好きに生きてもよかった、と気づいた50歳手前の話
今年、私がしみじみ学んだことをひと言でまとめるなら――
「あれ……好きに生きてもよかったらしいぞ?」
という、今さら気づいたには遅すぎる真実だった。
noteを読み漁っていると、世の中には“クリエイティブなことを仕事にしている人”が想像以上に多い。
絵を描いたり、イラストを作ったり、ハンドメイドを販売したり。
私が何十年も信じ込んできた「クリエイティブ=食えない」という謎の公式は、どうやら昭和の都市伝説だったらしい。
しかも彼ら、めちゃくちゃ楽しそうに働いている。
なにそれ。
そんなこと、できる世界線あったの?
私はずっと、仕事=時間の切り売り+感情の摩耗、だと思い込んでいたのに。
もちろん、彼らがどれだけ稼いでいるのかは知らない。
でも、“好きなことが価値になる世界”が本当に存在するのを目の当たりにして、私は内心ちょっとした衝撃を受けた。
カーテンを開けたら、気づけば異世界転生ものの漫画の一話目だった、あの感じに近い。
その影響か、私も気づけば静かに動き始めていた。
昔、通っていた絵本教室の経験を思い出してAIで絵本を作ってみたり、
役員仕事で作ったチラシを褒められた記憶を思い出してWebデザインの勉強を始めてみたり。
「ああ、そうだ。
私、こういうのにワクワクするタイプだったんだ。」
そう気づいた瞬間に、小さな革命が胸の中でひっそり起きた。
そして気づけば、私はもうすぐ50。
ちょうど人生の折り返し地点辺り。
急に足を止めて振り返ってみたら、
「これからの時間を、ただ売ってるだけじゃもったいなくない?」
という、あまりにも真っ当すぎる疑問が湧いてきた。
今年の私は、ようやく学んだ。
好きなことに時間を使うのは、若者の特権でも、選ばれし才能の遊びでもなくて、
“やってみたいと思った人が、その瞬間から勝者になる”
そんな単純で、やさしいルールでできていたのだ。
来年はもう少し、“好き”に寄りかかって生きてみたい。
もちろん、ほどよくズボラで、ほどよく野心的に。
たぶんそのくらいが、今の私にはちょうどいい。
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