世界遺産検定マイスター Presents 地球の急ぎ方~佐渡島の金山編~
2024年7月、佐渡島の金山が世界遺産に登録された。佐渡島の金山の世界遺産登録は難航したことで知られている。朝鮮半島から連れてきた者を強制労働させていた歴史を巡って中国・韓国から反発を受けており、その調整に追われていたからである。2024年の世界遺産委員会直前にICOMOSから出された勧告も「情報照会」だったため登録への雲行きが怪しかったのだが、いざ会期になるとあっさり世界遺産として登録された。これは近年、諮問機関と世界遺産委員会での認識齟齬の発生や登録可能性の低い遺産に割くコストを削減するために導入されたプレリミナリー・アセスメント(事前評価)の成果ともいえ、ICOMOS勧告を踏まえた調整による世界遺産登録であった。
今回、世界遺産検定マイスター仲間であるNao.U(なおゆー)さんと連休を使って佐渡島へ行ってきた。世界遺産登録後初のゴールデンウィークなのでオーバーツーリズム対策や世界遺産登録時の勧告に対する大きな動きが見られるかもしれないと思ったからだ。
予習として佐渡郷土史家として知られている磯部欣三「佐渡金山」を読んだ。本書は30年以上前に書かれたものなので、今とは大きく異なる部分があるが、それも含めて興味深い旅行となった。
↑VLOGも作った
1.きらりうむ佐渡

初日は「きらりうむ佐渡」へ訪れた
あいにく、初日の佐渡は大雨であった。本来は最初に道遊の割戸を見る予定だったのだが、佐渡金銀山の歴史を伝える施設「きらりうむ佐渡」へ計画を変更した。結論からいえば、最初に「きらりうむ佐渡」へ寄ったのは正解であった。写真撮影こそほとんど不可ではあったのだが、いくつかの映像ブースと図解展示により、佐渡金山の大枠を掴むことができたからだ。鉱山内の職人や空間の役割を一望できる図解を頭の片隅に入れていくことで、金山内のカラクリ人形がどのあたりの空間での話を表象しようとしているのかがわかる。当時の採鉱/加工のプロセスを再現した映像のセットが佐渡奉行所跡にあるため、まず「きらりうむ佐渡」へ訪れることにより情報が頭に入りやすいのだ。
また、ここでの映像はプロジェクション・マッピングが使われており、その活用方法は唸るものがある。堰き止めた水を放流し金を採取する工程を紹介する映像がある。眼の前では、正面からのカメラで当時の人達がどのように金を採取したのかといった方法が映し出されている。映像の下に置かれた模型のような台ではプロジェクション・マッピングで人々の動きと水の流れを俯瞰的に説明している。つまり、我々はこの空間で正面/俯瞰の視点から歴史に触れることができるのだ。郷土資料館では近年プロジェクション・マッピングが使われるケースが増えているのだが、ここまで有効活用されているのは驚きであった。


また、佐渡金山での水汲みあげ技術「水上輪」を体験できるブースがあった。金山では周囲が透明となっているバージョンがあるのに対し、こちらは本物に近いものが展示されている。併せて触れてみることで、水がどのようにして汲み上がるのかを学ぶことができる。小学生の自由研究のネタにオススメできるスポットといえる。
2.佐渡奉行所跡


そのまま展示施設となっている

世界遺産の構成遺産である佐渡奉行所跡に訪れた。「きらりうむ佐渡」の映像で使われたセットがそのまま展示場となっており、金銀採取や加工に使われた道具を実物大で見ることができる。個人的に「ねこ流し」の工程が興味深かった。流しソーメン器のような、水が流れている空間に木綿が敷かれており、そこへ砂を流す。比重の重い金や銀は木綿の布目に付着するので、畳んで回収していくのだ。ベルトコンベアのようなシステムで効率的に金銀を採取している先人の知恵を目の当たりにした。しかし、ゴールデンウィークであるにもかかわらず、貸切状態であったのは気になった。

思い返せば、佐渡へと渡るジェットフォイル乗り場に外国人観光客は皆無であった。流石に佐渡金山ともなれば中国人観光客は少しばかりみかけたのだが、全体的に日本人観光客も少なく、世界遺産登録後最初のゴールデンウィークではあるものの閑散とした印象を受けた。

