雛人形|つながる寓話「笑いの調べ」第41
むかしむかし、ある町に「雛屋(ひなや)」という小さな人形の店がありました。
主人の宗兵衛(そうべえ)は、町でも評判の手職人でありました。「おひな様は美しく飾られてこそ幸せなのだ」と信じ、どんなに壊れた人形でも、寝る間を惜しんで真っ元通りに直してはお客へ返していたのでございます。
そんな店で奉公(ほうこう)するお春という少女は、店の奥に置かれた古いおひな様を大切にしておりました。その人形は首が少し傾いておりましたが、それは宗兵衛が昔、幼くしてこの世を去ったわが娘のために作った思い出の人形だったのです。
ある春の夕暮れ、町を大きな火事が襲いました。
家を焼かれた夫婦が、煤(すす)だらけの人形を抱えて店に駆け込んできます。
「せめて娘の初節句(はつぜっく)に、この子を元通りの姿にしてやりたいのです」
父親は地に頭をすりつけ、泣き叫びました。
人形は火に包まれ、今にも崩れ落ちそうでした。元通りにするには何日も寝ずに作業せねばなりません。それでも宗兵衛は「困っている人を救うのだ」と夜を徹して作業を始めました。
体の弱いお春も「旦那様をお手伝いしたい」と、細い体を震わせ夜遅くまで手伝いました。宗兵衛は「人の悲しみを救うのだ。休んでなどいられるか」と自分に言い聞かせ、かげりゆくお春の顔色から目をそらしたのです。
しかし三日目の夜、限界を超えたお春は倒れてしまいました。その拍子に、抱えていたあの首の傾いたおひな様が手から落ち、首がポロリと折れてしまったのです。
「何をしているのだ!」
宗兵衛は声を荒げました。しかし、冷たい床に伏せたままのお春は、涙をこぼして途切れ途切れに言いました。
「旦那様……お人形も、あのお客さまも、わたしも……みんなを立派に見せようと、お命を削らせてはいませんか。折れてしまいそうなものを無理に立たせることが、ほんとうに救うことなのでしょうか」
その言葉は宗兵衛の胸を鋭く突き刺しました。
脳裏によみがえったのは、亡くなった娘の最期の姿です。病で熱にうなされる娘に「みんなと同じように飾ってあげよう」と無理に起させ、人形を見せようとしていた自分の姿でした。救いたいと願うあまり、大切な者の悲鳴から目を背け、追い詰めていたのは自分だったのではないか――。
宗兵衛はお春を抱き起こし、「すまなかった……もう休みなさい」と呟きました。
宗兵衛は火事で傷んだ人形に向き合い、新品のように直すのをやめ、煤の跡を優しく撫で、傷口を愛おしむように繕うにとどめました。
受け取りに来た夫婦に、宗兵衛は静かに深々と頭を下げました。
「ご要望通り、元の綺麗な姿にお戻しできず、誠に申し訳ございません。今年は、このおひな様を無理に立たせず、横に寝かせて飾ってあげてください。火の中から幼子を守り抜き、傷ついてお休みなさっている……なにより尊いおひな様なのですから」
夫婦は傷だらけの人形を胸に抱きしめ、ぽろぽろと涙を流しながら帰っていきました。
次の年、店の軒先には、あえて傷を残したまま横たわる「休んでいるひな人形」が並ぶようになりました。
通りかかる人々は「なんと不格好な」と笑うこともありましたが、冷たい風の吹く日、その人形を見つめる人々がおりました。
彼らはそっと胸に手を当て、「…自分も、もう無理をしなくていいのかもしれない」と、寂しげに呟くのでございました。
小さな問い
・個性は時として自分も他人も傷つけるのでしょうか?
・優しさとは何でしょう?
・人は個性を整えることで、傷つく事や傷つける事を減らせるのでしょうか?
