曲がり苗|つながる寓話「笑いの調べ」第21話
むかしむかし、武蔵の国の片隅にある小さな村に、庄屋の娘でお絹という娘がおったそうな。
お絹は村でも評判のしっかり者でな。彼女が植える苗は、まるで定規で引いたかのように一寸の狂いもなく並んでおった。ところが、ある日の夕暮れ時、お絹の手がふと止まった。
「……これはいけないわ。見っともない」
一株だけ、ひどく斜めに折れ曲がった苗があったのじゃ。お絹はそれを指でつまみ、土から引き抜こうとした。
「待ちなされ、お嬢。その子は、そこで生きたがっておる」
背後から声をかけたのは、村で一番の古株である老農、源じいじゃった。節くれ立った手で、彼はその不格好な苗をいとおしそうになでた。
「源じい、見てよ。こんなに曲がっていては、列が乱れるわ。出来損ないは、早いうちに間引いてしまわないと」
「はっは、出来損ない、ときた。お嬢、そいつは曲がっているんじゃねえ。風の通り道を知っておるのよ。 己の身をどう置けば、この土地で立ち続けられるか。こいつなりに、お天道様と相談した結果が、その姿なんでさぁ」
お絹は首をかしげた。歪んだものは正しく直すのが当たり前だと思っていたからじゃ。しかし、源じいの静かな眼差しに押され、その苗を抜かずに残すことにした。
季節は移ろい、立秋を過ぎた頃。村を、これまでにない荒ぶる嵐が襲った。
唸りを上げる風が家々の板戸を叩き、激しい雨が田畑を容赦なく打ち据える。お絹は一晩中、あの真っ直ぐな苗たちが折れてしまわぬか、心配で眠れなんだ。
翌朝、嵐が去った畑に向かったお絹は、思わず息を呑んだ。
丹精込めて正しく植えた苗の多くが、風に抗いきれず、根元からなぎ倒されていたのじゃ。しかし、その惨状の中で、たった一箇所だけ、青々と頭をもたげている一団があった。
あの曲がった苗を筆頭にした一角じゃった。
その苗は、風を受け流す絶妙な構えで踏ん張り、周りの苗たちをかばう衝立(ついたて)のようになっておった。
「……そんな。曲がっていたからこそ、耐えられたというの?」
駆けつけた源じいが、泥を払いながら静かに言った。
「お嬢、こいつはただ曲がって寝ていたわけじゃねえ。風に揉まれるうちに、どこを支えにすれば倒れねえか、泥の中で必死に根を練り上げてきたんでさぁ。ただ甘やかして守るんでも、無理に型にハメるんでもねえ。己の癖を、生きるための刀にまで研ぎ澄ませたんですな」
月日は流れ。
お絹は父の跡を継ぎ、村人から深く慕われる百姓となった。彼女の育てる苗は、今でもどこか個性的であった。
「お絹さん、この苗は少し横に広がっていますが、いいんですか?」
手伝いに来た若者が尋ねると、お絹は柔らかく微笑んで答えた。
「いいのよ。この子はね、隣の苗に光を分け与える、優しい曲がりを持っているの。その曲がりを削るのではなく、嵐が来ても揺るがないよう、足元にたっぷり土を寄せておやり。その子の持ち味が、いつかこの畑を支える一番太い柱になるんだから」
お絹は知っておった。人も苗も、最初から美しい形など持っておらぬこと。ただ、その身に宿した歪みをこそ、土の中でじっくりと鍛え、生き抜くための軸に育て上げること。
それが、本当の意味で命を愛でるということなのだと。
村の風が、お絹の植えた健やかな苗たちを、優しく揺らして通り過ぎていったそうな。
小さな問い
・個性は歪みでしょうか?
・個性は守るべきものでしょうか?
・あなたは個性をどう扱うのが一番よいと思いますか?
