セバスチャン|つながる寓話「笑いの調べ」第29話
お嬢は、昨日以上の自信に満ちあふれた表情でサロンのソファにふんぞり返っていた。
「いい、セバス? 我ら悪の組織の次なる一手は、王都の流行を支配することですわ。そこであなたに命令します! 今すぐ街で大流行しているあの『魅惑のデコレーション・超高級パンケーキ』の技術を完璧に習得してきなさい!」
お嬢が差し出した雑誌には、ピンクの生クリームと七色の砂糖菓子がこれでもかと盛られた、見るからに大味そうなパンケーキの写真があった。
「それを我が公爵邸の定番とし、他貴族への見せびらかし用にするのです! さあ、行って学びなさい!」
しかし、セバスチャンはぴくりとも動かず、静かに頭を下げた。
「お断りいたします、お嬢様」
「えっ!? お、お断り……っ!? あなた、私を誰だと思って……!」
「執事たるもの、ただ流行を追いかけるだけの安易な技術に身を委ねるわけにはまいりません。お嬢様のそのご命令には、従いかねます」
「な、ななな……なんですってー!」
お嬢が顔を真っ赤にして怒るのも無理はなかった。あの従順(?)なセバスが、真っ向から命令を拒絶したのだ。お嬢は「もうあなたなんて知らないわ!」と、ふてくされて自室に閉じこもってしまった。
――それから数日。
お嬢の機嫌は最悪だったが、セバスチャンは平然と、しかし夜な夜な厨房にこもり、何やら怪しげな作業を繰り返していた。彼がこっそり紐解いていたのは、流行の雑誌などではなく、大陸の裏社会に伝わる古代の植物図鑑や、超一流の栄養学の魔導書だった。
そして迎えた週末の午後。
「お嬢様、お茶の時間でございます」
「……フン、パンケーキも作れない無能な執事のお茶なんて、いただく気はありませんわ」
ツンと横を向くお嬢の前に、セバスチャンが恭しく一皿のデザートを置いた。
それは、お嬢が求めたピンクのパンケーキとは似ても似つかないものだった。
白磁の皿の上で高貴な漆黒の輝きを放つ、美しく層をなしたショコラ・ムース。その頂点には、ルビーのように怪しくきらめく自家製のジャムが添えられている。
「……何かしら、これ。おどろおどろしいわね」
「『深淵の魔石ムース』にございます。お嬢様の悪のカリスマ性を引き立てるよう、最高級のカカオと、独自のルートで入手した幻の果実をブレンドいたしました」
お嬢が恐る恐るスプーンを口に運ぶ。その瞬間、彼女の目が限界まで見開かれた。
「――っ!!」
濃厚なショコラの甘みの奥から、脳を突き抜けるような鮮烈な甘酸っぱさが広がる。それはただ美味しいだけでなく、一口ごとに体中から活力がみなぎり、どんよりしていたお嬢の肌に劇的なハリとツヤが戻っていくのが分かった。
「な、何これ……! 美味しい……だけじゃないわ! なんだかすごく、頭がスッキリして、美肌の魔力すら感じるのだけれど!?」
「左様でございます。お嬢様は最近、夜遅くまで悪だくみの計画書を書いておいででしたから。流行の砂糖の塊では、お嬢様の美貌と冴え渡る脳細胞を維持できません。ですから私は、疲労回復と美容に特化した最高峰の暗黒製菓技術を、独自に修得いたしました」
セバスチャンはフッと微笑み、お嬢のグラスにハーブティーを注ぐ。
「流行を追うのではなく、お嬢様の次なる一歩を支える。それが私の選択にございます」
お嬢は、悔しそうにムースを頬張りながらも、そのスプーンを止めることができなかった。自分のわがままなど遥かに凌駕する満足感と、自分の体調まで見抜かれていた事実に、お嬢はただ「……お、おのれセバス……」と小さく唸るしかなかった。
小さな問い
・自分の成長の方向を決めるのは誰でしょう?
・自分の成長の結果に責任を持つのは、誰でしょう?
・それらの答えは、いついかなる時も変わりませんか?
