共感は生まなくても、名前のない関係に爽やかな後味を。ドラマ『Tシャツが乾くまで』感想
「てぃーかわ」ことドラマ『Tシャツが乾くまで』、最終話まで見た。
というか、初めにこのドラマの名前を「てぃーかわ」と略したのはどこのどいつですか?え?
天下のちいかわ様を彷彿とさせるじゃねえかよ!

…という茶番はさておき、後半があまりにもジェットコースター的展開すぎて、登場人物の誰にも共感できないし、これを見ている我々の情緒もヤバすぎた。
ドラマの前半は、予想の出来ない展開にかなりワクワクして楽しく見られていたんだけどなあ~!!
夫と妻をそれぞれ失った咲子と樹生は、事故の真相を確かめるために2人で会うようになる。
次々と明らかになっていく、充の、そしてあずさの過去。
そして互いの寂しさを埋め合うように、2人は次第に惹かれ合っていく……
ウオオオ!!!!こういうの大好きだ。こういうの大好きだ。こういうの大好きだ(突然現れるハンス王子)
特に痺れたのが、1話ラストの
「好きな人フィルター…ですっけ?掃除した方がいいですよ」
なんだこのセリフ、オシャレすぎる。このドラマが洗濯をテーマにしたドラマだって知った上でこの言葉選びは粋すぎる。
というか、樹生を演じている中島歩がちょっとカッコよすぎるかも。
『地獄に堕ちるわよ』で細木数子のことハメてたロマンス詐欺師だよね?
現実に居たら二度見するぐらいの圧倒的スタイル。
少し昭和の香りが漂う醤油顔。
しかしこのオーラをかき消さんばかりのドラマでのスタイリング。
そしてなんと言っても、圧倒的にシブかっこいい低音ボイス。
まあ正直「カッコイイ…♡」ってなってたのは2話ぐらいまでで、段々と魔法(アユム・イリュージョン)が解け、
「なんだこのボソボソした棒読み…もうちょっとハッキリ喋れねえのかよーッ!!」「こいつ無表情すぎて、全く何考えてんだか分かんねーッ!!」「てか奥さん亡くしたばっかりなのに恋してんじゃねぇよなーッ!!」
とか思うようになった(もしかして、ドラマのせいじゃなくて私の情緒の問題?)

そして充が現れてからは、(おそらく世間の評判的にもだけど)一気にヘイトが充に向いた。
こ…こいつ、嫌な奴すぎる!!
咲子の視点でしか描写されてなかったから?てか咲子の前では嫌な奴なのを隠してたからなのか?
「好きな人フィルター」ってのは、大マジだったってことかよーッ!!!

家庭環境が複雑で、だからこそ逃げ癖があって…まではまだ理解できたけれども、明らかに「ここでそういうこと言う?」っていうような言動が多くて、言葉を選ばずに言うと気持ちが悪い。
例えば「結婚式の親への手紙で途中退出」とか、自分が平和ボケしすぎているだけなのかもしれないが、全く知らない人の知らない親に向けたメッセージでうるうるしてしまう私にとっては、理解…は出来なくもないが、共感は出来なかった。
まあもちろん、全ての登場人物の行動に共感できなくてもいいし、する必要もない。
逆に「なんだか変わった人」という印象を持って次第に惹かれていった、という咲子の気持ちは分からなくもなかった。
もちろん、同じように複雑な家庭環境で育ったがゆえの親近感もあっただろうけど。
そんな感じで、理解できない登場人物たちの中で、咲子にだけ感情移入しながらドラマを見ていたのだ。
行方不明の夫、生きているかも死んでいるかも分からない。
それなのに樹生から感じるタバコの匂いに充の姿を見る。
どうしようもなく落ち込んで、でも明るく振舞って、外ではちゃんとしなきゃと仕事に打ち込んで。
樹生から感じる熱っぽい視線にも気づかない振りをして。
充が帰ってきた後は、非常識な行動と驚きの事実に声を荒らげて、諭されて冷静になって。

