【四国108箇所歩き遍路2(土佐)】#02 御蔵洞(2016年2月)
これは2015年12月~2025年11月にかけて、順打ち、全7回の区切り打ちで結願した四国108箇所(八十八ヶ所および別格二十霊場)歩き遍路の記録である。
野根港分岐バス停から歩き再開
今日は、昨日バスに乗ったところまで戻って室戸岬まで歩く。室戸岬にある24番札所最御崎寺は昨日参拝済みなので、平地だけだ。お宿最寄りの東坂本のバス停から始発のバスに乗り、45分かけて野根港分岐まで戻った。もちろん、空身。反対側車線に移動し、昨日乗ったバス停から歩き始めた。
伏越の鼻と遮断機
野根漁港への入口前を過ぎ、緩やかな坂を登って300mで伏越の鼻。海に飛び出している景観もさることながら、その手前の遮断機と向こう側にあった大きな案内板という人工物が気になった。連続雨量が250mmになると、国道55号線の野根から佐喜浜までの区間は通行止めになるらしい。大雨のときは歩けないということだ。幸い今日も好天。
さらに300m歩いたところで、『室戸まで36km、最御崎寺33km』の案内標識が現れた。室戸岬の手前のお宿までおそらく30km程度で、空身で歩くのにちょうど良い距離であることに安堵する。

しばらく歩くと山側に歩道が現れたので、山側の擁壁に沿って歩道を歩いた。相変わらず側溝のコンクリートの蓋があって歩きづらいが、国道55号線はそこそこ交通量があるので背に腹は代えられない。

ゴロゴロ休憩所とぽんかんのお接待
バス停から20分程度で休憩所が見えてきたと思ったら、その向こうに停まった車から40代くらいの男性が降りてきた。手にはぽんかんを3つ。「高知の道は長く厳しいので、怪我をしないようくれぐれも無理せず歩いてください」ありがたくいただいた。ザックと白衣のポケットにひとつずつ入れるが、残り1つがどこにも入らないので、ゴロゴロ休憩所のベンチに腰を下ろし、ペットボトルの水で指先を洗い、素手で皮をむいていただいた。甘くて美味しい。ふたたび歩き出す。
空は青く、海は濃紺。左手に絵はがきのような景色が続く。が、昔はこんな国道は通っておらず、不安定な大きな石が転がる海岸を歩かざるをえなかったため、この辺りは難所だったという。側溝の蓋ごときに不満を感じてはいけない。そして、そんな難所は、ゴロゴロ休憩所の手前までは黒っぽいゴツゴツした岩がたくさんあったのが、休憩所の辺りから白っぽい丸い石になり、海に突き出た岬を回りきると砂利の浜になっていた。いずれにせよ山側は擁壁が続き、民家の一軒もない。
ゴロゴロ休憩所からカーブごとに岩と砂利が交互に現れるのを見ながら30分近く歩き、淀ヶ磯橋バス停を過ぎると法海上人六角堂の小さな祠があった。
佛海上人によるお接待所だった佛海庵へ
そこからは、たまに擁壁が途切れると『鹿に注意』の道路標識があるような道。さらに1時間ほど歩いたところで、国道の左側に大きめの歩き遍路の形をした札が立っていることに気づいた。見ると、お墓みたいな台座のある標石の前に『佛海上人→』という札が立っていたので、右に折れた。450m手前の分岐で右の遍路道を入るはずだったことはすっかり忘れていた。
(ちなみに、2026年現在『佛海上人→』の札はなくなり、標石だけになっているが、国道の右側に五輪塔のお墓がたくさん立っているので気づきやすい。また、そもそもの分岐の手前には、連続雨量250mmで国道の上空から降りてきて道路を通行止めにする黄色い遮断機と案内板がある。伏越の鼻の遮断機を始点とすると、終点にあたる遮断機である)
さて、墓地の向こうに瓦屋根の集会所のような建物があり、それが佛海庵だった。その昔、難所を越えてやってきたお遍路さんをお接待する場所だったという。辺りには誰もおらず、恐る恐る戸を開けて足を踏み入れ、祀ってあった額入りの写真のような肖像画に手を合わせた。
(せっかく佛海庵を訪れるのであれば、建物の裏にある、佛海上人が建てられたという宝篋印塔も参拝すればよかったのだが、このときのわたしは予習不足で存在自体を知らなかったのでスルーしてしまった)
佐喜浜を抜け、鹿岡の夫婦岩へ
佛海庵を出ると木立の中を右へと進み、遍路道を抜けて国道55号線に戻った。海からは遠ざかったが、歩道が広く歩きやすくなったのですいすい歩ける。根丸坂バス停の先の分岐に海側へ進めの遍路シールを認め、坂を下った。
やがて集落に入り、佐喜浜橋を渡るとその先は、地銀や商店も点在する住宅街だった。佐喜浜港の前を過ぎ、漁村を通り抜ける。そしてまた国道55号線に戻り、尾崎橋を渡った。
さらに、民宿徳増の先のカーブをまわると、遠くに大きな岩が4つ天に向かってそびえ立っているのが見えた。歩くうちに距離が縮まって、岩はどんどん大きくなる。近づくと、沖の2つの間に注連縄がかけられているのが見えた。鹿岡の夫婦岩だった。夫婦岩を過ぎてすぐ、案内標識の距離は『最御崎寺15km』になった。今日の予定の半分を消化できた。やった~。

