配達員ろること2号 第11話『水たまり』

第11話『水たまり』
水たまりに晴れ間が映る。
さっきまで空を覆っていた黒い雲は、どこかへ流れていた。
夕日が濡れたアスファルトを照らす。
街が、少しだけ光って見えた。
「はは、雨やんじゃいましたね」
ろるこは空を見上げた。
「せっかくカッパまで買ったのに」
ビニールカッパのフードをぱさっと下ろす。
雨粒がぽたぽたと地面へ落ちた。
2号は空を見上げる。
「……だから通り雨や言うたやろ」
「でも、雨雲レーダーは深夜まで雨って」
ろるこはスマホを見せた。
「また外れたな」
2号は一言だけ返す。
「ほんと当たらないですよね」
ろるこは苦笑した。
「さっきまであんなに降ってたのに真っ青でしたもん」
スマホを見る。
「逆に降ってないのに水色になってる時もありますし」
「そんなもんや」
「何を信じたらいいんだろ」
「空や」
「え?」
「空見た方が早い」
ろるこは思わず空を見上げた。

そこにはもう、さっきまでの黒い雲はなかった。
「……ほんとだ」
風が吹く。
雨上がり独特の湿った匂いが街に流れた。
さっきまであれだけ降っていた雨が嘘みたいだった。
「でも」
ろるこは少し考えて笑う。
「結果オーライですね」
「何がや」
「2号さんとオソロのカッパになれましたし」
「……」
2号は何も言わない。
少しだけ鼻を鳴らした。
その反応がおかしくて、ろるこはまた笑ってしまう。
少し歩く。
「とはいえ」
ろるこは足元を見た。
「カッパは買ったけど」
片足を軽く持ち上げる。
ぐちゅっ。
スニーカーが情けない音を立てた。
「長靴じゃないですからね」
もう片方も踏み出す。
ぐちゅっ、ぐちゅっ。
「靴の中までびしょ濡れです」
2号も足元を見る。
黒いスニーカーは水をたっぷり吸っていた。
「もう、今日は稼働する気なくなっちゃいました」
ろるこは肩をすくめた。

その時だった。
目の前に、大きな水たまりがあった。
夕日を映した、小さな鏡。
ろるこは立ち止まる。
そして。
ぴちゃん。
何の迷いもなく、水たまりへ足を踏み入れた。
小さな水しぶきが跳ねる。
「お、おい……」
2号が声を漏らした。

ろるこは振り返る。

「子どもの頃、こうやって遊びませんでした?」
もう一歩。
ぴちゃん。
「雨が止んだら、水たまりに入って」
ぴちゃん。
「わざと深いところ歩いたり」
ろるこは少し照れくさそうに笑った。
「私、あれ結構好きだったんですよ」
「子どもか」
「そうかもしれません」
ろるこはもう一度、水たまりを踏む。
ぴちゃん。
「でも、大人になると、こういうことしなくなっちゃいますよね」
その時。
「わー!」
後ろから元気な声が聞こえた。
小学生くらいの兄妹が、水たまりへ駆け込んでくる。
ぴしゃっ!
ぴしゃぴしゃっ!
水しぶきが高く跳ねた。
「こらー! 靴濡れるでしょ!」
少し離れたところから母親が叫ぶ。
「はーい!」
返事だけは元気だった。
兄妹は笑いながら走り去っていく。
ろるこはその後ろ姿を眺めた。
「やっぱりやりますよね」
「子どもやからな」
「じゃあ、私もまだ子どもですね」
「どこがや」
「気持ちだけです」
2号は小さく鼻を鳴らした。
その時。
ひゅうっと風が吹く。
「さむっ」
ろるこは思わず肩をすくめた。

さっきまで濡れていた服が急に冷たく感じる。
「雨上がりってこんな寒かったっけ」
2号は何も言わない。
黒いTシャツはまだ乾いていなかった。
「ちょっと暖かいの買ってきます」
ろるこは公園の端にある自動販売機へ向かった。
「2号さんも飲みますか?」
「……ブラック」
「はーい」
硬貨を入れる。
ガコン。
ガコン。
缶コーヒーを二本取り出す。
振り返る。
「あ」
思わず足が止まった。
2号が水たまりの前に立っている。
ぴちゃん。
小さく、水が揺れた。
「2号さん」
ろるこが声を掛ける。

2号は何事もなかったように振り返った。
「踏みましたよね?」
「踏んでへん」
「いや、今踏みましたって」
「踏んでない」
「見ましたもん」
「気のせいや」
ろるこは吹き出した。
「ふふっ」
缶コーヒーを差し出す。
2号は無言で受け取った。
夕日に照らされた水たまりは、さっきより少しだけ小さくなっていた。
あとがき
シロクマ文芸部のお題『水たまり』に参加させていただきました。
しばらくは、ろるにごの続きを書く前に別の作品を書こうと思っていたんですが、お題を見た瞬間に10話の続きが思い浮かんでしまいました(笑)。
10話のラストで雨の中へ走り出した二人。 今回は、そのあと雨がやんで、いつもの公園で合流した場面のお話です。
こういうふうに前の話からそのまま直接続くエピソードを書くのは、実は初めてだったので、自分でも新鮮でした(笑)。
今回のお題は「水たまり」ですが、子どもの頃って、なぜか水たまりを見つけると入りたくなりませんでしたか? 長靴でわざと深いところを歩いたり、水しぶきを飛ばして怒られたり(笑)。
大人になると、いつの間にか避けて歩くようになりますよね。
でも、たまにはそんな寄り道も悪くないのかもしれません。
次回はまた、少し時間を戻して8.5話や9.5話になるか、それとも本編の続きを書くか……。 その時のひらめき次第ですが、またゆるくお付き合いいただけると嬉しいです。
※本作はフィクションです。
登場する人物・団体・地名・出来事などは実在のものとは関係ありません。また、一部の描写は実在するX(旧Twitter)ユーザーの投稿や活動に着想を得ていますが、特定の個人・団体との関連性はなく、内容は創作に基づいて構成されています。
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