あぁ…変な登場人物が多い中で咲子にだけ感情移入しながら見進めていたというのに…!
それなのに…なんでバツ4やねん!!!!!!!!
バツ4の設定は必要だったのか?バツ1で良かったのではないか?
てかバツ4で結婚情報誌作ってるのメンタル強すぎだろ。
今度は咲子が失踪するという展開←まだ分かる
実は元夫のところにいました←まあ分かる
元夫は何度も再婚してて子供がいます←え?
咲子も実はバツ4でした←え!?!?!?!?!?
作品にもよると思うけど、ドラマってやっぱりリアリティじゃないかと思う。
私は坂元裕二作品が好きだけど、実はドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』は、3回離婚するってなんやねんとか、こいつら松たか子の夫っぽく無さすぎやろとかそういう風に思ってしまって、いまいち入り込めなかったのだ。
今回は、初めからフィクションと分かっているならまだしも、リアリティ寄りの作品の顔つきをしながら、しかも感情移入していた人物に裏切られたような気がして、結構ダメージを食らった。
その後の充と咲子が離婚しようとする展開も、いや夫婦だからこそ別れを決める前にもっと話し合わなきゃいけないんじゃない!?そうやってホイホイ簡単に離婚しすぎなんじゃないの!?ちょっと~!!!という気持ちになってしまう。
もちろん、居心地が悪いという感覚の問題は話し合いで埋められるものではないんだけどね…
それでもやっぱり、別れを決めた後になってから、相手のことが愛おしく見えてきて切なくなるのは、現実世界でもドラマでもあるあるなのだろうか。
この辺りの展開はドラマ『最高の離婚』を思い出した。

しかし花火大会と水族館のチケットの伏線回収はとても最高だった。
こちらは不倫を疑ってたのに対して、それぞれのパートナーはちゃんと自分のためにチケットを用意してくれていたんだ、と後になってから分かるのが、切ないのとタイミング的に鬼畜すぎるのとで胸が締め付けられて大好物でした。
あとは「感情移入」の話でいうと、強いて言うなら4人の中で1番気持ちが分かるのはあずさかもしれない。
グイグイ行き過ぎてそんなん不倫だろ~!嫌な女~!と世間から叩かれてはいたけど、もう亡くなっているし、作中では誰かのフィルターを通したあずさの姿しか描かれていないのだから、彼女の本当の姿と何を考えていたのかなんて誰にも分からないのかも。
人には色んな面があって、誰の目線から見るかでその人の印象は変わるというのもきっとこの作品の伝えたかったことで、咲子が失踪した後の喫茶ひこうきでの話し合いもそれを表していたのではないかと思う。
少なくとも作中で描かれている「あずさ」は、たしかに少し変わっている人ではあったけど、「自分のことを知らない人と話すのが好き」とか「予定調和ではない展開も楽しみたい」とか、「どうせ理解されないなら不倫まがいなことしときましょう」とか。
褒められたことではないし、私も不倫したいとかでは全くないけど、淡々と過ぎていく日常の中にスリルを求める気持ち、少しは分かるような気がする。
単なる好奇心だけではなく、本当に恋愛感情を持っていた可能性ももちろん否定は出来ないんだけどね。

あとは、最終回の樹生のセリフである、「でもやっぱ、嫌なもんは嫌だわ…ごめん、ただの嫉妬」は、最高に痺れた。
ずっと何を考えているか分からなかった樹生が、初めて人間らしく、青臭く見えて、この作中でいちばん共感できたかもしれない。
仕事もプライベートも、きっちり、しっかりしている樹生。
世間的に見たら不倫だ、夫婦なんだからこうすべきだ、ずっとそういったことにこだわっていたような気がする。
そんな樹生の、「嫉妬」や「嫌だ」といった個人的な感情が見えて嬉しかった。
このセリフとも関連するけど、結局この作品で言いたかったのは「夫婦」だとか「家族」という枠に囚われないような人と人との関係性があってもいいんじゃないか?ということではないかと感じた。
夫婦なんだからこうあるべき、家族なんだからこうあるべきというしがらみから解放された、自由な関係。
毎日会わなくてもいいし、時々会っておしゃべりするだけでいいし、他人として適切な距離感を持って接したっていい。
付かず離れずのそういった関係だからこそ、話せる話がある。
そういう存在がいて救われる人もいる。
そして『Tシャツが乾くまで』というタイトルは、充と咲子が別れる前の名残惜しい最後の大切な時間であり、別れたあとはお互いに名前のついた関係性に縛られることの無い、ゆったりとした流れを感じさせる時間になったのだ。

あとは最終回で、充がバスに揺られながら、幼い自分と重なる子供の姿を見て優しく声を掛けることで自分を救ったという演出と、
ラストシーンで咲子が出迎える人物の姿ははっきりと分からないけど、かぼちゃは要らないんだったと冷蔵庫にしまう描写があることで、来訪者が充だと何となく分かる演出が、すごく良いな~と思った。
先ほど「誰にも共感できない」と書いたけれど、主題歌も相まって爽やかな後味の残る作品だったなと感じる。
ころころと変わる登場人物たちの印象に、我々も含めみんなが踊らされSNSでは度々話題になっていた。
だけど本作品は、登場人物に共感出来るかどうかや世間の評判よりも、それぞれの出した答えや結論を淡々と描いていく姿勢があって、それが何だか心地よかった。
オシャレで爽やかで、まるで吹き抜ける風みたいな作品だったな~。