3.北沢浮遊選鉱場

2015年に重要文化的景観「佐渡相川の鉱山及び鉱山町の文化的景観」に選ばれた北沢浮遊選鉱場へと足を運んだ。「佐渡島のラピュタ」と呼ばれるこの場所は、明治以降における佐渡鉱山の重要拠点である。1869年、政府は佐渡鉱山を官営化し、お雇い外国人を派遣して佐渡鉱山の近代化を図った。その過程で次々と製錬所や選鉱所が建てられ、1952年まで稼働していた。
当初は世界遺産の構成遺産に含まれる予定だったのだが、ICOMOS勧告により対象が江戸時代の金銀山の採掘技術に絞られ、北沢浮遊選鉱場は外されることとなった。
日本が北沢浮遊選鉱場を世界遺産の構成遺産から外したのはICOMOS勧告に従う以外にも狙いがあると考えられる。第二次世界大戦中、朝鮮人を佐渡へ連れてきて強制労働させていた問題があり中国や韓国から「世界遺産登録にふさわしくない」と抗議を受けていた。
日本は以前、端島(軍艦島)における朝鮮人強制労働問題に関する説明が不十分だと世界遺産委員会から指摘されたことがあった。日本はこのような歴史の恥部と向き合わずに逃げようとする傾向がある。
北沢浮遊選鉱場を外すことにより、日本史のネガティブな側面を説明する必要がなくなるため、設置されていた説明看板には朝鮮人労働の話は一切書かれていなかった。後述する佐渡金山での説明でもそのような印象を受けた。




4.佐渡西三川ゴールドパーク

せっかく、佐渡へ来たからには砂金取りがしたいということで佐渡西三川ゴールドパークへやってきた。ここでは2,500円で砂金取り体験ができるのだ。
中には砂金にまつわる展示があった。その中で興味深い話を目にした。砂金採取が盛んだった西三川では金児に甘酒を売る茶屋があった。この茶屋では面白いサービスが行われていた。なんと、無料で草履を交換してもらえたのだ。労働ですり減った草履を無料で交換してくれたため金児たちは「親切な茶屋だ」と大いに喜んだのだが、実はこの草履には砂金がついており、茶屋の女はせっせと草履の金をかき集めて大金持ちになったとのこと。このようなビジネスモデルの話は相川にもあって、現在まで伝承されている逸話だとのこと。

100人規模の団体が入りそうな空間となっている



次回以降この器を持っていくと追い砂金ができる
砂金取り体験ブースは非常に広く、小中学校の旅行イベントにも対応できるだろう100人規模を収容できるスペースとなっている。専用のザルを受け取り、実際に砂金を取ってみる。ショベルカーのように砂を取り、円を描くように振る。すると、大きな小石が上の方に集まってくるので水中へ落としていく。砂が少なくなってきたら、ギザギザの部分を使って篩にかけることで、砂金が見えてくる。最初こそコツが掴めず、腰と腕が痛くなってくるのだが、段々と砂金が見つかるようになり、30分で8個ゲットした。隣の小学生は2日連続で通っているらしく兄弟で競い合うように取っていた。慣れてくると20個近く取れるのだとか。
取った砂金は持ち帰ることができ、専用のキーホルダーに入れてもらった。係員曰く、また来る際にこのキーホルダーを持ってくると追い砂金してくれるとのこと。
5.佐渡の棚田

佐渡島の金山は文化的景観が認められている世界遺産である。文化的景観とは、人間社会が自然環境の制約下で社会的、経済的、文化的に影響を受けながら進化してきたことを示す概念である。1992年の世界遺産委員会にて採択され、翌年のトンガリロ国立公園から認められるようになった。佐渡では17世紀に鉱山開発が盛んになる中、相川の人口増加に伴う食糧問題が発生しており、その対策として棚田が作られていった。今回の旅で行かなかった世界遺産の構成遺産である井ノ上沢の棚田は砂金すくい場を転用しており、まさしく自然の制約と人間の知恵が活かされている顕著な例といえる。

フィリピン・コルディリェーラの棚田群が有名
棚田の世界遺産としてはフィリピン・コルディリェーラの棚田群が有名だろう。少数民族イフガオ族が口承で受け継いできた棚田は大型機械の導入が難しく現在でも手作業で耕作が行われており、竹筒を使った灌漑システムなど古来から伝わる技術を見ることができる。
①岩首昇竜棚田

カーナビはこの開けた場所を通るよう示していたが
立ち入り禁止だったので悪路を進むこととなる


一歩間違えれば落下する怖さがあった
我々はこの旅で2つの棚田をみてきた。自然の厳しい制約を体感する過酷なドライブとなった。岩首昇竜棚田はまだしも、小倉千枚田へ行く道のりは困難に困難を極め、カーナビが真っ白となり全く使い物にならなかった。スマホのナビで都度位置を確認しつつ、舗装されていない狭い道を走った。ウィリアム・フリードキンの『恐怖の報酬』が脳裏を掠めるほどのスリルが迸った。
↑悪路を捉えた動画もアップした。


