汚れた宝石|つながる寓話「笑いの調べ」第42話
長谷川あかりは、広告代理店で働く26歳。社内でも屈指の明るさと気配りで知られ、気の弱い後輩や神経質な同僚にも、いつも柔らかな笑顔で助け船を出していた。
彼女の強みは、洞察力と綿密な段取り、そして相手の心理を巧みに導くプレゼン能力だった。
その手腕が、思いもよらない形で発揮されることになる。
あかりの父が、勤務先の不正取引に関与した疑いをかけられた。現場に残された唯一の決定的な証拠は、取引の報酬として贈られたとされる、燃えるようなオレンジがかった赤いルビーだった。父の破滅と家族の崩壊を直感したあかりは、咄嗟に動いた。
広告業務で培ったプロの段取りで防犯カメラの死角を割り出し、持ち前の観察眼で関係者の動線を把握。
偽物のガラス玉を用意すると、何食わぬ顔で潜入し、誰にも気づかれることなく本物のルビーとすり替えた。完璧な仕事だった。誰も彼女の仕業だとは疑わず、捜査は難航。父は難を逃れ、長谷川家の食卓には再び平和な笑顔が戻った。
しかし、歯車は狂い始める。
証拠が消えたことで、事件の矛先は無実の同僚に向けられた。真犯人として追い詰められていく同僚の涙を見たとき、あかりの胸に冷たいものが走る。人を動かし、事態をコントロールする自分の高まった能力が、誰かの人生を容赦なく踏みにじんでいた。
さらに恐ろしい事態が起きていた。消えた本物のルビーを追う闇の組織が動き出し、隠蔽工作を行ったあかりを特定して刺客を放ったのだ。
しかし、ある夜を境に、なぜか狙撃の脅威は突如として去った。
数日後、街頭のニュースであかりは知ることになる。社内でいつも陰ながら支えてくれていた目立たない後輩が、雑踏の中で何者かに命を奪われたという悲報を。
彼の死の真相を知る由もなかったが、組織の影に脅え、大切な人を失い、誰かを陥れてまで手に入れた平穏の脆さを突きつけられたあかりは、自らの行動がもたらした歪みの恐ろしさを悟った。
家族を守るために振るった力が、自分から大切な笑顔を遠ざけ、真の幸福から乖離させていたのだ。
あかりは警察へ向かい、自首した。真実を告げて会社を追われ、失ったものは大きかった。
数年後。あかりは広告倫理の独立監査役として働いている。かつて人を欺き、隠蔽するために研ぎ澄ませた洞察力と段取りの技術は今、不当な表示から人々を守るために使われている。
失われた命や傷つけた罪が消えることはない。それでも彼女は、自らの技術を正しく使う道を選び、静かに前を見つめていた。
小さな問い
・不正で大切な人を守った場合、それは悪か善か?
・能力はそれ自体に善悪があるのでしょうか?それとも使い方で決まるのでしょうか?
・あなたは、たとえ悪い能力でも、大切な人を救えるなら使いますか?
