性は、
その言葉を
何度も聞いてきた。

 

 

 

 

甘いものを食べれば、
自己管理ができていない。

 

 

 

 

太れば、
だらしない。

 

 

 

 

肌が荒れれば、
努力が足りない。

 

 

 

 

全部、
自分のせい。

 

 

 

 

そのラベルは、
とても便利だ。

 

 

 

 

構造を見なくていい。
環境を疑わなくていい。
役割を見直さなくていい。

 

 

 

 

個人の意思に
押し戻せば、
話は終わる。

 

 

 

 

でも、
当事者にとっては、
終わらない。

 

 

 

 

「やめられない自分」
「我慢できない自分」

 

 

 

 

そうやって、
さらに、
自分を責める。

 

 

 

 

責めることで、
なんとか
均衡を保つ。

 

 

 

 

だって、
自分が悪いことにしておけば、
世界は、
変えなくて済むから。

 

 

 

 

「意思が弱い」という言葉は、
理解の放棄だ。

 

 

 

 

そして同時に、
沈黙の強制でもある。

 

 

 

 

本当は、
疲れている。
本当は、
限界だった。

 

 

 

 

でも、
それを言う前に、
自分で口を塞ぐ。

 

 

 

 

「わたしが弱いだけ」

 

 

 

 

そう言えば、
誰も困らない。

 

 

 

 

その結果、
甘さは、
ますます必要になる。

 

 

 

 

責められるほど、
鎮めるものが要る。

 

 

 

 

これは、
個人の問題じゃない。

 

 

 

 

責めの循環だ。

 

 

 

 

社会が、
「ちゃんとできない理由」を
個人に返す。

 

 

 

 

個人は、
自分を責める。

 

 

 

 

責めることで、
また疲れる。

 

 

 

 

疲れた心を、
甘さで抑える。

 

 

 

 

そして、
また責められる。

 

 

 

 

この循環の中で、
女性の声は、
どんどん
内側に押し込まれていった。

 

 

 

 

「意思が弱い」と
言われ続けた人は、
やがて、
助けを求めなくなる。

 

 

 

 

どうせ、
自分の問題にされるから。

 

 

 

 

だから、
黙る。

 

 

 

 

この章で、
残しておきたいのは、
ひとつだけだ。

 

 

 

 

「意思が弱い」という言葉は、
説明じゃない。

 

 

 

 

見ないための蓋だ。

 

 

 

 

その蓋の下で、
たくさんの疲れと、
飲み込まれた声が、
溜まってきた。

 

 

 

 

それが、
甘さという形で
表に出ていただけだ。

 

 

 

 

責められるべきだったのは、
人じゃない。

 

 

 

 

声を出せないままでも
回ってしまう仕組みの方だ。





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第8章 
甘さをやめると、出てくるもの

 

 

 

 

もし、
甘いものを
本当にやめたら、
何が起きるか。

 

 

 

 

多くの人は、
肌が良くなる、
体が軽くなる、
そう思う。

 

 

 

 

たしかに、
それも起きる。

 

 

 

 

でも、
最初に出てくるのは、
きれいな変化じゃない。

 

 

 

 

出てくるのは、
感情だ。

 

 

 

 

抑えてきた怒り。
飲み込んできた不満。
誰にも言えなかった寂しさ。

 

 

 

 

甘さは、
それらに
蓋をしていた。

 

 

 

 

だから、
蓋を外すと、
中身が、
一気に溢れる。

 

 

 

 

理由もなく、
イライラする。

 

 

 

 

涙が、
突然、出る。

 

 

 

 

何もしていないのに、
虚しくなる。

 

 

 

 

「これなら、
甘いものを食べていた方が
楽だった」

 

 

 

 

そう思う瞬間が、
必ず来る。

 

 

 

 

だから、
多くの女性は、
やめない。

 

 

 

 

やめられない、
というより、
出てくるものに
向き合う余裕がない。

 

 

 

 

社会は、
その感情を
引き受けてこなかった。

 

 

 

 

怒れば、
面倒な人になる。
泣けば、
弱い人になる。
不満を言えば、
わがままになる。

 

 

 

 

だから、
感情は、
内側に押し込まれた。

 

 

 

 

甘さは、
その押し込み作業を
助けてきた。

 

 

 

 

やめるということは、
感情を
表に戻すということだ。

 

 

 

 

それは、
回復というより、
解凍に近い。

 

 

 

 

凍らせていたものが、
溶け出す。

 

 

 

 

冷たくて、
扱いにくい。

 

 

 

 

周りに、
こぼれる。

 

 

 

 

だから、
怖い。

 

