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10年かけて世界遺産アカデミー認定講師になった話

2025年6月21日(土)、CHE BUNBUN(チェ・ブンブン)はNPO法人世界遺産アカデミー認定講師に就任した。NPO法人世界遺産アカデミー認定講師とは、世界遺産検定1級以上の級を持つ者がなることのできる資格だ。これを持っていると、世界遺産の有識者として講演会や講座に招かれたり開いたりできる。

世界遺産検定とエンカウントしたのはちょうど10年前、わたしが大学3年生の時であった。当時、就職を見据えて旅行業界を調べていた。周りでは旅行業務取扱管理者資格を取得している人がいたが、試験内容を確認したら難しそうに思えた。そんな中、世界遺産検定の存在を知る。試しに2級を受験してみた。2週間テキストをパラ読みしていただけだったのだが、あっさりと合格した。この時わたしは知る由もなかった。まさか、ここまで世界遺産の沼に浸かることになるとは。

これは、わたしの10年におよぶ青春の物語、そして始まりの物語である。


1.全く歯が立たたなかったあの試験

2級に合格したわたしは、意気揚々と世界遺産検定1級を受けることにした。1級はすべての世界遺産が対象となる。とはいっても、今と比べたら1,031件と少ないので「死ぬまでに観たい映画1001本」を読了する感じでいけばなんとかなると思っていた。先述の通り、テキストをざっと読む勉強で臨んだ。

試験当日、問題用紙を捲る。わたしの顔はみるみるうちに青くなる。まったくもってわからないのだ。日本の世界遺産は細かい構成遺産レベルで問われる。2級や学校の試験では使えていたヨーロッパの話に関する選択肢問題を言語レベルで解析し絞り込む手法ー例えば、フランスの遺産を答えさせる問題で、イタリア語の名称があれば、それを除外するーといったテクニックが封殺されている。がっつり時事問題が出題されるなどといったコアな問題の嵐に呑まれた。

結果は惨敗。30点ぐらいしか取れなかった。

わたしの歴史に青春の蹉跌が刻まれた。

2.止まった刻、わたしの時計は動き出す

あれから、就活が忙しくなったり世界遺産検定のことはすっかり忘れてしまった。社会人になり、プライベートでは映画活動にすべてを捧げていた。

しかし時は2020年、世界が一変する。新型コロナウイルスの蔓延により映画の供給が途絶えたのだ。映画館は閉まり、不要な外出は控えるよう政府からアナウンスがあった。会社と自宅を往復する退屈な世界がわたしを覆いつくしたのである。一応、日本未公開映画ハンターとして、海外のサブスクリプションサービスで映画は観ていたのだが、毎週のように映画館へ行っていた習慣が崩壊し、映画へのモチベーションは下がりに下がった。

外へ行きたい、遠くへ行きたいという渇望にもがき苦しむ。厭世的な気分に支配されつつある中、一筋の光が脳裏に差し込まれた。

……イサン……セカイ……世界遺産……世界遺産検定!!

「世界遺産検定」のことを思い出した。

コロナ禍が落ち着いたら海外へ行こう。そのために世界遺産の勉強をしよう。わたしは知っていた。その土地の勉強をしてから旅行をするとかけがえのない体験になるということを。

革命広場、内務省の壁にはチェ・ゲバラの壁画がある
ビニャーレス渓谷
タバコやコーヒーの伝統的な農法を伝える場所として
世界遺産に登録されている

2019年、自分のペンネームの由来であるチェ・ゲバラの面影を辿るようにキューバへと飛んだ。現地ガイド一緒にチェ・ゲバラ関係の名所を巡ったのだが、わたしがゲバラに詳しいとなると饒舌に解説してくださった。

ガイドからもらった兌換ペソ

そして、チェ・ゲバラが描かれた兌換だかんペソをもらった。

当時のキューバは観光客用の紙幣と現地民が使用する紙幣に分かれていた。映画館ハンターとして海外旅行した際には現地の映画館へ足を運ぶのだが、キューバの映画館では兌換ペソでないと観ることができない。しかし、兌換ペソは市内の換金所で入手しないといけないかつ時間がかかる問題があった。この問題は、ガイドと親密な関係になることで解決された。それ以来、旅行する際には事前勉強をしっかりするようになった。

閑話休題、現実逃避するように世界遺産の勉強をはじめた。テキストを読みながらGoogle Mapsなどでヴァーチャルな旅へと身を投じ、自らの渇望を潤していった。今回は違う、満遍なく世界遺産を勉強した。わたしの深層心理に埋没していた世界遺産の時計は静かに時を刻み始めた。だが、その時計が夜明けを示すまでにはだいぶ針を進める必要があった。

