【アマノ文筆クラブ】『シカゴで一か八か』【コメディ】
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ようこそ、皆さま!セイウチです。
波打ち際で潮風に吹かれていたら、とっても慌ただしいボトルが流れ着きました。
中に詰まっていたのは、誰かが大切に綴った一枚の「悲劇の記録」。
真っ白なシャツを着て美味しいものを食べるとき、人はなぜこんなにも勇敢にならざるを得ないのでしょうね?
コーヒーでも飲みながら、この不運で愛おしい男の「命がけのランチタイム」を覗いてみませんか。
皆さま、準備はいいですか? それでは、本日の漂着物です。
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いつもお世話になっている取引先の担当者から、子供の誕生日パーティーに招待された。
主役の少年からも懐かれており、断る理由などどこにもない。
温かいアットホームな会で、私も心から楽しんでいた——あの「怪物」がテーブルの中央に鎮座するまでは。
目の前に現れたのは、自家製の「シカゴ・ディープディッシュ・ピザ」だった。
一般的なピザの概念をあざ笑うかのような圧倒的な厚み。
キッシュやタルトのように高く立ち上がった縁(ふち)は、数センチの厚み(高さ)がある。
少年が大好物らしく、奥様が「バースデーケーキ代わりに」と腕によりをかけて焼いた特製の一品だという。
(……まずい。あまりにも危険すぎる)
私は己の胸元を見下ろし、絶望に打ちひしがれた。
今日の服装は、仕立ておろしの真新しい白シャツである。
もしもこの赤い液体を一口でもこぼそうものなら、私の胸元は凄惨な事件現場へと変貌するだろう。
さらに悪いことに、奥様は紙エプロンを用意し忘れてしまったらしく、「そのまま召し上がってくださいね!」と弾けるような笑顔をこちらに向けている。
逃げ場はない。覚悟を決めるしかなかった。
私は慎重にナイフとフォークを握りしめた。
一か八か、ノーミスで乗り切ってみせる。
シカゴ風ピザの構造は極悪だ。
生地の底にたっぷりのチーズを敷き詰め、その上にゴロゴロとした肉や野菜を載せ、一番上から溢れんばかりの重厚なトマトソースを注ぎ込んで焼き上げられている。
ナイフを入れると、バターを含んだ生地が「ザクッ」と心地よい音を立てた。
底と側面は揚げ焼きのようにサクサクで、中はもちもち。
口の中に運ぶと、濃厚なチーズと爽やかなトマトの酸味が広がる。
ーー絶品だ!!
(美味しさに感動している暇すらないのだが)
「〇〇さん、お口に合いました?」
「ええ、本当に美味しいです! こんなに本格的なものは食べたことがありません」
もちろん、営業マンとしての社交辞令と爽やかな笑顔も忘れない。
しかし、意識の九割九分は手元のフォークと胸元の白シャツに注がれていた。
少しでも気を抜けば、一番上のトマトソースが雪崩を起こす。
大きな口を開け、ゆっくりと、ミリ単位の精度で口へと運ぶ。
会話を楽しみながらの、長く息詰まる闘い。
そして私はついに、最後の一口にまでたどり着いた。
(やった……やりきったぞ)
あの難攻不落のシカゴピザを相手に、白シャツを無傷のまま守り抜いたのだ。
胸の中にじんわりと達成感が広がる。
フォークの上の「最後の一片」を、静かに持ち上げる。
(あと少し……あと少しだ……)
心の中でカウントダウンを刻みながら、ゆっくりと口元へ寄せていく。
トマトソースのドリップ一つすら逃さない、完璧なアプローチ。
――その時だった。
ドカッ!
「あはははっ!」
背後でテンション高くダンスを踊っていた主役の少年が、私の背中にフルスロットルで激突した。
「……あっ」
時が止まった。
口元まであと一センチだったピザがフォークを離れ、スローモーションで宙を舞う。
美しい放物線を描き、吸い寄せられるようにして、私の真っ白な胸元へと着地した。
じわっ、と音が聞こえた気がした。
濃厚なトマトソースが、吸水性に優れた高級コットン生地にしみ込み、鮮やかな赤色となって勢いよく広がっていく。
(……終わった)
これまでの緊張も、血の滲むような努力も、すべては一瞬の露と消えた。
私は静かに目を閉じ、天を仰いだ。
(了)
※この物語はフィクションです。
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最後まで読んでいただきありがとうございます!
本作は、ビジネスマンの意地と高級白シャツを賭けた、あまりにも理不尽な闘いを描いたショートストーリーです。
シカゴ風ディープディッシュ・ピザは、その圧倒的なボリュームとたっぷりのトマトソースが魅力の絶品料理ですが、白シャツとの相性は文字通り「最悪」と言わざるを得ません。
完璧な立ち振る舞いでフラグを回避し続けた主人公ですが、最大の敵はピザではなく、無邪気すぎる主役の少年でした。
人間、どれほど完璧な防壁を築いても、予期せぬ外部からの「フルスロットル」には勝てないものです。
真っ赤に染まった胸元と、静かに天を仰ぐ主人公の哀愁に、少しでもクスッとしていただけたなら幸いです。
皆様も、新調した服を着てシカゴ風ピザを食べる際は、どうか背後にも十分ご注意ください。
【甘野 充】さん本当に素敵な企画ありがとうございます!
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