伝説のロックスター #1|リック・アレン——欠けたままで、完全に。
■午前二時、カーステレオの向こう側
エンジンを切らなかった。
駐車場に着いても、そのままにしていた。
曲が終わっていなかったから。
“Pour Some Sugar on Me”の冒頭。
あの、腹の底に当たるような低音が、
シートごと体を包んでいた。
窓の外は静かだった。
車の中だけが、鳴っていた。
胸のど真ん中に何かが届いた。
感動、とは少し違う。
もっと硬くて、重いもの。
——これを叩いている男のことを、私は知っている。
■1985年の大晦日、彼はコルベットを走らせていた
Def Leppardは、すでに本物だった。
1983年「Pyromania 」が世界を席巻した。
アメリカだけで1000万枚。
シェフィールド出身の若者たちが、
ロックの頂点に立っていた。
ドラマーのリック・アレンは22歳だった。
1985年の大晦日。
彼はChevrolet Corvetteを走らせていた。
イギリス、ストックスブリッジ郊外の道。
コーナーで、車は制御を失った。

左腕が、失われた。
その夜、イギリスで一番ロックなドラマーは、
ドラムを叩けない体になった。

メンバーに選択肢はあった。
新しいドラマーを探すこと。
バンドを続けること。
シーンはそれを「現実的な判断」と呼んだだろう。
だがJoe Elliottたちメンバーは、待つことを選んだ。
いつ戻れるかわからない。
戻れるかどうかも、わからない。
それでも、待った。
友情、と呼ぶには少し違う。
信頼、という言葉の方が近い。
——リック・アレンじゃなければ、
Def Leppardでは無い。という確信を持って。
■スタジオに椅子だけが残った

リックはドラムを叩き続けた。
片腕で。いや、正確には違う。
残った右腕と、両足と、
左の肩のわずかな動きで——
まったく新しいドラミングを、作り上げた。
それを可能にしたのは、Simmons社が彼のために設計した、カスタム電子ドラムキットだった。
左腕のパートを下半身に割り振り、足でコントロールできるよう、すべてを組み直した。

先進的なシモンズ社製の電子ドラムキット
誰も、やったことのないことだった。
プロデューサーのMutt Langeも、メンバーも、スタッフも、リックの周りに人が集まり続けた。
去った人間は、いなかった。
スタジオに沈黙が続いた期間、どれだけ長くても、椅子は、ずっとそこにあった。
——リック・アレンの椅子として。
■ 1987年、会場が揺れた理由
「Hysteria」は、2500万枚以上売れた。
Def Leppardの最高傑作と呼ばれるアルバムは、世界に届くまでに二年以上の時間を費やした。
Love Bites、Animal、Pour Some Sugar on Me——
あの時代のロックを定義した曲たちが、
この珠玉の*NWOBHMアルバムから生まれた。
リック・アレンのドラムと共に。
*NWOBHM…ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィメタルの意。1970年代後半のイギリスで勃発した音楽ムーブメントのこと
1987年のツアーで、リックが初めてステージに戻った夜、会場は静まり返った。
演奏が始まる前の、あの数秒。
そしてドラムが鳴った瞬間、会場が、揺れた。
拍手ではなかった。もっと原始的な何かだった。体の奥から出てくる、あの感じ。
——欠けたはずの音が、
どこにも欠けていなかった。
■ これはドラムの話じゃない、と気づいた夜
来日公演で、私はリック・アレンを見た。
ステージの奥、Simmonsのキットに座る彼を。
右腕が動いていた。
両足が動いていた。
左肩が、わずかに揺れていた。
音は、鳴っていた。
完全に、鳴っていた。
私はそのとき、拍手のタイミングを忘れて
ただ、彼のロックな生き様を見つめていた。

1986
あとから気づいた。
私が受け取ったのは、感動じゃなく「敬意」だったと。
リックに対して。
待ち続けたメンバーたちに対して。
Simmons のエンジニアやプロデューサー、ローディーたちに対して。
——欠けたままで、鳴らすことを選んだ
すべての人間に対して。
これはただのドラマーの話じゃない。
何かを失ったとき、
それでも続けるかどうか、という話だ。
続けることを選んだ人間の周りに、
去らなかった人間が残る。
その話だ。
——「格好いい」とはそういうことだ。
と、私は思っている。
■ 今夜も、どこかで彼は叩いている
エンジンを切らなかった。
駐車場に着いても、そのままにしていた。
曲が終わっていなかったから。
”Pour Some Sugar on Me ”の艶のあるコーラスが、シートごと体を包んでいた。
窓の外は静かだった。
あの音を作るのに、
どれだけの沈黙があったか。
どれだけの人間が、去らずにいたか。
私はそれを知っている。
知った上で、聴いている。
曲が終わった。
エンジンを切り、車を降りた。
でも、
リックが打ち出した、ハイハットのカウントは、まだまだ熱く——
自分のどこかに残っていた。
——今夜も、どこかでリック・アレンは叩いている。
欠けたままで、完全に。
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