3.戦略なくして世界遺産検定は受からず

世界遺産検定1級の範囲は膨大である。わたしが試験勉強を再開した段階で1,100件を超えていた。しかも、日本に関しては構成遺産まで深く問われる。2016年以降、明治日本の産業革命遺産やル・コルビュジエの建築作品などが本格的に試験範囲となり難化の一途を辿った。特に厄介なのは百舌鳥・古市古墳群である。45件もの古墳を覚える必要があるのだ。アイドルかよ。既存の遺産でも、富士山は神社や池、湖が多すぎてまったく区別がつかない問題を抱えていた。遊戯王カードやVTuberの名前、映画のタイトルは覚えられるのに、日本の構成遺産はまったく頭に入ってこなかったのである。

2回受験して、どちらも落ちた。ここで気づいた。勉強方法が間違っていたことに。わたしは資格ハンターであり、それなりに資格はもっていたのだが、どれも2級レベルに留まっていた。上位級資格ではがむしゃらにテキストを読むだけでは受からない。戦略が必要なことをようやく学んだのだ。

まず、世界遺産検定1級は

・基礎知識:25%
・日本の遺産:20%
・世界の遺産:45%
・その他:10%

の割合で出題される。意外と基礎に重点が置かれている。これは世界遺産検定は単に美しい、カッコいい世界遺産を知ってもらうというより、人類が他の文化への理解を深め国際平和に向かって協同するきっかけを提供しているからだ。世界遺産にまつわる基礎用語は、似たような名前や概念が多いので付け刃では対応できないものの、範囲と出題方式は安定しているため、各実に点が取れるところである。まずは、そこを押さえた。

世界最初の遺産12件と登録基準の関係性をまとめる手法を
日本の遺産にも適用させた

また、試験では登録基準についてよく訊かれる。政治的な兼ね合いにより、論理的思考で登録基準を当てるのは難しい。実は暗記問題なのだ。最低限の点数は取れるようにと1978年に登録された世界最初の世界遺産12件と登録基準を表にまとめた。この手法を日本の遺産にも応用して分析しながら自分の知識として吸収していった。

日本の遺産の問題は、あまり興味がない人にとって苦行だったので、代わりにオセアニアの遺産を完璧にした。意外と、地域やジャンルで勉強すると頭に入ってくる。オセアニアは世界遺産の数が少なく、その遺産でしか出てこないような固有名詞が多いので安定して点が取れる。意外と、テキストを手にしてヨーロッパから始めようとする人を見かけるのだが、やめたほうが良い。西洋史やキリスト教に詳しくないと類似の遺産が多すぎて点数へと結びつかないからだ。

また、勉強へのメリハリをつけるために、高校時代からの旅行仲間であるNao.U(なおゆー)さんに声を掛けた。

「キミも世界遺産の鬼にならないか?」

並走することで自分だけ落ちたらどうしようという緊迫感が生まれる。noteのマガジンにクイズ記事を投稿し、週末にLINE電話をしながら勉強した。Nao.U(なおゆー)さんは、飲み込みが早く確実に知識を詰めてくる。一方、わたしは百人一首のように「コガシラネズミクジラ」ときいたら「カリフォルニア湾の島々と自然保護区」と問題文全部読まずに仕留めるように記憶していった。特に、タイや東欧の世界遺産は、カタカナだと読みづらかったりするため、最初の4文字だけ覚え、文字同士の組み合わせの字面で記憶していった。こころは「ちはやふる」だった。

こうして、友情、努力、勝利のジャンプマンガ方式で通算5度目の挑戦にして合格した。流石に泣いた。Nao.U(なおゆー)さんも合格していた。

4.すべてが論述のマイスター試験

1級に合格した我々は、ここまで来たからにはラスボスを倒したい一心でマイスター試験へとむかった。マイスター試験は1級とは異なり、すべて記述問題である。大問3では1,200字でアクチュアルな問題に関して持論を展開する必要がある。

毎日、映画の感想文を書いており、1,200字で論じること自体は得意ではあったものの、これまた険しい轍となった。なぜならば、自ら世界遺産に関する情報を収集して、有識者にとってのあたりまえや他の受験者と差別化を図る文章を練る必要があったからだ。1級までは点数が取れれば合格ではあったものの、マイスター試験はある意味レースのようなもので、上位に食い込むような論理的で独自性のある文章が書けなければ合格できない試験となっている。独自性を見出せても、世界遺産有識者の暗黙知を把握しておかないと合格は難しい。

