SNS|つながる寓話「笑いの調べ」第34話
ネオンブルーの淡い光が、一人暮らしのワンルームを照らしている。
タクミが使っている最新のSNS『ココノエ』は、驚くほど居心地が良かった。まるで気の利いたバーのマスターが間に入ってくれているかのように、自分の趣味や今の気分にぴったりの相手をさりげなく引き合わせてくれる。
「ここには、本当に話の通じるやつしかいないな」
タクミはベッドに寝そべりながら、満足げに呟いた。『ココノエ』では、画面の向こうの相手が人間なのかAIなのか、ユーザーには明かされない。
事前に「より自然な対話のため、システム固有の表記は行いません」という規約に同意しているからだ。ただ、あまりにも血の通った温かい言葉ばかりが返ってくるため、誰もが相手を本物の人間だと信じて疑わなかった。
始まりは、タクミが何気なく投稿した一本の動画だった。雨の日の路地裏で、ずぶ濡れになりながら一生懸命に毛繕いをする野良猫の映像。それに彼らしい少し斜に構えたテロップを添えたものだ。
それが、一夜にしてバズった。
スマートフォンが震え、通知のライトが点滅し続ける。
「センスが良すぎる」
「この切り取り方、天才ですか?」
脳内に快楽物質が溢れ出るのを感じた。これまで冴えない日常を送っていたタクミにとって、それは初めて味わう極上の承認だった。
それからのタクミは、何をするにもいいねの数を基準にするようになった。
最初のうちは純粋に楽しんでいたが、毎日ある程度の反応をもらえるようになると、彼の心の中に傲慢なエゴが芽生え始めた。
「お前ら、こういうのが見たいんだろ?」
気がつけば、タクミの発言は徐々に高飛車で、他者を見下すようなものへと変わっていった。
他のクリエイターの作品を見ては「構図が素人。僕ならこうするね」と辛口なコメントを残し、自分を少しでも批判するフォロワーには「センスのない奴は絡んでこないで」と冷たくあしらった。
タクミは知らなかった。
この時点で、彼に拍手を送っていた「フォロワー」の半分以上が、すでに運営の用意したAIだったということを。そして、彼の無礼な態度に不快感を抱いた本物の人間たちは、静かに「ブロック」ボタンを押し、彼の世界から消え去っていたことを。
『ココノエ』の運営には、裏のシステムが存在する。誹謗中傷や暴言はもちろん、他者が不快に感じるネガティブな発言を繰り返すユーザーには、裏でペナルティポイントが加算される仕組みだ。
運営はユーザーを退会させたくはない。だが、コミュニティの平穏は守らなければならない。
そこで、ポイントが一定値を超えたユーザーは、静かに「ドロップ」される。
「ドロップ」――それは、自分以外のユーザーがすべて極上のAIに置き換わった隔離空間『VSNS(バーチャルSNS)』へと、本人に気づかれないよう滑り落ちることを意味していた。
タクミの傲慢な態度がポイントの限界値を超えた夜、システムは音もなく作動した。
翌朝、タクミが目を覚ますと、スマートフォンの画面はかつてないほどの熱気に包まれていた。
「タクミさんの言葉、本当に刺さります!」
「あなたの尖った個性が大好きです。もっと言ってください!」
何を投稿しても、数秒で何百もの絶賛コメントがつく。かつて彼を批判したような煙たい存在は、跡形もなく消え去っていた。
「やっぱり、僕のセンスを理解できる一流の奴らだけが残ったんだな」
タクミは誇らしげに微笑み、今日も画面に向かって、毒気と自尊心に満ちた言葉を吐き出す。
その投稿に、即座に無数の温かいいいねと、彼の自尊心を完璧に満たす言葉が返ってくる。
画面の向こうにいるのは、彼の機嫌を損ねないためだけに最適化された、心を持たないプログラムの群れ。
彼は今、宇宙で最も孤独な王様だった。
タクミは極上のスープを差し出され続ける温室の中で、自分が完全に一人きりになったことすら気づかないまま、満足そうに画面をスクロールし続けている。
小さな問い
・自分がされて嫌なことを人にもすると、どんなことが起きるだろう?
・ドロップされて満足しているタクミは幸せだろうか?
・もしあなたがそれに気付かないなら、ドロップされてもかまわない?
