SaaS is Dead BBQ - SmartHR / freee / マネーフォワード 競合が垣根を超えてAIを語り尽くす
「SaaS is Dead」という言葉が出始めたのは2024年。そして今年2026年初頭のAIエージェント登場で一気に火がつきました。AIによって、専門知識やSaaSがなくても業務効率化や機能の内製化ができる──。センセーショナルなワードは連日タイムラインを賑わせ、実際SaaS銘柄の株価は下落しました。
そこから約9ヶ月。その渦中にいたSaaS企業の経営者3名が渋谷のバーベキュー場に集まりました。普段は商談でぶつかり合うこともある、いわば競合他社。日本CTO協会の顧問・理事という同志でもあり、肉を焼きながら、ビールを片手に、この一年を振り返ってもらいました。
前編では、社内で実際に何が起きたのか。開発現場でのAIエージェント活用とリソースのリバランス、PdMや企画のボトルネック化からエンジニアのシフトレフトについて、さらに自社で内製を進めたからこそ気づいた「内製化しづらいSaaS」を語り合います。
参加者
芹澤 雅人(SmartHR 代表取締役CEO / 日本CTO協会 理事)2016年、SmartHR入社。2017年にVPoEに就任、開発業務のほか、エンジニアチームのビルディングとマネジメントを担当する。2019年以降、CTOとしてプロダクト開発・運用に関わるチーム全体の最適化やビジネスサイドとの要望調整も担う。2020年取締役に就任。2022年1月より現職。
横路 隆(freee 取締役CAIO / 日本CTO協会 顧問) 2012年、代表の佐々木とfreeeを共同創業。以来、CTOとして自社製品の基盤となる機能開発と組織づくりを手がける。2026年1月CAIO(Chief AI Officer)に就任。AIを経営の根幹と位置付け、全社の意思決定と変革に注力。日本CTO協会顧問。
中出 匠哉(マネーフォワード 取締役執行役員 グループCTO/ 日本CTO協会 理事)2001年ジュピターショップチャンネル株式会社に入社。ITマネージャーとして注文管理・CRMシステムの開発・保守・運用を統括。2007年にシンプレクス株式会社に入社し、証券会社向けの株式トレーディングシステムの開発・運用・保守に注力。その後FXディーリングシステムのアーキテクト兼プロダクトマネージャーとして開発を統括。2015年にマネーフォワードに入社し、Financialシステムの開発に従事。2016年にCTOに就任。
SmartHR / freee / マネーフォワード:笑顔で始まった「競合3社」による秘密のBBQ
芹澤 では、やっていきますか! 乾杯!

