【四国108箇所歩き遍路2(土佐)】#05 28番札所大日寺(2016年2月)
これは2015年12月~2025年11月にかけて、順打ち、全7回の区切り打ちで結願した四国108箇所(八十八ヶ所および別格二十霊場)歩き遍路の記録である。
ごめん・なはり線球場前駅から歩き始める
安芸市内には数軒の旅館とビジネスホテルがあるのだが、空身で歩くため、昨晩わたしは高知市内のビジネスホテルに宿泊した。このまま3連泊する予定だ。
朝ホテルを出るとまっすぐ高知駅に向かう。時刻表はあらかじめネットで調べて印刷して持って来ていた。ところが、駅前で写真を撮ったりしているうちに予定していた列車に乗り遅れ、44分も待つことになった。44分は痛い。と思っていたら、ホームにやってきたのは、車体にやなせたかし先生によるキャラクターが躍り、車内にも各駅のオリジナルキャラクターの紹介が並ぶごめん・なはり線の二両編成の列車だった。昨夕は一両で車内に絵はなかったので、予定が遅れたのはこれを見るためだったのだと納得して球場前駅まで戻ると、歩き始めた。

車体横の青いライン上に各駅のキャラクターが並ぶ
ちょうどプロ野球のキャンプの時期で、球場前駅には阪神タイガースを歓迎する横断幕がかかっていた。
駅から少し歩いて、安芸漁港から遍路道に入った。

手前にオレンジ色のかわいい鳥がいるのにピントが残念💦
ここは自転車道が遍路道になっていて、異常気象時は通行規制がかかるらしいが、本日も晴天につきその点は問題なし。サイクリスト用にルート上休憩所やトイレが整備されているのもよい。ただ、長くて単調なのには閉口した。空身なことだけが不幸中の幸いだった。頭の中を空っぽにし、左に見える青い穏やかな海だけを眺めて黙々と歩いた。


矢流古戦場跡のずっと手前
そのうち球場前駅から1時間半足らずで木立の中に入り、右側に何やら明るいプレハブ小屋が見えてきた。有名な遍路接待所だった。ネットでみかけた通りの明るさ、賑やかさ。中に入ってみると360°お祭り騒ぎでどこか微笑ましかった。

(黄色い地図14版を見る限りでは、もう無い)
さらに進んで松の防潮林。林の向こうに青い海もちらちら見える。ちょうど展望台があったので上がってみると、波ひとつない青い海がどこまでも広がっていて、2月だというのに海も陽射しも真夏のように眩しかった。さすが高知だ。

菊ヶ浜展望台でしばし休憩し、防潮林を抜けて西へ進む。じき和食川にかかる橋を渡った。橋には水門が設置されており、橋と並行してごめん・なはり線の線路が見えた。しばらく林と線路の高架に挟まれた道を進むと、左手に黒っぽい浜が見え、その浜の先に、海に大きく四角に張りだして建つレストランが見えたので、そこでお昼にすることにした。

向こうに見えるのはごめん・なはり線の線路
若者がドライブの途中に立ち寄るようなレストラン『SEAHOUSE』の中で、白衣に菅笠姿のわたしは完全に浮いているはずだが、若いスタッフさんもほかのお客さんもまったく気にする様子はなく、わたしは黒っぽい砂浜と青い海を眺めながらゆっくり食事をすることができた。そう言えば、この付近はウミガメの産卵地帯なので砂浜への車乗り入れ禁止という看板を少し手前で見かけた。ウミガメがどのような場所を産卵場所として好むのか知らないが、締まった浜は歩きやすそうだった。ただ、今後もウミガメたちの故郷が失われることがないようそっと見守るだけにしたいと願った。

芸西村のウミガメ産卵地帯を見下ろす
食事を終えると国道55号線と並行して走る歩道を北西へ進み、2つの休憩所の前を通って西分漁港の入口を通り過ぎた。黄色い地図(第10版)では海沿いの遍路道は国道とぴったり並行していたので、とにかく国道から大きく外れないよう直進した。歩道がなくなると自転車道が現れ、国道と並行する坂道を下って古いトンネルをもぐると、なおも直進を続けた。ふと左の港の方を眺めると、可動橋が大きく跳ね上がっているのが見えた。手結可動橋だ。なおも進むと、道端に新しい遍路標石を認めて安堵したが、次の札所である大日寺までまだ2時間近くかかる見込みだった。高知はほんとうに札所と札所の間が遠い・・・。

「□龍門」読めない・・・


本日唯一の札所大日寺まで8.6km・・・遠い・・・
途中で国道55号線から山側の旧道に入り、古い小学校、古いかまぼこ屋さん、白漆喰が眩しい元おせんべい屋さん、そんな周囲の風景にしっくりなじんでいる教会、一本松と通り過ぎ、SEAHOUSEから2時間半近く歩いてようやく28番札所のすぐそばまで来た。

(2019年3月で閉校、今は津波避難タワーになっている)

創業は明治!