多少は機械が導入されているように思われる
岩首昇竜棚田へたどり着いた。看板によれば、佐渡は日本で初めて世界農業遺産に認定された場所とのこと。世界農業遺産とは、世界的に重要な伝統的農林水産業を営む地域を認定する制度であり、2011年に「トキと共生する佐渡の里山」として認定されたとのこと。
傾斜が急な岩首では、定期的に地滑りが発生している。地滑りが起きると緩やかな斜面が形成され、その部分を耕作地として利用したとのこと。フィリピン・コルディリェーラの棚田群と比べると機械を導入する余裕があるらしく、チラホラ耕作機械を見かけた。
②小倉千枚田

より険しい道を抜けてたどり着いた小倉千枚田は、岩首昇竜棚田と比べると一面当たりの面積は細長く狭いものとなっている。小倉千枚田は佐渡百選に選定されている場所であるが、1975年以降の減反政策や農業従事者の高齢化により耕作放棄されるケースが増えていった。2007年に「小倉千枚田復活事業支援協議会」が立ち上がり、オーナー制度とボランティア制度を組み合わせた稲作栽培が行われた。耕作されていない場所こそ少なくないものの、佐渡の伝統的な景観の維持がなされ、棚田を用いた地域交流の場としても機能している。
6.佐渡金山

いよいよ、メインディッシュである佐渡金山へと向かった。

佐渡はトンネルが多い。その中でも一番美しいカーブを描く中山トンネルを抜けていく。ここは松田龍平と小松奈々が主演した『わたくしどもは。』のロケ地でもあり、恍惚としたナトリウムランプの発色が金山への期待を高めていく。映画を観た時のような高揚感を纏いながら辿り着いた。
①宗太夫坑コース

佐渡金山は2つのコースに分かれている。1枚のチケットでどちらも観られるのだが、最初に宗太夫坑コースをオススメされた。中は10度とひんやり寒く、上着を着ていけばよかったと後悔した。このコースではカラクリ人形を用いて鉱山採掘の様子を伝えている。



このカラクリ人形のクオリティが非常に高く、「きらりうむ佐渡」で観た図解の世界がそのまま飛び出してきたような印象を受ける。


仄暗い鉱山道を抜けると展示室がある。ここでは人形を使って複雑な金銀加工の様子が解説されているのだが、これも面白い。絵巻のような異時同図法で描写されており今にも動き出しそうな人形の振る舞いが我々の想像力を掻き立てていくのである。

なお、鉱山にまつわる世界遺産としては石見銀山の他にアルマデンとイドリアやラス・メドゥラスがあるが、ここではポトシ銀山(セロ・リコ)の名が類似の世界遺産として提示されていた。1569年にフランシスコ・デ・トレドがスペイン国王フェリペ2世の指令により、ボリビア・ポトシへ派遣されダムや水道などのインフラを整備していった。そしてアマルガム法を用いて世界の銀産出量の半分を算出した。佐渡金山も同様に、金銀採掘を中心に町が整備されていった場所であった。ポトシは水銀を用いたアマルガム法が用いられたのに対し、佐渡では鉛を用いた灰吹法が採用されている違いがある。同じ灰吹法による産出を行っていた石見銀山よりポトシと比べる方がわかりやすいといった感じだろう。

YouTubeで見かけて興味のあった金塊取り出しチャレンジコーナーは諸事情で中止となっていたのだが、カラクリ人形や模型のクオリティが非常に高く満足度が高いものとなった。
②道遊坑コース

次に道遊の割戸へと続く道遊坑コースに入った。このコースの坑道は少し現代チックとなっており、ワイン工場のような雰囲気が漂っていた。実際に、ここでは日本酒を製造していたようである。

人びとが競い合うように山を掘り進めていき、ぱっくり二つに割れたような形となったで知られている道遊の割戸は近くから観ると迫力があった。穿子たちの労働の痕跡はどこか神秘的なものを抱かせる。



道遊の割戸の近くにある小屋では明治時代以降に使われた機械がたくさん展示されていた。機械工場ブースでは、鉱山労働者のルーティンが説明されており、15:30には業務が終了することに驚かされるも、過酷すぎる環境を前に我に返った。
③無宿人の説明に対する課題

