【ショート】 風の先へ
―― short story ――
――すべて、終わった。
風が、
肩まで切った短い髪をさらっていく。
質素な平民の服は、
驚くほど体に馴染んでいた。
実家のしがらみで結ばれた婚約は、
ずいぶん前に破棄された。
理由を問われることも、
引き止められることもなかった。
虐げられてきた家からは、
勘当という形で切り離された。
言葉にすれば重いが、
実感は、不思議と軽かった。
立ち上げた商会は、
ようやく軌道に乗り、
信頼できる人に譲った。
私の役割は、
もう私がいなくても、
誰かが勝手に補っていくだろう。
それでいいと思った。
耐えがたい屈辱の日々の中でも、
外の世界で生きるための準備だけは、
少しずつ、積み重ねてきた。
読み書き。
計算。
人の癖を見抜くこと。
頭を下げる角度。
声を荒げないで断る方法。
全部、
今日のためだったのかもしれない。
隣町まで馬車を乗り継ぎ、
さらに遠くへ行くつもりだ。
地図の端に、
まだ名前のない場所がある。
誰も追ってこない。
振り返っても、
知った顔はなかった。
私は、
ようやく自由だった。
胸の奥に、
小さな空白がある。
ただ一人、
私を気遣ってくれた彼。
彼はどう思っているのだろうか。
知る術はない。
空白は彼のために少しだけ空けておく。
もう二度と会えなくても。
今はただ、
全てを抱えたまま、
歩ける気がした。
――さあ。
私は、
風の向こうを見た。
どうやって生きていこうか。
答えは、
まだなくていい。
イメージソング
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