 

 

 

この章で、
どうしても残しておきたいのは、
これだ。

 

 

 

 

甘さをやめられないのは、
弱さじゃない。

 

 

 

 

社会が処理してこなかった感情を、
一人で引き受けさせられている
からだ。

 

 

 

 

もし、
甘いものを減らした誰かが、
不機嫌になったら。

 

 

 

 

涙もろくなったら。

 

 

 

 

それは、
失敗じゃない。

 

 

 

 

戻ってきた
だけだ。

 

 

 

 

感情が、
本来の場所に。

 

 

 

 

それを、
受け止める場所がない限り、
甘さは、
必要であり続ける。

 

 

 

 

責めることは、
簡単だ。

 

 

 

 

でも、
受け止めることは、
難しい。

 

 

 

 

だから、
甘さが、
引き受けてきた。

 

 

 

 

それだけの話だ。





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第9章 
狂気に見えたのは、人じゃなく循環だった

 

 

 

 

甘いものを食べて、
肌が荒れて、
化粧で隠して、
また甘いものを食べる。

 

 

 

 

この流れを、
外から見たとき、
わたしは思った。

 

 

 

 

おかしい。
矛盾している。
狂っている。

 

 

 

 

でも、
よく見たら、
狂っていたのは
人じゃなかった。

 

 

 

 

循環だった。

 

 

 

 

一つ一つの行為を切り取れば、
全部、合理的だった。

 

 

 

 

甘さで、
心を保つ。
化粧で、
社会に立つ。
ちゃんとして、
一日を終える。

 

 

 

 

どれも、
「生き延びる」ための
選択だった。

 

 

 

 

それが、
つながったときだけ、
異様に見える。

 

 

 

 

でも、
本人は、
つながって見ていない。

 

 

 

 

今日を乗り切る。
それだけで、
精一杯だから。

 

 

 

 

誰も、
長期的に
自分を壊したくて
生きているわけじゃない。

 

 

 

 

ただ、
止まれない。

 

 

 

 

止まったら、
評価が落ちる。
立場が揺らぐ。
関係が壊れる。

 

 

 

 

だから、
循環を回す。

 

 

 

 

壊れながらでも、
回す。

 

 

 

 

それを、
「自己責任」と呼ぶのは、
あまりにも簡単だ。

 

 

 

 

この循環は、
個人の性格から
生まれたものじゃない。

 

 

 

 

要求が多すぎる世界が、
生んだ。

 

 

 

 

感情は出すな。
でも、笑顔でいろ。
疲れるな。
でも、成果を出せ。
美しくあれ。
でも、弱音は吐くな。

 

 

 

 

この矛盾を、
一人で引き受けた結果が、





甘さだった。
肌だった。
化粧だった。

 

 

 

 

狂気に見えたのは、
無理を無理のまま
回し続けてきた構造だ。

 

 

 

 

この章で、
残しておきたいのは、
これだ。

 

 

 

 

誰かが
おかしくなったわけじゃない。

 

 

 

 

おかしくならないと
立っていられない世界が、
そこにあった。

 

 

 

 

甘いものは、
その世界で
一番、
手に入りやすい
緩衝材だった。

 

 

 

 

だから、
使われた。

 

 

 

 

責める理由は、
どこにもない。

 

 

 

 

見直すべきなのは、
人じゃない。

 

 

 

 

回り続けてしまう循環
そのものだ。





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最終章 
甘さを責めない世界へ

 

 

 

 

この文章を書き終える頃、
わたしの中から、
疑問は消えていた。

 

 

 

 

代わりに残ったのは、
静かな理解だった。

 

 

 

 

女性が甘いものを食べる理由は、
意思の弱さじゃなかった。

 

 

 

 

怠慢でも、
無知でも、
自制心の欠如でもなかった。

 

 

 

 

立ち続けるために、
選ばされてきた形だった。

 

 

 

 

甘さは、
女性を壊した犯人じゃない。

 

 

 

 

むしろ、
今日まで
壊れずに来させた
支えだった。

 

 

 

 

ただ、
その支えが、
あまりにも長く使われすぎた。

 

 

 

 

声を出せない世界で、
感情を置く場所がなくて、
余白もなくて、
休めなくて。

 

 

 

 

そのすべてを、
一時的に引き受けてきた。

 

 

 

 

だから、
甘さは、
重くなった。

 

 

 

 

もし、
この循環を変えるなら、
必要なのは
「我慢」じゃない。

 

 

 

 

余白だ。

 

 

 

 

怒ってもいい場所。
泣いてもいい時間。
不機嫌でいても、
関係が壊れない空間。

 

