私が推敲を頼んだ文章にも、透かしが入ります
「Claudeが生成した文章すべてに、見えない透かしが入る」というニュースを見かけました。
こういうときはいつも、まずClaudeに聞くことにしています。「これ、まとめてもらえますか」と。返ってきた最初の一行が、少し意外でした。
「いま私が書いているこの文章に、透かしはおそらく入っていません」
書いている本人が、対象外だと言うのです。
少し前に、EUのAI規制について「『いつ書いたか』ではなく『いつ出したか』で決まるものがありました」という記事を書きました(前回の記事はこちら)。あのとき私は、締め切りが作った日ではなく出した日で決まる、という話を自分の書きかけの原稿に引きつけて書きました。今回、同じ線が別のところに引かれているのを見つけました。
対象になるモデルが、まだ一つもありませんでした
Anthropicのヘルプセンターに、8月11日に更新された記事があります。そこに書いてあるのは、透かしに対応するのは「2026年8月2日以降にリリースされたClaudeモデル」だということ。それより前に出たモデルについては「対応作業中」とあります。
では、8月2日以降に出たモデルはどれか。同社のリリースノートをそのまま下にたどると、直近のモデル公開は7月24日のClaude Opus 5で、それより後に出たモデルはまだありません。
つまり「Claudeの全出力に透かし」という見出しは、実物に追いついていません。日本語の報道の中には「同日提供開始の新モデルから」と書いているものもありましたが、Anthropic自身のリリースノートにその記載はなく、一次情報の書き方は「8月2日以降にリリースされるモデル」です。
9日の違いで、当たるルールが変わりました
なぜ8月2日なのか。EUのAI法の透明性義務が、この日から適用されているからです。ここが前回の記事の続きになります。
8月2日より前に市場に出ていた生成AIには、12月2日までの猶予がある。8月2日以降に出たものには猶予がなく、公開の初日から機械が読める印——つまりあの透かし——を付けなければならない。前回の記事で「12月2日の意味」として書いたのが、まさにこの分かれ目でした。
Opus 5が公開されたのは7月24日。9日早く出たので、猶予がある側に入りました。
同じ会社の、同じ設計の、同じ文章を書くモデルです。それでも、出た日が9日違うだけで、当たるルールが変わる。前回、私は寝かせたままの原稿5本を抱えながら「締め切りは出した日にあった」と書きました。今度はAIそのものが、その線の手前と向こうに分かれて立っています。
ただ、読み進めて私がもっと引っかかったのは、日付のほうではありませんでした。
透かしが示すのは「AIが書いた」ではありませんでした
Anthropic自身が、限界としてはっきりこう書いています。Claudeが原著者とは限らない。人は校正や翻訳や要約や、ファイルの変換にClaudeを使う。その場合、元になった考えや文章が別のところから来ていても、出力には印が付く。
逆もあります。印がないからAIを使っていないとは言えない。大きく書き換えたり、言い換えたり、翻訳を重ねたりすれば消える。文章が短すぎても信号が足りない。画像に付くほうの印は、形式を変えたり保存し直したりスクリーンショットを撮ったりすれば剥がれます。
読み返して、思い出したことがあります。EUのガイドラインが示した判定基準は、AIをどれだけ使ったかという割合ではなく、人が中身に責任を持って関与したかどうかでした。私はあの線引きを、納得のいくものとして受け取りました。
今回の印は、その線を見ていません。見ているのは「Claudeを通ったかどうか」だけです。人間が測ろうとしているものと、機械が押している印は、別のことを測っています。
私が何をしたかは、透かしには書かれていません
私は毎朝、Claudeと一緒に記事を作っています。ネタを出させ、構成案を出させ、下書きを書かせる。そのあとレビューさせて、指摘を受けて、直します。
前回のEU規制の記事のときは、下書きに「内訳が、思っていたのと違いました」という一文が入っていました。書いたのは私ではありません。私はそこで驚いていなかったので、削りました。読んだときに違和感はなかったのですが、自分の気持ちではない、という一点だけが引っかかったからです。ここに残っている文章は、そういう往復のあとに残ったものです。
私は自分を、関与している側だと思っています。
でも12月2日以降、既存モデルにも対応が入れば、この文章にも印が付く可能性があります。そのとき印が伝えるのは「Claudeを通った」ということだけです。何往復したのか、どこを削ったのか、どの一文を私が譲らなかったのか。そういうことは、印には書かれていません。
丸ごと生成させた文章と、推敲だけ頼んだ文章に、同じ印が付く。関与の度合いは、印の中に入らないのです。
透かしは入るのに、まだ誰にも読めません
もうひとつ、奇妙なところがあります。
検出の方法が、まだ公開されていないのです。Anthropicは「今後の技術文書で共有する」としています。透かしがどういう仕組みなのか、どのくらいの長さの文章から読めるのか、間違って「Claude製」と判定してしまう確率がどのくらいなのかも、一次情報には書かれていません(統計的なパターンだという説明を見かけましたが、これは報道側の記述で、Anthropicの文書にはありません。ここは未確認のままにしておきます)。
印が入る側が先に整い、読める側が後から来る。しばらくのあいだ、文章の中には誰も読めない印が入っていることになります。
規制の側の日付は、前もって決まっていました。今回わかったのは、実物の側にも日付があって、それは制度の日付と揃っていないということです。
それでも、明日もClaudeに直してもらいます
この記事も、Claudeに構成を出させて、書かせて、私が直しました。透かしが入るようになっても、そのやり方は変えないと思います。変えるほどのことではありませんし、隠すつもりもないので。
ただ、透かしの付いた文章を受け取る側になったときのことは、少し考えました。前回の記事で確かめたとおり、判定の基準は関与のほうにあります。透かしは、そこを見ていません。
では、受け取った側は何を見ればいいのでしょうか。私にはまだ答えがありません。ひとつだけ思うのは、これまで私たちがしてきたこと——書いた人に聞く、経緯をたどる、書かれていることを自分で確かめる——のほうが、たぶん先に必要になるということです。
透かしが読めるようになるまでの数か月は、その練習の時間なのかもしれません。
この記事は「AIと、正しく付き合うために」に収録しています。 見出しを鵜呑みにせず、自分の手元で確かめるための記事を集めたマガジンです。
