【ショートエッセイ&楽曲】 日曜日のアリス
―― short story ――
雑踏の中をすり抜ける。
何度もぶつかる肩。
今度は、誰かのカバンにぶつかり、弾かれる腕。
「すみません」
囁きに、苛立った目が私を刺す。
ざわつく胸のまま、頭を下げて視線を戻した。
上がる息。
上気する頬。
熱気と排気ガスで澱んだ空気の下の地面には、
無数の人の足と、白い太い線が等間隔にいくつも並んでいる。
点滅する信号に気をとられながらも、
白線の中央にいる白いものから目を離せない。
道路の反対側に進むそれに、思わず、「待って」と呟く。
次の瞬間、人に遮られ、視界がスーツの黒で見えなくなる。
……あ。
信号を渡り切った時には、もう、いなくなっていた。
……どこ?
キョロキョロと辺りを見回す。
ドンっと人にぶつかり、思い切り、頭を下げた。
頭を上げた時には、その人はいない。
息を吐いて、肩を下げる。
――だから、嫌いなのよ、渋谷って。
眉を顰めると、ふと、白いものが目に入った。
……いた!
薬屋の裏手にある細い路地に入り込む。
気がつけば駆け出していた。
下水道の匂いに顔を歪めながら進むと、
マンホールの上で毛をふわふわさせたうさぎが飛び跳ねている。
「やっぱり……」
静かに呟くと、ゆっくりと近づいた。
……本当に、うさぎだ。
場所が場所なだけに、ふわふわの毛が真っ白に輝いて見える。
――なんだって、こんなところに。
半信半疑になりながらも、だんだんと思考が冷静になってくる。
誰か飼い主さんがいるのかな?
動物病院から抜け出した?
……とりあえず、警察に連れて行こうか。
少し距離を空けた状態で膝をつく。
両手を差し出すけど、マンホールの上から動かない。
逃げないように、そっと近づくと、うさぎがぴょんっと腕に乗った。
ずしっと腕が重くなる。
けれど、同時にふわふわした感触に頬が緩んだ。
その時だった。
「ようこそ」
男の人の声が聞こえた時には、マンホールの下の地面はなかった。
落ちた。
目が覚めて、最初に思ったのは、
夢なのに、落ちた感覚だけが妙に生々しいということ。
日差しが眩しい。
はっきりしない意識に、草の匂いと木々の影が揺れた。
体を起こすと、服にも手にも足にも、湿った土が張り付いていた。
……うわ。
両手でスカートの後ろを払いながら、辺りを見渡す。
「……何、これ。」
明るい陽に照らされた深い森。
公園にあるそれではなく、
屋久島にでも来たのかと思うような自然が広がっていた。
……夢。
頬をつねる。
痛くない気がした。
「うん。夢ね」
口に出してみる。
体も不思議と軽い気がする。
そう、夢でないわけがない。
そう思った瞬間だった。
草むらがカサっとすると、ひょこっとうさぎが顔を出した。
「あ!」
思わず、大きな声をあげる。
うさぎは飛び出すと、木々の間をすり抜けていく。
――また、追いかけっこ?
正直、ため息が出てしまう。
でも、体は先に動いていた。
見失っても困るから。
これって、あれじゃない。
アリスインワンダーランド。
……私が、アリス役?
うさぎを追いかけていくと、花畑が見えた。
……ここって、花たちが歌ったり、マウント取ったりする場面だっけ?
うろ覚えなのが、もどかしい。
もっと、ちゃんと読んでおけばよかった。
うさぎはひょこひょこ進む。
追いかけていくと、花たちが不思議な動きをして、こちらを見た。
胸が跳ねる。
いろんな音階の鈴のような音が、けたたましく響いた。
不協和音は、正直、聞いていたくない。
足を速めて、うさぎを追う。
……あれって、喋ってるのかな?
正直、よく分からなかった。
次に、ピンクの縞模様をした猫が木の枝の上で、大きなあくびをしていた。
……チャシャ猫。
まじまじと見つめていたいけど、うさぎは素通りするので、
仕方なくあとを追った。
少し進むと、木の下に長いテーブルが見えた。
帽子屋と三月ウサギが、空いた席だらけのお茶会で騒いでいる。
ティーカップを次々と移動させる二人を横目に、私はうさぎを追い続けた。
……あれが、終わらないお茶会だっけ。
ついていくと、丘の上に出た。
遠くには、ハートの女王の城と森の中にある小屋が見える。
小屋の中には、小さくなったり、大きくなったりする薬があるんだよね。
「……すごい。」
――アリスの世界。
壮大な景色に、片目からぽろっと何かが落ちる。
そっと丘に座ると、しばらく、ただ見つめた。
気がつくと、うさぎが私の膝の上に乗っていた。
撫でると、柔らかな温かさに力が抜ける。
そして、思った。
「……どうやって、帰るんだっけ?」
呟いた瞬間に、地面が硬くなる。
手で触れると、ゴツゴツした感触に目が覚めた。
マンホール。
目の前が、真っ暗になる。
「ママ!!」
「ママ!……ママ!聞いてる!?」
身体の隅々にまで響く、娘の声。
繋いだ左手が、温かい。
「……ごめん。トリップしてたみたい。」
「まぁた~。ちゃんと聞いてよ。」
「ごめん。ごめん。」
雑踏の中を歩きながら、喧騒に負けないように、
二人でいつもより少し大きな声で話す。
「今回も楽しそうなお題を見つけてさ。考え込みすぎちゃった」
ケラケラと笑うと、娘の頬が膨らむ。
「日曜日のアリスってお題の記事でさ。さっき、見つけたの。映画一緒に見たじゃん、不思議の国のアリス。」
「別に知ってるし。」
「DVD借りてこうよ。」
「えー、帰ったらYouTubeみようよー」
「えー、見たいけどさ。あ」
喫茶店が目に入ると、甘いものとコーヒーが欲しくなる。
「ちょっと、おやつしてこうよ。せっかく、渋谷に来たんだから。」
「……いいけど。メロンソーダね。バニラアイス乗ってるの。」
「うん。」
ふと、目線を動かすと人の足に踏まれたマンホール。
その上には、赤い目をした真っ白なうさぎ。
——私の世界は、いつもこんな感じ。
クヨクヨウサギさんの初企画に参加しています🌿
ありがとうございます☺️
この素敵な企画に参加しているひろみんさんの記事を拝見し、企画のことを知りました🌿
ありがとうございます☺️
今回の物語を歌にしてみました(Suno)
お時間あれば、ぜひ。
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