ここで、いくつか佐渡島の金山の展示に課題があるように思えてきた。無宿人に関する説明が不足しているのである。無宿人はその名の通り、自分の住居を持たない人である。
磯部欣三「佐渡金山」では、次のように江戸時代の金銀採掘の場における無宿人の扱いが記述されている。
安永七年(一七七八)の七月に、はじめて六十人の無者が、信濃路を経て、佐渡に着いた。一人一人囚人なみに唐丸籠にのせられていた。
島送りの発案者は、勘定奉行の石谷備後守であった。石谷はもと佐渡奉行だった。鉱山の仕法改革で業績をあげたひとだが、計画をゆるしたのは、老中松平輝高だったらしい。有名な田沼意次が、将軍家治のもとで情勢を誇っていた田沼時代に、この島送りが発案される。松平は田沼派に属していて、田沼の重商政策をおしすすめた一人だった。鉱石を掘る大工や穿子は、ある程度熟練した技術がいる。水替なら腕力や体力があれば勤まる。そうしたことで、無宿者は水替人足に使役することがきまった。「二十歳位から三十四、五歳位までの丈夫な者」と、佐渡奉行は条件をつけて、幕府の要請に応じたのである。
このように、18世紀頃から佐渡は流刑地としての役割を担うこととなる。勘定奉行である石谷清昌が、島送りのアイデアを思いつく。佐渡の奉行として鉱山運用の改革で業績をあげた彼は、鉱山労働者の確保案として無宿者に目をつけた。大工や穿子には技術がいるが、水替なら体力さえあれば勤まる。20~30代の丈夫な無宿者を捕らえ、鉱山に送り込むことで労働力としていたのである。これは明治時代まで100年近く続いた。
この仕組みでは犯罪を抑圧する見せしめのため、鉱山へ送る際には手鎖や足かせで縛った無宿者を町中で行進させる非人道的なアプローチが採用された。ただ、一方で食事に対する待遇は酒を除けば警護役人と同等となっていた。これは脱走された場合の復讐に対する恐れと、変えるところがない無宿者への憐れみがあったと解釈されている。
江戸幕府における刑罰の考え方から見ると、佐渡への流刑は特別な役割を持っていた。当時の江戸幕府には、犯罪者を島送りにする遠島刑が存在していたものの無宿者は犯罪に手を染めているわけではないので、遠島刑を行使しては、市民からの支持を得ることができない。だが、江戸の治安は守りたい。無宿者が江戸へ増えている中、どうにかして無宿者の人口を移譲できないかといった思惑があった。そこで、佐渡で労働に従事させ更正したら江戸や出身地へ返すといった就労移行支援的な役割を全面に押し出すことにしたのである。当然ながら実態は、過酷な重労働を課す徒刑そのものだった。また、無宿者に課される仕事は坑内で水を汲み上げるだけのものだったため、たとえ釈放されたとしても、鉱山生活で得たノウハウは肉体労働以外に使う場所がなかったのである。
このような奴隷労働としての説明は佐渡金山をはじめ他の場所でもほとんどなされていなかった。もちろん、佐渡金山では無宿人の説明や彼らが休憩した場所に関する説明書きはある。実際に次のような記述がなされている。
無宿人(むしゅくにん)
江戸後期の安永7(1778)年から幕末までの約90年間、江戸屋大阪、長崎の無宿者が水替人不足として佐渡金山に送られて来た。記録によるとその数は2000人程とも言われている。
簡潔な説明となっているが、単なる労働者として佐渡へと渡ったように解釈できるような文章に留まっているのである。北沢浮遊選鉱場もそうだが歴史的事実を都合よく取捨選択しているイメージが強かった。
ここで、世界遺産委員会で登録された時の勧告を見てみよう。
a)相川鶴子金銀山の緩衝地帯全体を重要文化的景観に指定することにより保護を強化する。
b)プロジェクトの規模ではなく、顕著な普遍的価値の属性への潜在的な影響に基づいた遺産影響評価メカニズムを景観計画に統合する。
c)将来の考古学研究が首尾一貫した情報に基づいた方法で行われるようにするための長期的な考古学戦略を策定する。
d)地下考古学への影響を最小限に抑えるための森林管理ガイドラインを策定する。
e)採掘の全期間を通じて、敷地全体の歴史をサイトレベルで包括的に扱う解釈とプレゼンテーションの戦略と施設を開発する。
f)観光客の増加が資産に悪影響を与えないように、収容能力調査と訪問者管理を開発する。
g)総合管理計画の前に採択された計画を見直し、その規定が顕著な普遍的価値を長期的に保護するという目的と一致していることを確認する。
h)将来的には、明確に特定された旧鉱山地域を国指定史跡に指定することを検討する。
項目eにおいて「採掘の全期間を通じて、敷地全体の歴史をサイトレベルで包括的に扱う解釈とプレゼンテーションの戦略と施設を開発する」とある。プレゼンテーション戦略として負の側面を見せていないように思えるが、世界遺産は負の側面も含めて歴史を語るナラティブが重要となってくる。北沢浮遊選鉱場における朝鮮人労働問題に触れない記述同様、どのように負の歴史を伝えていくかは今後の課題である。
④AR企画に対する問題点