 

 

 

それが戻れば、
甘さの役割は、
自然に終わる。

 

 

 

 

誰かに
やめさせる必要もない。

 

 

 

 

説得も、
啓蒙も、
正しさもいらない。

 

 

 

 

身体が、
もう要らないと
教えるから。

 

 

 

 

わたしが
この記録で
残したかったのは、
方法じゃない。

 

 

 

 

視点だ。

 

 

 

 

「意思が弱い」という
一言で、
切り捨ててきたものの
向こう側に、
何があったのか。

 

 

 

 

それを、
一度だけ、
見てほしかった。

 

 

 

 

もし、
この文章を読んで、
誰かを見る目が
少しだけ変わったなら。

 

 

 

 

甘いものを食べる人に、
前よりも
静かなまなざしを
向けられたなら。

 

 

 

 

それで、
十分だ。

 

 

 

 

甘さを、
責めなくていい。

 

 

 

 

そして、
自分を、
責めなくていい。

 

 

 

 

世界は、
まだ
優しくはない。

 

 

 

 

でも、
見方を変えるだけで、
誰かの身体は、
少し楽になる。

 

 

 

 

その小さな変化を、
信じたい。

 

 

 

 

これは、
甘いものの話じゃない。

 

 

 

 

声を出せなかった
身体と感情を、
責めないための
記録だ。





────────────────────



 

あとがき

 

 

 

 

ここまで書いて、
はっきりと分かった。

 

 

 

 

この文章は、
女性の甘いものの話を
していたんじゃない。

 

 

 

 

わたし自身の、
見え方が変わった記録だった。

 

 

 

 

正直に言えば、
以前のわたしは、
少し、上から見ていた。

 

 

 

 

分かっているのに、
なぜやめないんだろう。
肌に悪いって、
自分でも感じているだろうに。





そう思っていた。

 

 

 

 

それは、
回復した側に立った人間が、
つい持ってしまう視点だった。

 

 

 

 

自分が
「抜けられた」ことで、
まだ中にいる人を
理解した気になっていた。

 

 

 

 

でも、
書きながら、
何度も引き戻された。

 

 

 

 

甘さの奥にあったのは、
弱さじゃなかった。

 

 

 

 

引き受けすぎた時間と、
出せなかった声だった。

 

 

 

 

そのことに気づいたとき、
恥ずかしさより先に、
静かな後悔が来た。

 

 

 

 

わたしもまた、
簡単な言葉で
誰かを片づけていた側だった。

 

 

 

 

「意思が弱い」

 

 

 

 

その一言で、
どれだけ多くの背景を
消してきたか。

 

 

 

 

この文章は、
反省文じゃない。

 

 

 

 

でも、
訂正ではある。

 

 

 

 

見方を、
訂正した。

 

 

 

 

それだけで、
世界は少し違って見えた。

 

 

 

 

甘いものを食べる人を、
止めたいわけじゃない。

 

 

 

 

変えたいわけでもない。

 

 

 

 

ただ、
責めずに見られるように
なりたかった。

 

 

 

 

それが、
自分の身体を
守ることにも
つながると感じたからだ。

 

 

 

 

誰かを
簡単に裁くとき、
その刃は、
いつか
自分にも返ってくる。

 

 

 

 

この記録は、
その刃を
一度、
下ろすためのものだった。

 

 

 

 

もし、
ここまで読んでくれた人が、
以前よりも少しだけ、
他人の選択に
静かでいられたら。

 

 

 

 

あるいは、
自分の甘さに対して、
前よりも
責めずにいられたら。

 

 

 

 

それで、
十分だ。

 

 

 

 

理解は、
行動を変えなくてもいい。

 

 

 

 

見え方が変わるだけで、
身体は、
少し楽になる。

 

 

 

わたしは、
それを信じている。

 

 

 

 

──美稚子
心からの感謝をこめて。
────────────────────
※この作品は、“触れられなかった願い” を翻訳した記録です。
痛みの奥でずっと息を止めていた願いが、
未来へ歩き出した瞬間を、そのまま残しています。
もしあなたの周りに、同じ願いを抱えた人がいたら──
この声をそっと手渡してあげてください。
よろしければ、ご意見やご感想、コメントもお待ちしています。






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美稚子   michiko 美稚子は、社会や歴史に埋もれた「声にならなかった震え」を代弁し、祈りとして言葉にしています。 頂いたチップは、その声を紙書籍化するために大切に使わせていただきます。 紙の本にして、学校や図書館、病院や福祉施設に届けます。 あなたの温かい応援が、誰かの心に届く祈りになります。