横路・中出 乾杯!
芹澤 いやあ、この3社(SmartHR / freee / マネーフォワード)が集まるのは凄いですよね。
横路 しかも、まだそんなに深い仲でもないという(笑)。
芹澤 (笑)。ぶっちゃけ、社内的に競合視していますか?
横路 商談で「どことぶつかった」という情報を聞いているので、名前を聞くと「出たな」と思ってます。我々freeeはプロダクトの領域が広いので、だいたい「出たな」ですよね。ドンピシャで。
freee株式会社:「スモールビジネスを、世界の主役に。」をミッションに掲げ、統合型経営プラットフォームを開発・提供。財務会計・申告、人事労務、支出管理、開業・法人手続き等、多岐に渡るプロダクトを展開。
中出 僕らマネーフォワードも色々な場所でぶつかっています。SmartHRさんとも、HR領域で競合しています。
株式会社マネーフォワード:「お金を前へ。人生をもっと前へ。」をミッションに掲げ、法人向け・個人向け双方に事業展開。法人向けには、経理財務、人事労務、法務などバックオフィス業務全体を効率化するクラウドサービスを提供。
芹澤 お金に関する領域とHR領域、それぞれでぶつかりますよねぇ。だからこそ、この3社の経営者で集う機会はなかなかない。CEO同士だったら絶対に集まれない気がする(笑)
株式会社SmartHR:「労働にまつわる社会課題をなくし、誰もがその人らしく働ける社会をつくる。」をミッションに、人と組織のためのバックオフィスシステムを展開。労務管理、タレントマネジメント、情シス向けソリューションなどを提供。
SaaS is Deadは本当だったのか? 顧客の反応と投資家の反応が全く異なる状況で
芹澤 そんなバチバチの競合3社で話したいテーマが「SaaS is Dead」。今年の頭はXやメディアで散々言われましたよね。「SaaSなんてもうAIで内製できる。誰が使うんだ」と。あの時どうだったのか、今だからこそ言える当事者視点を伺えたら。
中出 当時、ビジネス系のメディアの取材に出て、頑張って反論してましたね。
芹澤 僕も出ました(笑)。ただ、あまりに反論を続けるのも保守的に見られそうで、タイミングを見てその後は積極的な発信を控えました。
横路 株価は下がりましたね。上場初値を下回りました。売上は何倍伸びてるのって話なんですけど……。上場以来、一番高い時で売上高マルチプル40倍くらいあったのが、今年の6月は2倍ちょっとです。
※ 公開日(2026年9月16日)時点では4倍程度で推移
中出 市場ではSaaSに対する厳しい見方が一気に広がりましたよね。一方で僕らとしては、「AIに殺されるはずないじゃん」みたいな気持ちもありました。
芹澤 SmartHRは未上場なので株価については反応できないのですけれど。でも、僕らも、日常的に様々な投資家とはお話ししていて。投資家の反応と実際のお客さんの反応が全然違うなとは感じていました。なので「これでSaaSが死ぬことはないだろう」という、半ば確信はありました。
横路 ただ一方で、我々は技術者上がりじゃないですか。AIが底知れぬ進化をずっと続けているのを見ていると、「これ、このまま行くとどうなるんだろう」とは思いました。
芹澤 確かに。これ、もしかして本当に内製されるようになるのかなと。
自分たちも他社のSaaSを内製化し解約。だからこそ気づいた「内製化しづらいSaaS」とは
中出 実はうちも色々なSaaS(に変わるソフトウェア)を内製しています。実際にやってみると、AIによって置き換えやすいものと、法制度への対応やデータの蓄積、継続的な運用が必要なものとか、簡単には置き換えにくいものの違いが見えてきました。
芹澤 そういうのって、全社や経営会議で議論をするんですか?

中出 そうですね。こういう変化を踏まえて、今後SaaSとしてどこに価値を置いていくべきかは、経営レベルでも継続的に議論してますね。
芹澤 確かにそうですよね。僕らも何個か解約したサービスはあります。社内で非エンジニアが(AIを活用し)プロダクトを作っちゃったんですよ。
横路 作った後のメンテナンスはどうしてますか?
芹澤 各自でやってますね。内製化したのは、営業管理関連のものと、サポート支援関連のものでした。システム利用費が高かったのです
横路 大体いくらぐらいですか? プロダクトで作りたいものがいっぱいある中で、内製に充てるエンジニアの意思決定が難しいなと思ってます。
芹澤 年間1,000万円前後ぐらいですかね。内製コストやメンテナンスコストを鑑みても、利用費がなくなるのは大きかったですね。
横路 例えば経費精算とか、意外と内製がしやすいものってありますよね。
中出 逆に、間違うと怒られるもの、ルールが厳しいものは難しいですね。
芹澤 法改正のある領域や、ミッションクリティカルな領域のプロダクトこそ、我々SaaSベンダーが作る価値があると思ってます。そういったことを考えながら、ロードマップの組み替えは実際にありました。
税や労務など「なぜ、こんなにややこしいのか」というルールや法律を目の当たりにしているので、さすがにあれは作れないだろう、という感覚がありますよね。
法律は毎年変わりますし。さらに、例えば年末調整なんかは、一律の答えがなかったりします。税務署や担当者によって回答が多少違って、「ここは解釈です」みたいな領域がある。
そうなると、もう最終的には人間が判断するしかなく、内製はお勧めできないですね。
中出 そうですね。法改正への対応や継続的な運用・保守も含めて提供している「SaaSプロダクト」と同じことを一社で内製し続けるのは、コスト面でもなかなか難しいだろうなと思います。
芹澤 それを内製してる暇があったら、もっと事業成長に投資した方がいいですよね。
AIによるコード量の増加。エンジニアもシフトレフトする必要がある
芹澤 社内の開発業務は、AIでどう変わりましたか。
中出 だいぶ変わりました。エンジニアの生産性というか…… 何をもって生産性と言うかは議論の余地があると思いますが、コードのアウトプット量はめちゃめちゃ増えてます。

