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萩・長門観光#02 -松陰神社(松下村塾)- EOS R8


■冬の初めに山口県北部、萩・長門エリアを観光してきましたので、その時の写真をアップしてみます。歴史の中では2度、戦国の毛利元就の時代、明治の文明開化の時代に日本中の注目を浴びた地域で、歴史と文化に厚みがあります。ずっと行ってみたいと思っていたのですが、今回念願叶って行ってきましたのでご紹介します。よろしければご覧ください。
 
<1日目午前中>
 
1.東光寺

2.松陰神社(松下村塾) ←今回はここ
3.恵美須ヶ鼻造船所跡・萩反射炉
4.常念寺
5.住𠮷神社
6.春日神社
 
■それでは、今回の<松陰神社(松下村塾)>を紹介します。

松陰(しょういん)神社は、山口県萩市にある神社。旧社格は県社。
幕末の思想家・教育者である吉田松陰とその門人である伊藤博文、山県有朋など松下村塾の生徒を祭神とし、学問の神として崇敬を受ける。

創建は1890年、吉田松陰の実家である杉家の邸内に松陰の実兄杉民治が土蔵造りの小祠を建て、松陰の遺言通り愛用の赤間硯と書簡を神体として祀ったのが始まり。1907年に伊藤博文が中心となって神社創建を請願、萩城内の鎮守・宮崎八幡の拝殿を移築して土蔵造りの本殿に付し、同時に近代社格制度での県社に列格した。境内には松下村塾や松陰幽囚の旧宅が現存しており、吉田松陰歴史館や宝物殿「至誠館」もある。

松下村塾は、吉田松陰が主宰した私塾。松陰は海防の観点から工学教育の重要性をいち早く提唱し、自力で産業近代化の実現を図るべきと説いた。黒船来航で欧米の軍事力を目の当たりにした松陰は、自分の目で海外の実情を確かめるべく、国禁を犯してまで黒船に乗り込んで海外密航を計画した。松陰の教えを受け継いだ塾生らの多くが、のちの日本の近代化・工業化の過程で重要な役割を担ったことから、「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、石炭、造船産業」の構成資産としてユネスコの世界遺産に登録されている。

広い敷地に松陰神社だけでなく、松下村塾や松陰幽囚の旧宅など見どころが多くあるため、じっくり見て廻るとしっかり時間がかかる。萩の一大観光地となっている印象で、個人団体含め多くの観光客が訪れていた。

■なお、今回のカメラ機材は以下の通りです。

Canon EOS R8 + RF35mm F1.8 MACRO IS STM
 
フルサイズで総重量766gの軽快スナップセット(スナップセット2025)です。

松陰神社入口の大鳥居と社号標。
境内の最奥にある神域入口の鳥居。
手水鉢と柄杓。水と光のゆらぎ。
拝殿正面。
社殿左側の境内社。穏やかな午前の日差し。
松陰神社の神域の前にある<吉田松陰幽囚ノ旧宅>。
広々とした旧宅内。部屋ごとの光の明暗差が面白い。
旧宅内。光の入り方が面白かったので。
木の皮と竹を使った外壁。
旧宅の縁側。
こちらが吉田松陰が幽囚された小部屋。
旧宅内部を外から。
当社境内に入ってすぐにある<松下村塾>。
松下村塾の内部。中央は吉田松陰を描いた掛軸。
明治時代に活躍した松下村塾門下生たちの写真。
松下村塾入口から向こうの景色を見通す。

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