小説連載 森の子~ある少女と、フウシュウ~ 第6話 セミョルの願い

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「あんたが、次代の巫女だって!」
 そう叫んだセミョルは、日頃のせっかちに拍車がかかっていた。
「で、あんたは、どう返事したんだい?」
「あまりに大役なため、家族と相談してからお返事します……って伝えた」
 セミョルの差し出すテーブルクロスを、ナミは玄関に先に移動させておいた小テーブルの上に被せる。テーブル脇の椅子に放り出してある短い布切れを掴み、両端のピンでクロスの上に張りつけた。色褪せた布切れには、赤い糸で「よろず占い」と刺繍されてあった。今日は、月に一度行われる占い師の「とげ取り日」だ。
 いつものように、全ての家々を見て回った後に、セミョルの家を訪ねた。後継候補の話からの一週間、この家に立ち寄らなかったが、それは万が一の用心のためだ。
 常識的に、村八分にされる占い婆の元を真っ先に訊ねる娘が「良い娘」とは言えないだろうから。
 巫女になる気持ちの有無を問わず、「なりたい」という意欲を見せるのが良い子の手本であることぐらいわかりきっている。ナミは、村人たちにどんなそしりを受けても、びくともしないが、セミョルのようにあからさまに反逆言動をするつもりはなかった。
 だから、久々に訪れた家で、早速不道徳な教育・・・・・・を受けるような真似はしない。セミョルの方も、ナミの異変を察し、『異国』の頭文字すら口にしなかった。
「次代の巫女といっても、まだ候補なの」
 ここには自分たちの秘密が詰まっているが、今日のナミは聞かれてもいい内容ばかり喋っている。
「あたし以外に、ララが選ばれた。村長様の娘よ」
「マーシャがそう言っていたのかい?」
 セミョルは、色の薄い唇を爪で引っ張る。村の皆が、「巫女様」「マーシャ様」と崇める中、セミョルはしょっちゅうマーシャを呼び捨てにする。そんな人間は、他にはララぐらいしか思い浮かばない。
「ええ。マーシャ様はね、あたしとララの、『素質』が見たいんですって。見るって、どう見るか知らないけど。ああ確か、〝日頃の行い〟が大事だと言ってたわ」
 日頃の行い、とセミョルが復唱する。
「なら、あんたにゃ分の良い条件じゃないか」
「どこが?」
「私みたいな老い先短いばばあの家に立ち寄る、奇特な一面があるだろう?」
「それって、長所なの?」
 一種の冗談かと思って笑っていると、セミョルは皺だらけの手でナミの手を引き寄せた。
「あんたは言ったろう――イオレの笑顔は、おてんとうさまに見えるって」
 言ったっけ。記憶を辿ってから、セミョルの勘違いに気づいた。
「……あれは、アレクが言ったのよ」
「んなことどうでもいいんだよ」
 皺の寄った手をいっそうくしゃくしゃにして、ナミのつるつるとした手の甲を執拗にさすった。
「アレクだの誰だのが言ったんだとしても。大切なのは、その言葉をアレクじゃない、関係のないあんたが言ったってことなんだ。私の前に現れたのが、あんただっていう現実なんだよ。……その現実の上に、どんな肩書きが乗ろうが、私はどうだっていいのさ」
 聞いているうちに、ナミの鼻の奥がツンと痛んだ。
 セミョルが生きている時間は、過去なのだと――当たり前なことを思い知らされてしまう。この老女は、『外』の世界に行く未来を模索するナミとは、決定的に違うのだ。セミョルは、どんな未来も信用していなかった。
「それに、もし、あんたが巫女さんになったら、頼みたいこともあるからね」
「何?」
「禁則地で、ニコラの亡骸を見つけて欲しいんだ」
 セミョルの縮こまった目が、庭先の鉢植えへと向けられる。しなやかに花びらを揺らすニコラの花は、日々変わることなく咲き誇っていた。
 あれは、ヌシサマが人柱を植物の種に変えたものだ――と遠い昔にマーシャから渡されたものらしい。ナミたちにとって、セミョルの娘の形見である「花」は、存在するだけで救いとなるものだった。セミョルは亡き娘を、ナミはおぼろげに記憶に残った母を思い描く象徴だ。
 あの花がある限り、ナミは幾年も生きてゆける気がした。たとえナミが『外』に出られなかったとしても、平気だ――そんな錯覚すら覚える。
「前にマーシャがポロッとこぼしたことがあるんだよ。森のヌシの住まう禁則地に人柱たちは捧げられる。禁則地に入れるのは、村長と巫女のみだ……ってね」
 ニコラとは全く関係のない想像が、ナミの頭に浮かんだ――禁則地に入れれば、実の両親の亡骸を見つけることができるかもしれない。
「見つかったら、亡骸の一部でいいから、拾ってきて欲しい。……そうだよ。ナミ、あんたが巫女になるんだ」
 セミョルの手がさするのを止め、潰れるぐらい強くナミの手を握る。
 その姿がとても奇妙に映った。
 『村』を破壊しろと毒づく唇から、ヌシサマと『村』を仲介する巫女になれという言葉が飛び出す、その矛盾。『村』への悪意に満ちたはずの心を、一時照らす情愛。それは、一時実母に注がれた温もりによって、『外』へ出る夢を描くようになったナミと、根本的に変わりない。自分たちは一時の思い出をきっかけに生き方を変えたのだ、とどこか空虚な気持ちになった。
 『異国』に共和思想があるか否かより、『異国』の方が豊かで幸せか否かより、確かに根づいたものが、いつもナミに選択させてきた。
「ナミ」
 セミョルの硬くひび割れた爪が、手の甲を突き刺す。
「巫女になって……この『村』を壊しておくれ」
 だから、ナミは、セミョルの願いにこたえるべきだ。

(つづく)

↓ 前後の話のリンクを貼っておきました。

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