横路 プルリク(Pull Request)の数は露骨に増えましたね。
中出 結果、エンジニアが待ちになるというか、検証や企画などディスカバリーフェーズの上流工程がボトルネックになりやすいんですよ。昔だったら、プロダクトマネージャー・エンジニア・QAで、何人対何人対何人のようなリソース配分の適切なバランスがあったと思います。でも前提が変わってしまったので、そこを手直ししている段階です。
横路 どう号令をかけて、どうリバランスしていますか?
中出 メッセージとしては、エンジニアもシフトレフトし、より上流工程に関わっていく必要がある、ということを伝えています。AIによって開発プロセスの前提が変わっているので、採用も含めて従来と同じリソース配分を続けるのではなく、少しずつ適正なバランスに見直しています。

「AI費用が高い!」リソース配置と費用対効果を見極めるには
横路 我々でいうと、もちろん最初はみんなにClaude Codeを配って、全員AI駆動開発をやっていたんですけれども。
私が2026年1月にCTOからCAIOに就任したことをきっかけに、後任のCTO(米川 健一 / freee株式会社 常務執行役員 CTO)には開発プロセスの変革に取り組んでもらっていて、今は「ソフトウェアファクトリー」というのをやってます。
全員それぞれがClaude Codeを使うのではなく、要件定義も実装もQAも、全部エージェントがオーケストレーション(ワークフローの自動化やタスク連携・制御)するようにしたい。そのプロトタイプがうまくいき始めたので、全チームに展開しているところです。

芹澤 ハーネスやオーケストレーションを作る投資は、重要ですよね。
横路 ですね。でも、CAIOとCTOを兼務していたら多分そこまでできなかったと思います。SaaS is Deadが一番盛り上がった2026年1〜2月くらいに、AIに全振りするぞという発表をしたのもちょうど良かったというのもあります。
芹澤 すごいですね。SaaS is Dead のトレンドより前に社内にメッセージングできていたんですね。
横路 はい。たまたまタイミングが良かったんです。
芹澤 AI費用やトークン費用は、どう扱われていますか。この3社の規模になると、それなりのボリュームになりますよね。
中出 全エンジニアに「使え」と言うと、引くぐらい使うと思います(笑)。僕らは、まだ最適化をする前にマキシマイズをしている段階でしょうか。エンジニアはすでに最適化フェーズになっていますが、ビジネスサイドはむしろ「もっと使え」という状況です。
横路 ビジネスサイドがどれだけAIを使ったとしても、開発サイドのコーディングエージェントの費用のボリューム感にはまだ負けていると思います。
エンジニアの人件費比率に対して、AI比率がいくらぐらいが適正かという話ですね。
芹澤 最近どこかの外資企業が「5%」と言っていたのをみました。
横路 売上の5%から10%って、だいたいセキュリティ投資と同じぐらいなんですよ。
芹澤 えらく高いことになってきたなと思いますね。今日ちょうど経営会議でAI費用の内訳を見ていましたが、ほとんどコーディングエージェントなんですよね。
横路 例えばClaude Codeでも、どのプランを使うのかという話もありますね。
芹澤 うちはEnterprise planを入れていますが、最適解なのかどうかはまだわからないです。色々試して、一旦決めたという状況です。統制的な観点もあります。
中出・横路 うちもEnterpriseですね。
中出 あとはCodexも使っています。
横路 Codexは、ブラウザユースやコンピュータユースの出来も良いと思ってます。
中出 確かに、私たちもどちらも選べるとなったらCodexを使いたい人たちが多そうです。
芹澤 エンジニア向けのツールと、非エンジニアが使うツールでは、求められるものが違いますよね。