28番札所大日寺を参拝
28番札所大日寺へは、鎮守の森のような山に入ってゆき、最後狭い石段を昇って車道に合流するとすぐだった。正面に大きな遍路用品店があった。

(2026年現在石柱は無く、バス専用駐車場になっている)



参拝を終えて山門を下ると遍路用品店に入った。入口近くに金剛杖がたくさんあった。どれにすればよいかさっぱりわからなかったが、神峯寺の下りで滑って転びそうになったときに金剛杖を買うと決めていたので、一本一本握ってみて、御杖カバーに大きな鈴のついた1本を求めた。

向かいに大日寺の山門がある
同行二人で29番札所国分寺を目指す
お店を出るとさっそく金剛杖を突いて歩いてみる。緩やかな下り坂なのでちょうどいい。鈴の音が心地良く、一瞬にして本物のお遍路になれたような気がした。そのまま来た道を戻って山を下ると、道の向こうの木の道標が次の札所の国分寺を指していたので、田んぼの畦道のような細い道に入った。そこから遍路札を頼りに歩き、物部川にかかる戸板島橋を渡ると県道を左に逸れ、平成遍路石に従って田舎道を進む。既に16時をまわっており、国分寺までまだ6kmとあったので、きょうは行けるところまで行っていったん終了することがほぼ確定した。


国分寺まで6km
とは言え、街灯も目印もない田んぼの中で日が暮れるのは困る。急ぎ足で進むと大師堂(遍路小屋第28号 松本大師堂)が見えた。中にベンチがあったので、いちど座って地図を確認し、道順を頭に叩き込んでから歩き出した。
緩やかな上り坂を道なりに進むと左へ曲がれとの遍路札。黄色い地図(第10版)では突き当たりを左になっていたのに突き当たりではなかったのでそのまま直進する。しかし、しばらく歩いても突き当たらない。さっき地図を確認したばかりなのに、これでよかったかと不安になり地図を探したら、ない。山谷バッグのなかをくまなく探すが、ない。大師堂だ。さっきの大師堂に地図を忘れてきたのだ。あぁ。地図と言っても持ち歩き用のコピーなので風で飛んでもう無いかも知れない。日が傾き始めるので気持ちは焦り、このまま地図なしで行こうかとも思ったが、よりによって周囲は一面田んぼなので地図がないのは危険だと思い直し、大師堂まで走って戻ったら、あった。気が抜けてしまい、もういちど座り込んで休憩した。

二度もお世話になった
地図ではやはり突き当たりを左折となっていた。しかし、あれだけたくさんの標石が並び、案内表示まであったのだから黄色い地図の遍路道に固執せず、標石に従ってよいだろうという結論に達し、ふたたび金剛杖を手に立ちあがった。煩悩をひとつ棄てられた気がした。
(なお、この大師堂の先の箇所は、黄色い地図第14版では既に改訂されている)
JR土讃線の踏切を越えてバス通りに出ると、急ぎ足で国分寺の方向へ進む。どんどん歩いて国分寺通というバス停まできたが、まだ国分寺には着かなかった。国分寺の方へ少し進んでみたが、もう17時近く、バス通りは国分寺とは異なる方向へ向かっていたのでこの辺りが潮時だと思い、バス停ごとに時刻を確認しながら来た道を戻った。結局バス停4つ分を往復して『へんろいしまんじゅう』の看板の山崎商店の前まで戻った。戻るとき、お店のすぐ手前の四つ角に古い縦長の標石と小さい祠を見かけた。昔はここが曲がり角だったのだろうか。お店の向かいのへんろ石バス停からバスに乗って、後免駅前で降りた。乗車時間わずか4分だった。
お接待、そして事故・・・
既に日が暮れかけた後免駅前には何のお店もなかったので、とさでんの通りまで歩いて辺りを見渡すと、電停の向こうに灯のともった町中華が見えたので、ここで夕食を済ませることにした。さほど広くない店内のテーブル席に座り、ビールや餃子を注文してひと息ついていると、隣のテーブルの男性二人連れが話しかけてきた。おひとりはわたしが明日参拝予定の禅師峰寺の檀家さんで、もうおひとりも清瀧寺のご住職の同級生だという。
ひとしきり話が弾み、食べ終わってお会計をしようとしたら、お店のかたに「あちらのお客さまからお代はいただいています」と言われて驚いた。こんな展開は、人生初だ。『あちら』の方を見ると、一人で食事をしている、わたしよりはるかに若そうな男性から軽く会釈をされた。慌てて納め札を手に席まで行き、お礼を言って手渡した。こういうことがほんとうにあるのが遍路道らしい。 これは何年かかっても結願しなければ、と思った。

さて、外に出るともう周囲は真っ暗で、電停でしばらく待って高知駅行の路面電車に乗った。独特のゴトゴトした振動をたてながら順調に進んでいると思ったら、突然電車の左の横っ腹からドスンと衝撃がきて電車が止まった。乗客はわたしを含め3人ほど。無言のままお互いに顔を見合わせる。右側に座っていたわたしは立ちあがって窓の外を覗いた。
すると、暗闇の中でちいさい乗用車が電車に衝突していた・・・。 すぐに運転手さんから、車が接触した旨説明があり、怪我人はいないか確認があり、続いて調査のためしばらく停車しますという説明があり、車内はし~んと静まりかえった。
20分近く待っただろうか、とさでんの営業所?から数人がやってきてしばらく外でなにやら調べている気配がしたのち、「調査の結果この電車の車体には問題ないことが確認できましたので運行を再開します」とのアナウンスがあった。が、さきほどの運転手さんは電車を降りたまま戻ってこず、別の運転手さんが運転席に立ち、何事もなかったかのように運行が再開され、電車は高知駅へと向かった。
最後の最後に思いがけないことが立て続けに起こった一日だった。
【コースタイム(実際、一部時刻不明)】

