見出し画像

お嬢様ラウンジ|つながる寓話「笑いの調べ」第28話

「オーホッホッホ! 見なさいセバス、今日も私の邪悪なひらめきが冴え渡っていますわ!」

きらびやかな異世界の王都、その一角に佇む公爵邸の庭園で、高笑いを響かせるのは悪役令嬢のエリザベタ――通称「お嬢」である。彼女は立派な悪のカリスマに憧れ、周囲から恐れられる存在になりたがっていた。今日も今日とて、使用人たちを震え上がらせようと、渾身の悪だくみを披露しているところだ。

「本日の作戦は『お茶会のタルト、実は激辛デスソース仕様』ですわ! これで私の悪名は王国中に轟き、誰もが私を恐れおののくのです!」

胸を張り、ドヤ顔をキメるお嬢。しかし、その背後に立つ老執事・セバスチャンの表情は微動だにしない。彼は幼少期からお嬢の世話をしており、周囲が困惑する突飛な行動も「ちょっと背伸びをしたい年頃の、可愛いわがまま」程度に思っている。何より、セバスチャンはあまりにも有能すぎた。

「左様でございますか。では、さっそく準備をいたしましょう」

セバスは完璧な一礼をすると、瞬きする間もなく厨房へ向かい、数分後には見事なタルトを運んできた。

「さあ、お嬢様。まずは毒見を」

「えっ、私が? ……いや、しかしデスソースですし……」

「悪の首謀者が自らの兵器に怯えてどうします。さあ、あーん」

「むぐっ!? ――ッ!!??(あまりの辛さに白目を剥いて悶絶するお嬢)」

「おや、辛すぎて声も出ませんか。実はそのデスソース、私が隠し味にハチミツと極上ミルクをブレンドし、マイルドな旨辛に仕上げておきました。今夜の晩餐のアクセントにぴったりです」

「な、何ですって……!? 私の渾身の嫌がらせが、ただの隠し味に……ッ!」

お嬢がいくら悪者ぶろうとしても、セバスの圧倒的な能力によってすべてが綺麗に中和され、なぜか周囲をちょっとだけ幸せにする結果に終わる。お嬢の作戦はいつも空回りし、セバスにいいように教育的にお仕置きされるのが日常だった。

♪♪♪

しかし、お嬢はこれしきで諦めるようなタマではない。翌日、彼女はさらなる「邪悪な計画」を引っ提げて、執事室のドアを勢いよく蹴り開けた。

「セバス! 昨日の屈辱は忘れていませんわ! 今日こそあなたを恐怖のどん底に叩き落としてみせます!」

お嬢が掲げたのは、一本の不思議な杖だった。

「ふふん、怪しげな露店で手に入れた『対象の声をカエルの鳴き声に変える呪いの杖』ですわ! これであなたのその澄ましたおしゃべりを『ゲコゲコ』に変えて、公爵邸の威厳をガタガタにして差し上げます!」

お嬢は勝ち誇った笑みを浮かべ、セバスに向けて杖をひと振りした。

ポフッ、という気の抜けた音と共に、紫色の煙がセバスを包み込む。お嬢は目を輝かせてその瞬間を待った。

「さあ、どうですかセバス! 何か喋ってみなさい!」

「……ゲコ(大変美しい発声)」

「やったわ! かかりましたわね!」

「ゲコゲコ、ゲコ、ゲコゲコー(お嬢様、本日のスケジュールですが、午後は領主会議の資料作成、夕方からはダンスのレッスンとなっております)」

「えっ、ちょっと待って、なんでカエルの声なのに完璧に聞き取れるの!?」

「ゲコゲコ、ゲコー(執事たるもの、あらゆる言語のネイティブスピーカーであるべきですから、ゲコゲコだけで意味を伝えるのなんて朝飯前です。ちなみに、ただのゲコではなく、バリトンの美声に調整しておきました)」

「意味がないじゃないの! むしろちょっと聞き取りやすくて悔しいですわ!」

セバスはカエルの鳴き声のまま、流暢に今日のディナーの献立まで読み上げ、最後に深々と一礼した。完璧な音程の「ゲコ」が部屋に響く。

「ううっ……! 次こそは、次こそは絶対にあなたを本気で困らせて泣かせてやりますわー!」

お嬢は顔を真っ赤にして地団駄を踏み、バタバタと部屋を飛び出していった。その背中を見送りながら、セバスの喉の呪いはいつの間にか綺麗に解けており、その唇にはいつも通りの穏やかな微笑みが戻っていた。


小さな問い
・迷惑な個性、無価値な個性はあるのでしょうか?
・個性の良し悪しはだれが決めるのでしょう?
・もし迷惑な個性や無価値な個性があったら、その個性は消すべきでしょうか?

いいなと思ったら応援しよう!