【3つのお題に…第65回】『好きと言えないまま…』【現代ドラマ】
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
皆さま、ようこそ!セイウチです。
冷たいコーヒーを片手に砂浜を歩いていたら、西日に照らされて緑色に光る瓶を見つけました。
中に入っていたのは、少しセピア色に染まった、ある「甘くて苦い思い出」の漂流記です。
あたたかい飲みものを淹れて、アナタも一緒に読んでみませんか?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

自宅の自室。
古い蓄音機から流れる針ノイズ混じりのメロディに耳を傾けながら、老人は浅い眠りの中にいた。
ゆったりとした旋律に誘われ、まぶたの裏で揺らめくのは、遠い日の青い記憶だ。
ーー告白を決めた、あの夏の日。
レトロな喫茶店の端の席で、彼は一人、高鳴る胸を押さえていた。
店内には、いま自室で聴いているのと同じ——当時流行していた甘いラブソングが、静かに流れている。
カランコロンとドアベルが鳴り、彼女が入ってきた。
「お待たせ!」
弾んだ声に平常心を失いそうになり、彼は慌てて他愛のない世間話を振った。
くだらない授業の話、厳しい先生の愚痴。
彼女はくすくす笑いながら、楽しそうに耳を傾けてくれた。

ふと店内の曲が変わり、どこか切ないBGMが流れ始める。
「あ、この曲……」
彼女が店内を見回して呟いた。
彼は「いい曲だよね」と合わせるのが精一杯で、歌詞にあるような甘い言葉はひとつも口から出てこない。
気がつけば窓の外は茜色に染まり、テーブルの上のクリームソーダは手をつけないまま、緑色の炭酸の中でアイスクリームがとろりと溶け切っていた。

店を出たあとも会話は続かず、最終バスに乗り、同じ停留所で降りた。
「じゃあね、また明日」
笑顔で手を振る彼女に、彼はぎこちなく手を振り返すのが精一杯だった。
遠ざかっていく彼女の背中を見つめながら、ぽつりと呟く。
「……今日も、言えなかった」
自分の意気地のなさに深くため息をつき、次こそはと心に決める。
(結局、卒業しても、何回思い返しても……告白できなかったな)
◇
ガチャリと自室の扉が開き、ふっと夢が弾けた。
「あら、あなた。またそんな懐かしいものをひっぱり出してきたの?」
お盆に乗せたふたつの湯呑みとともに、妻が部屋に入ってきた。
「あぁ……久しぶりに針を落としてみたんだが、まだちゃんと鳴るな。この曲を聴いていたら、なんだか懐かしい夢を見てね」
湯呑みを受け取ると、緑茶の香ばしい湯気が立ち上る。
妻はクッションを引き寄せ、彼のすぐ隣に腰かけた。
「どんな夢だったの?」
「なに、昔いた、とことん意気地のない男の夢さ」

老人は苦笑いしながらお茶をひとくちすすった。
蓄音機の針が曲の終わりを告げ、かすかなノイズとともに次のトラックへと移る。
レコードのB面——あの喫茶店で流れていた『君がいる』の優しい旋律が、ふたりの部屋を満たしていく。
「ふうん。……で? その意気地なしさんは、いつまで私を待たせるつもりだったのかしらね」
「それを言われると、ぐうの音も出ないよ」
顔を見合わせて、ふたりでくすくすと笑い合う。
言葉にはできなかったけれど、あの日溶けてしまったクリームソーダの甘さは、今もふたりの時間にやさしく残っていた。
(了)
※この物語はフィクションです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
最後まで読んでいただきありがとうございます!
若い頃の甘酸っぱい「言えなかった言葉」や後悔も、時が経てば愛おしい思い出になり、今のふたりの絆を温めるものになるのかな、と思いながら書いたお話です。
喫茶店のクリームソーダや蓄音機のノイズなど、どこか懐かしい空気感を楽しんでいただけていたら嬉しいです。
【片桐 みかん】さん、素敵な企画をありがとうございます!
毎週火曜日に自分の作品を投稿、企画に参加させていただく時は不確定的に投稿します!
気に入った方は是非スキやフォロー、シェアしてもらえると嬉しいです。
↓参加させていただいた企画
↓前回の作品
↓自己紹介リンク
#3つのお題に空想のひらめきを
#波打ち際の漂流記
#小説
#ショートショート
#創作
#ハッピーエンド
#ほのぼの
#レトロ
#夫婦
#青春
いいなと思ったら応援しよう!
波打ち際で拾った物語はいかがでしたか?いただいたサポートは、セイウチが次のボトルメッセージを探すための「温かいコーヒー代」として大切に使わせていただきます。アナタの応援が、海風で冷えたお腹と心をホッと温めてくれます。いつもお読みいただきありがとうございます!