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■ 太秦は“東のローマ”だった?オタク心が一気に点火

véritéさんの“京都の太秦うずまさは東のローマだったのでは?”という神秘的な考察記事。
こういう想像力全開の考察、ほんとうにたまらない。
これを読んだ瞬間、私の中のオタク心が、マグマのようにボフッと噴き上がった。

古代中国ではローマを“大秦たいしん”と呼んでいたらしい。
調べてみると、後漢(1〜2世紀)で使われ始めた言葉とのこと。

秦といえば、キングダムでおなじみの“秦の始皇帝(紀元前259〜210)”。
中国を初めて統一した彼は、後漢から見ればもはやレジェンド級の存在。

そんなレジェンドの名をローマに当てるなんて、後漢にとってローマはきっと
「東の果てにいる、めちゃくちゃ偉大な国」

というイメージだったのだろう。

そして、倭国へ渡来し文化や技術を伝えてきたはた氏。
聖徳太子の舎人"秦河勝"は、義務教育のテストに出がち。

その拠点が“太秦うずまさ”。
大秦と太秦。
字面が似ているだけで歴史の糸を結んでしまう——

こんな自由な妄想と考察の組み合わせに、私はもう圧倒されまくった。




■ 『日出処の天子』の衝撃が蘇った日

オタク心が触発されて、解説に熱が入り長くなってしまったが——

この記事を読んで思い出したのが、
まだ心が麗らかだった(?)女子高生の頃、山岸涼子先生の『日出処の天子』を初めて読んだときの衝撃だ。

聖徳太子と蘇我蝦夷(毛人)の関係をBLまで持っていく、あの想像力の大暴れっぷり。

りんごが落ちるのを見て万有引力を発見したニュートンよりも、
大聖堂のランプが揺れるのを見て振り子の等時性を発見したガリレオガリレイよりも、
棒を歯と鍵盤に繋ぐと、ピアノの響きが聞こえることに気づいたベートーヴェンよりも、
独創的で世界を揺さぶるパワーがある。

だって聖徳太子の7世紀前後の記録なんて、教科書レベルの本当に少ししか残っていないのに、
そこから読者を目眩くBLの沼へ引きずり込むなんて——

ヤマタノオロチを八つ裂きにした須佐之男命よりも、
女装してまで熊襲をブッ刺したヤマトタケルよりも、
ダイソンの吸引力よりも強烈な力だ。

初めてのBLが『日出処の天子』だった私は、
吸い込まれすぎてしばらく現実世界に帰ってこられず、
薔薇の香りが渦巻く甘い蜜の世界を彷徨った。




■ 乙女心がフォークダンスを踊り出す瞬間

véritéさんの記事は、
そんな “汚れを知らないピュアな時代の私” をふっと呼び起こしてくれた。

乙女心って、こういう瞬間に蘇るんだ。
細胞一つひとつが手をつないで、"フニクリ・フニクラ"に合わせてフォークダンスを踊り出すみたいに、
胸の奥がパタパタと躍動した。

ありがとう、véritéさん。
そして私は決めた。
実家に置きっぱなしの日出処の天子を、絶対に取り戻しに行こう。

早速行ってきた💖



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