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伝説のロックスター #2 | ダニエル・ジョンストン——下手くそが、世界を震わせた。

上手くなくていい、という話ではない。
上手さが、どうでもよくなる話だ。


■ マクドナルドの窓口で、音楽史が変わった

1980年代、テキサスのマクドナルド。

ハンバーガーを注文しに来た客が、店員から手渡されるものがあった。

釣り銭でも、レシートでもない。
自分で録音したカセットテープだ。

渡したのは、ダニエル・ジョンストン。

マクドナルドでバイトする
ダニエル・ジョンストン

その場で働きながら、来る客来る客に配りまくった。
断られても、また配った。

“あぶねえヤツだ!”
と邪推してしまいそうなエピソードだが、
彼にとってそれは戦略でも売名でもなかった。

ただ、聴いてほしかった。それだけだ。

そのテープが、少しずつ、確実に、人の手から人の手へと渡っていった。

やがてそれは、ニルヴァーナのカート・コバーンの耳に届く。

ダニエルのファンを公言していた
ニルヴァーナのカート・コバーン

コバーンは彼のTシャツを愛用し、こう公言した。
「現役で最高のソングライターの一人だ。」

マクドナルドのカウンターから、
伝説のロックスターの琴線に触れ、
“ビートルズの系譜”と称されるまでの距離を、ダニエルは走り抜けた。

ただし、その走り方はひどく歪で、壮絶で、
誰も真似できないものだった。


■ ラジカセで録った音が、なぜ人を泣かせるのか

彼の録音機材は、ラジカセだった。
スタジオ録音でもなく、特別な録音技術があるでもなく、自室のラジカセ一台。

テープには生活音が混じり、音はこもり、
歌声は揺れた。

それでも、メロディだけは、異様に美しく聴こえてくる。

ダニエル・ジョンストンの自室
ラジカセは日本の「サンヨー」製だった

まるで、ビートルズを思わせるほどキャッチーで、一度耳に入ると、もう消えない。

ローファイな制作環境と、アマチュアレベルの稚拙な演奏から、
なぜかこれほどの旋律が生まれてくるのか?

そのギャップが、聴く者を混乱させた。
いや、中毒にさせた。


アルバム『Hi, How Are You』のジャケットには、
彼が描いたカエルの絵が載っている。

Jeremiah(ジェレミア)
彼の描くシュールで純粋なドローイングは、世界中で展示され、現代アートとしても人気

「ジェレミア」と名付けられたそのキャラクターは、目が二つ、線が歪んで、子供の落書きのようにシュールだ。

でも、なぜか目が離せない。
音楽も絵も、同じ“感情”を持っていた。

加工されていない、“生身の感情”を。


彼は上手くなろうとしなかったのではない。
上手くなる必要を、感じなかった。

生涯に渡り、声と手の震えが止まる事はなかったが、

その“生々しさ”が観客の心を打ち続けた。


■ 飛行機から、キーを投げ捨てた男

1990年、ダニエルは父親の操縦する小型飛行機に乗っていた。

そこで彼は、自分がキャスパーだと確信した。
あの、白い“お化けのキャスパー”だ。

お化けの“キャスパー”

だから死なない。
だから、飛び降りても大丈夫だ——。

躁状態に入った彼は、操縦席に手を伸ばし、
エンジンキーを引き抜いた。
そして、窓の外へ投げた。

飛行機は、落ちた。

ダニエルと元パイロットの父“ビル”

奇跡的に、二人とも軽傷だった。

この話を聞いて笑えないのは、
彼が演技でも自暴自棄でもなく、
本当にそう信じていたからだ。

ダニエルの世界では、それは現実だった。

“キャプテン・アメリカが監視している”
“キャスパーは死なない”
”メタリカはサタンの手下だ”と。

精神疾患との闘いは、生涯続いた。

“マウンテンデュー”が好きすぎて讃美歌を作り、
ペプシ社に送りつけたことも

音楽を創りながら、絵を描きながら、
薬を飲みながら、入退院を繰り返しながら。

それでも曲は、書き続けられた。


■ カート・コバーンが、そのTシャツを着た理由

ロックの頂点に立った男が、最も愛したのは、
録音状態が最悪のカセットテープだった。

コバーンだけではない。
”トム・ウェイツ、デヴィッド・ボウイ、ベック、
ソニック・ユース、ヨ・ラ・テンゴ——”

オルタナティブ・ロックの重要人物が、
こぞってダニエルを口にした。

2004年には、豪華なアーティストが集結したトリビュート・アルバムがリリースされた。

彼のことをより深く知りたいなら、
ドキュメンタリー映画『悪魔とダニエル・ジョンストン』を観るといい。

狂気と思えるほどの純真と才能が表裏一体だったことが、
当時の生々しい映像のまま、記録されている。

なぜ、これほどの人間たちが、彼に惹かれたのか。

たぶんそれは、ダニエルが
「上手くやる必要なんてなかった」
という事実を、作品で証明していたからだ。

洗練されていなくていい。
整っていなくていい。

音楽理論や既成概念を無視し、
ただ“自分の魂”を吐き出すスタイル——。
「アウトサイダー・アート」

ロックの精神的本質を、最もロックらしくない男が、体現していた。


■ 純粋であることは、最後まで彼を守ったか?

ダニエル・ジョンストンは、2019年に亡くなった。58歳だった。

残されたのは、膨大な数のカセットテープと、8mmフィルム映像。
壁を埋め尽くすほどの手描きの絵と、
あのカエル、ジェレミアの姿だ。

完璧な人生ではなかった。
むしろ、傷だらけだった。

でも彼の音楽は、「完璧な人生なんてどこにもない」という事実を、
震えるような声で、静かに肯定してくれる。

あなたの周りにも、一人くらいいないだろうか。

下手なのに、なぜか忘れられない人が。
うまくやれないのに、目が離せない人が。

そういう人間こそが、案外、何かを変えてしまうのかもしれない。

マクドナルドのカウンターで、カセットテープを押しつけてきた、
あの「偉大な」男みたいに。​​​​​​​​​​​​​​​​


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