坑道を巡っていく中で、人工色を発する空間があった。近づいてみると怪獣のような存在が映し出されていた。それに対する説明はほとんどない。

という企画らしい
入口へ行くと、この企画の正体がわかる。函館市が縄文遺跡の歴史を体験してもらうためにARを導入するなど、近年ITを活用した展示が世界遺産で模索されている。跡地では訪問者の想像力をフルに活用しなければ、その場所の価値が見いだせない。ARなどを用いることで、訪問者の想像力の助けとなる。
佐渡金山でもARを使ったインスタレーションが行われていたのだが、正直疑問が残るものであった。歴史ある場所にもかかわらず、怪獣のようなものを映す意味が見いだせないのだ。専用のゴーグルを使って体験する企画らしいのだが、参加していない人にとっては定期的によく分からないライトアップがされているように思えて困惑する。
確かに小田香『Underground アンダーグラウンド』のように廃墟にイメージを重ねる手法は存在する。イメージを重ね合わせることによって歴史における時間の流れを意識させる役割があるのだが、この「アイランド・ミラージュ/異世界への洞窟探検」は歴史性を切り離し、表層的な怖さや不思議さに寄りかかってしまっている。無理に流行りのARに乗った感触が拭い去れないのだ。ARに頼らずとも先述のようなカラクリ人形や模型展示といった魅力的なものがあるので、それをメインに広報へと活かすべきだっただろう。
⑤旧佐渡鉱山採鉱施設

佐渡金山の近くには旧佐渡鉱山採鉱施設がある。1989年まで操業していたこの場所は重要文化財として指定されている。廃墟好きには堪らない場所ではあるが、現在は修理工事中のため立ち入り禁止となっている。工事の期間も2027年までかかるそうだ。対象は大立堅坑櫓、大立堅坑捲揚機室、高任粗砕場となっているとのこと。一般公開されるまでにはかなりの時間を要するようだ。
⑥世界遺産検定マイスター特典


JAF(日本自動車連盟)優待サービスと勘違いされた

わたしは昨年、世界遺産検定マイスターに合格した。検定合格者は世界遺産関連施設で特典を受けられるとのことなので、提示してみた。この特典を使う人がほとんどいないらしく、JAF(日本自動車連盟)優待サービスと勘違いされた。内容を説明すると「初めて見ましたわ」と驚かれた。
佐渡金山での特典は金箔ソフトクリーム50円引きであった。2時間歩き続け、頭も使ったので疲れた身体に甘いものが沁みる。
7.最後に
いままでは、何も調べずに表層的な面白さを受容してきたわけだが、世界遺産検定マイスターに合格してからは事前に調べた上で旅行に挑むようになり旅がより充実したものとなった。
昨年のインド、平泉旅行でも感じたことだが、どのように世界遺産を伝えるのかといった観点で向き合うとテキストとは異なる印象を受けたりして興味深い体験となる。
佐渡金山は世界遺産に登録されてまだ1年も経っていない。世界遺産になったばかりなため、混んでいるかと思ったが、外国人観光客はおろか日本人観光客も少なく広報に課題があるように思えた。

四季彩 味よし


朝食でもいただいた

ブイヤベースが美味だった


また、佐渡の料理はどれも美味しく、とくに海鮮料理は東京都内でもなかなか食べられないぐらい凝ったものが多かったのだが、一方でキャパシティが小さく、すぐに満席となったり提供が終了してしまう問題があった。テレビでは、夕食にありつけない観光客がいると報道されていた。街中ではスーパーやコンビニも少ないことから、オーバーツーリズム対策として飲食店を強化する必要性を感じた。
今後、石見銀山を訪れてどのようにオーバーツーリズム対策をしているのかといったことや銀産出の説明手法を確認したいところである。有意義なゴールデンウィークであった。
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