【変化】かつて「鬼軍曹」と呼ばれ、大切な選手を失った僕が辿り着いた少年サッカーの「厳しさ」と「褒める」の最適解
序章:かつて「鬼軍曹」と呼ばれ、大切な選手を1人失った日のこと
少しだけ、私の恥ずかしい過去の話をさせてください。
指導者としてのキャリアをスタートさせた頃、私は周りのコーチや保護者から、陰で「軍隊」「鬼軍曹」と呼ばれていました。
私自身、小学生・中学生時代に厳しい指導を受けて育ち、当時は別段それで上手くなったわけでもなかったのですが、「厳しいのが当たり前」「厳しくすることこそが子供を伸ばす唯一の道だ」と疑わずに信じ切っていました。
そのため当時の私の指導現場は、選手たちに常に緊張感が張り詰めていました。
ミスを許さず、できて当たり前。できていなければ即座に厳しい声を飛ばす。それが指導者の役割だと本気で思っていたのです。
しかしある日、試合中にふと気づいたことがありました。
子供たちがプレーした直後、真っ先に見るのがボールの行方でも味方の位置でもなく、「ベンチにいる私の顔」だったのです。
「自分がうまくなるため」「サッカーを楽しむため」にピッチに立っているはずの子供たちが、「コーチに怒られないため」「怒声を回避するため」にプレーしていたのです。ピッチの上から子供たちの笑顔は消え、そこにあったのは萎縮と威圧感だけでプレーする子供達の姿でした。
そして、決定的な事件が起きます。
ある真面目で優しい選手が、私の圧力に耐えかねて萎縮し切ってしまい、最終的に「サッカーが楽しくない」とチームを辞めてしまったのです。
その子は、本当はサッカーが大好きだったはずでした。
私の「間違った厳しさ」「厳しさの履き違え」が、1人の子供から大好きなサッカーを奪ってしまった。
「自分は一体、誰のために何をやっているんだ?」
強烈なショックと猛省。これが、私の指導人生における最大のターニングポイントでした。「今のスタイルを全て捨てなければならない。自分が変わらなければ、これ以上指導者を続けてはならない」と心に強く誓った瞬間でした。
第1章:「二項対立」の罠〜なぜ「とにかく褒める」だけでも成長が止まるのか?
あの苦い失敗から、私は自分の指導スタイルをゼロから見直し始めました。
しかし、ここで多くの指導者が陥る別の罠があります。
それは
「怒らない指導」「とにかく褒めて伸ばす」
という極端な振れ幅への移行です。
私も最初は「優しく接すればいいんだ」と考えました。しかし、現場で向き合う中で、すぐに別の壁にぶつかりました。「ただ優しく褒めているだけでは、子供の本当の成長には繋がらない」という事実です。
「ナイス!」の連発が招く思考停止
練習中、どんなプレーに対しても「ナイス!」「いいね!」と声をかけていると、一見雰囲気は良く見えます。しかし、具体性のない抽象的な褒め言葉を連発していると、子供たちの心には次第に届かなくなり、言葉の価値が暴落します。
さらに深刻なのは、「何が良かったのか」「自分のどの判断が正しかったのか」を子供自身が理解できないまま放置されてしまう点です。
結果として、セルフジャッジが増えたり、プレーの緊張感がなくなったりして、中高学年になったときに「試合で戦えない・自分で判断できない選手」になってしまいます。
「厳しさ」と「褒める」は二者択一ではない
私は試行錯誤の末、一つの答えに辿り着きました。
「厳しさ」と「褒める」は二項対立ではありません。両立させるものなのです。
本当に大切なのは、「厳しくするか、褒めるか」という極端な二択ではなく、
どこに厳しさのラインを引き、どのように子供に『できた』という確信(自信)を与えるかという【明確な基準(軸)】を持つこと
でした。
かつて鬼軍曹として失敗し、そこから這い上がった私が辿り着いた「厳しさと褒めるの明確な線引き」「現場でそのまま使える声かけフレーズ」「年代別アプローチ」「保護者巻き込み術」のすべてを、この記事に込めました。
「練習で子供たちへのどう声をかければいいか」に悩むすべてのコーチへ。私の失敗と検証の記録が、あなたの指導の道標になれば幸いです。
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