たとえば、わたしの受験した回では「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」について問われた。世界遺産保全のための入山料の徴収が議論されている件に関し、その是非を論じるといった内容だ。富士山は意外なことに文化遺産として登録されている。長らく世界遺産に登録されなかったのは観光客などが捨てるゴミの問題が原因であることはよく知られている。世界遺産保全といった観点を書いてほしいのかと、富士山を複合遺産にするためにはどのように環境問題へ取り組む必要があるのかをオーストリアのゼメリング鉄道など用いて論じた。しかし、結果は不合格であった。

理由は、そもそも富士山はIUCNから自然遺産としての価値はないとの見解を提示されていたからである。これはなぜ、あの答案が通らなかったのかと調査する中で、小田全宏「なぜ富士山は世界遺産になったのか」を読み気づいた。つまり、世界遺産の有識者からすると、富士山と自然遺産を結び付けた時点でアウトだったのだ。

長文執筆に慣れていないNao.U(なおゆー)さんもまた、マイスター試験に苦労していた。大問1、2は原稿を作って暗記すれば良いので楽なのだが、大問3のアドリブ力、引き出し、構成は対策するのが難しく、またインターネット上に有効な対策資料が少ないこともあり困難を極めた。

隔週でLINE通話をし、世界遺産のニュースを共有したり、模試を作って説き合いながら勘所を模索した。

そして遂に2024年に合格することができた。ヤマを張った「記憶の場」についての問題が出題されたのだ。「ESMA 博物館と記憶の場:拘禁と拷問、虐殺のかつての機密拠点」に関する政治利用の問題を洗い出し、独自の博物館論へと結びつけたことが功を奏し合格した。

5.そして認定講師へ

世界遺産検定マイスターを取得すると認定講師の案内が届く。しかし、簡単になれるわけではない。ここでも選考があり、応募用紙に志望動機のようなものを書く必要がある。認定講師になるためには講座を受講する必要があるのだが、定員が決まっており、書類選考を突破する必要があるのだ。

ただのアンケートだと思って軽く書いたら落選した。人生はそう甘くない。2回目はNao.U(なおゆー)さんと行った佐渡旅行を軸に、世界遺産×観光の問題点を提示、その上で自分の知識を役立てたい話を書き合格した。

認定講師講座では、NPO法人 世界遺産アカデミー主任研究員である宮澤光さんによる基本的な講義の手法を学んだ。グループワークでは、4人一組となり、世界遺産講座のスライド数枚に対してどのように語るのかを議論した。わたしのグループに配られたのは、「ユネスコと世界遺産条約」に関するスライドだった。

・ユネスコはいつできたのか?
・ユネスコの理念

の2点を押さえることは容易に理解できたのだが、説明するとなるとどのようなアプローチで話したらよいのか悩む。

グループのひとりが「1946年ってイメージがしずらいから、今から80年ぐらい前と言った方がわかりやすいよね」と提案した。これは慧眼だった。ただの情報をいかに自分事へ寄せていくのかと考えた時に、自分の今いる位置からの関係性を示せればよいのかと知見を得た。

ただ、このテーマで4分話すのは難しい。

ユネスコの正式名称が長いので教育/科学/文化の3点を押さえると良いといった話を入れても2分で終わってしまった。いつもはVTuberとして毎日のように動画を撮っているのだが、人前で話すとなるとやはり緊張する。しかし、宮澤光さんからは「良い発表だった」とお褒めの言葉をいただいた。

6.世界遺産アカデミー認定講師VTuberとして

宮澤光さんからは

「是非とも話す練習をしてください」
「自分の話を聴いてみてください」

と参加者へ呼びかけていた。それは、まさしくだと思う。わたしも映画批評VTuberとして2年半に渡り活動をしてきたが、700本以上動画を作っていると次第に語りのコツが掴めてくる。場数は重要なのである。

それもあって、世界遺産アカデミー認定講師VTuberとして活動を始めることにした。VTuberの数は今や数万を超えるといわれているのだが、意外と世界遺産アカデミー認定講師として活動しているVTuberは観測されない。

最近、学術系VTuber界隈が盛り上がっており、わたしも映画批評VTuberとして学術系VTuber名鑑に掲載していただいたり、ゾンビ先生の配信にお邪魔させていただいたりしたのですが、世界遺産アカデミー認定講師であるVTuberはいないように思えた。これはパイオニアとしてやるしかない。

こうして、わたしの青春は第二章へと突入した。

物語は始まったばかりなのである。

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CHE BUNBUN 映画ブログ『チェ・ブンブンのティーマ』の管理人です。よろしければサポートよろしくお願いします。謎の映画探しの資金として活用させていただきます。