AIによる効率化で、人を増やさず成長を加速させる
芹澤 各部門のAIネイティブ化で、うまくいった例はありますか。
中出 AIによって業務の進め方や必要なリソースが変わってきたので、従来と同じ前提で人員を増やすのではなく、まずは今の体制でどこまで生産性を高められるかを考えるようになりましたね。
横路 うちの場合、業務委託などの変動費は減ってきてますね。
芹澤 それは分かります。ちなみに、うちは人員計画の調整はありますが、AIによる効率化や自動化によって正社員を減らせたところはまだないです。
中出 私がやってみて感じるのは、まず「今の人数でどうすればより大きな成果を出せるか」という問いを置くことが大事だということですね。AIを使う目的が明確になると、現場でも「どこを変えればいいか」「何をAIに任せられるか」という工夫が生まれやすくなります。
芹澤 確かに。ただ、リーダーがすごく保守的な人だとなかなか変わりにくいですね。
横路 カスタマーサポート(CS)は一番最初に変わりましたね。業務委託比率が高かったのと、あとはチャットとの相性が良い。
芹澤 チャットサポートについて、うちもAIによる完答率がすごく増えました。
中出 事業が成長すると、通常であればCS対応やお問い合わせの件数も増えるじゃないですか。そこを人員の増加ではなく、AIを活用することで、同じ体制でもより多くの対応ができるようにするということですね。
横路 うちもCAGR(成長率)は変えずに、採用を大きく減らして、人を取らずに今のままの成長を続けますという計画を出しました。

芹澤 うちもそれをやりたいなあ。
逆に人を減らしていない職種として、フィールドセールスがあります。
AIで資料作りとかメール対応はかなり効率化されたんですが、実は彼らはそれらの業務を一部残業時間でやってきたところがあって。日中にフィールドセールスとして訪問する数はAIでも劇的には増やせない。
中出 現場からしたら「早く帰れるようになりました!ありがとうございます!」と思いますけれどね。
「どうするんですか、彼らの雇用は」ディフェンシブな人や組織を動かすために
芹澤 それぞれ自社のお話を伺いましたが、お客さん側はどうでしょうか?
中出 小さな会社は人手不足が前提にあるので、AIを導入するインセンティブが比較的強いと思うんです。一方で、大企業になるほど既存の業務プロセスやガバナンス、雇用への影響など、導入時に考慮すべきことも増えてきます。
レイヤーによってAI化するスピードが全然違うんですよね。
芹澤 本当にそうですよね。僕、何年か前に地方の営業に同行した時、当時はAIはここまで騒がれる前でしたが、SmartHRの紹介をしたら「これを入れたら〇〇部の人の仕事がなくなるじゃないですか」って言われました。
「どうするんですか、彼らの雇用は」って言われて、明確には答えられなかった。
横路 お客さんだけでなく、自社の各部署のAIネイティブ化をどうするかも、難しいですよね。トップダウンで言うだけだとうまくいかないし、ボトムアップで「自分の管轄領域をAIネイティブ化して」と言っても動かない。トップダウンとボトムアップと両方で頑張るのが必要だと思います。
……やばい、SaaS is Dead の話からかけ離れてきたけど大丈夫かな(笑)
AIトークが大きく盛り上がり、SaaS is Deadから逸れる流れに……。各社のAI導入の話をひととおり聞いたところで、次回は本題へ戻ります。「他社のあのリリースは、正直やられた」。
後編では、3社がお互いをどう見ていたのか、そして市場・投資家から自分たちがどう見られていたのかを聞いていきます。
▼ 後編はこちら
※本対話は2026年8月半ばに実施しました
企画・編集:二宮みさき(日本CTO協会)
撮影:大賀 光輝