この辺りは波が荒い

旧街道を抜け、海岸線をゆく
不動浦バス停を過ぎた後、民宿椎名の分岐を右へ入った。旧街道らしく1km以上にわたって民家がびっしり並んでいた。しばらく歩いていったん国道に出るが、また似たような旧街道。電柱に遍路シールが貼ってあった。この街道を抜けると最御崎寺までの距離は11kmに縮んでいた。歩道も広くなり、快適に歩ける。2月だというのに朝からずっと歩き通しなのでまったく寒さを感じない。
その先は、夫婦岩を小振りにしたような黒っぽい岩がたくさんある日沖海岸、徐々に家が増えて集落らしくなってきたところで丸山海岸。ジオパークセンターの大きな看板が見えたので、きれいなお手洗いをお借りした。さらに三津の町の手前では、今日はじめて見る信号機。ゴールが近いことを予感する。が、なかなか室戸岬の景色にはならない。
ようやく『御厨人窟2km』の道路標識が現れたときには15時をまわり、ほどなく『最御崎寺5km』の案内標識が現れた。

室戸岬に到達、御蔵洞を参拝
高岡漁港の入口を過ぎ、さらに歩いてようやく大きな室戸青年大師像が見えてきた。大師像よりも、その目線の先の、大きな岩が幾つもある海岸の景色に目を奪われていたら、そばに『名勝天然記念物 室戸岬』という大きな柱が立っていた。着いた、室戸岬だ。

そこから、御蔵洞まではほんとうにすぐだった。しかし、御蔵洞は、御厨人窟、神明窟ともに前年の大雨による落石で立ち入り禁止になっていた。空海が見たという景色を見ることはできなかったが、それぞれの洞窟のすぐ前まで行くことはできたし、納経所もあったのだが、休憩中なのか窓が閉まっていて、残念ながら御納経をいただくことはできなかった。

正面の鳥居は御厨人窟

御蔵洞から少し歩くと、昨日バスを降りた岬ホテル前バス停だった。これで歩き遍路道がつながった。せっかくなのでこのまま室戸岬観光がてら歩くことにした。ここまで来ると観光地なのでトイレもたくさんある。最御崎寺への遍路道入口の前を通過してしばらく歩くと、土佐藩出身の幕末の志士、中岡慎太郎の像があった。
ここまでにも、この付近にも、海岸沿いの遊歩道への入口がいくつもあったので歩いてみたかったが、それをするには時間が遅かったので、国道を歩いて室戸海岸の景色を堪能した。



本日のゴール、夕陽が見える部屋
高巌のすぐ先が、昨日室戸スカイラインから見下ろした交差点だった。交差点からお宿まで、きょうは旧道ではなく国道を歩いた。
お宿は、昨日は山側の部屋で眺望がなかったが、きょうは海側の部屋だったので、入浴後、飽きることなく夕陽を眺めることができた。修行の道場土佐最初の札所である最御崎寺までの道を無事歩き終えることができて、ほっとした。

【参考URL】
高知東部交通(バス)路線図・運賃・発車時刻表
2026年現在、室戸岬から東洋町(甲浦)をカバーしているのは『安芸↔室戸線』から『室戸↔甲浦線』への乗り継ぎで、直行便はない。
上記サイトはわかりづらいので、ダイヤ改正に対応していることを確認のうえ、NAVITIME等のバス乗換案内サイトを使用することをおすすめする。
【コースタイム(実際、一部時刻不明)】

