短編小説『ある配達員の死』

短編小説『ある配達員の死』
波の音が聞こえる。
やぎは、お台場の海をぼんやり眺めながらスマホを見下ろした。
「んーーーーーーーーーー!!」
画面に表示された配達先のピンは、なぜか海の真ん中に刺さっていた。
桟橋でもない。船でもない。どう見ても東京湾のど真ん中だ。
「海の中に届けろってこと!?」
思わず独り言が漏れる。
アプリを閉じたり開いたりしてみても、状況は変わらない。波の向こうでは屋形船がゆっくり横切っているが、配達バッグを背負って飛び乗る勇気は、さすがのやぎにもなかった。
どうしたものかと途方に暮れていると、後ろから小さなモーター音が聞こえてきた。
振り返る。

白い配達ロボットが、歩道を静かに走っていた。
「あ!!」
その瞬間、やぎは昨日のXのポストを思い出した。
師匠と勝手に崇めている配達員、カヲナシが投稿していた写真だ。
『配達ロボ見つけた。元配達員の成れの果てだったりして』

冗談なのか本気なのか分からない一文だったが、やぎは妙に気になっていた。
コメント欄には、にご先生からの返信もあった。
『それ、本垢ちゃうか?』
数か月前、カヲナシは突然Xを凍結され、今はサブアカウントで活動している。
意味が分からず、やぎは首をかしげた。
『ロボットが本垢……?』
その時は笑って流したものの、今、目の前を通り過ぎる配達ロボットを見ていると、だんだん違う考えが浮かんできた。
「……まさか」
やぎはゆっくりとロボットの後を追った。
一定の速度で進む白い機体。
迷いのないルート。
そして、どこか達観したような後ろ姿。
「カヲナシシショ……?」
思わず小声で呼びかける。

ロボットは何も答えない。
しかし、その沈黙が逆に怪しかった。
「師匠!! わたしです!! やぎちゃんです!!」
少し大きな声で言ってみる。

ロボットは無言のまま信号を渡り、コンビニの前でぴたりと止まった。
やぎも立ち止まる。
数秒後、店員が商品を積み込み、ロボットは再び走り始めた。
「やっぱり師匠なんじゃ……」
そう呟いた瞬間、ポケットのスマホが震えた。
カヲナシの新しい投稿だった。
『五反田シングルからスタート』
投稿時刻は、たった一分前。
「シショーーーーーーーー!!」
やぎは静かにスマホを閉じた。
目の前では配達ロボットが、何事もなかったかのように海沿いを走っていく。

その背中を敬礼で見送りながら、やぎはもう一度、海の中のピンを確認した。
「いや、こっちの問題が全然解決してなかった!!!」
波の音だけが、のんきに響いていた。
あとがき
シロクマ文芸部のお題『波の音』に参加させていただきました。
『配達員やぎちゃんと2号先生』の続編……ではなく、今回は単発の短編です(笑)。
実は「波の音」というお題ではいくつか案がありました。ろること2号が海へ行く話や、やぎちゃんの相方となる新キャラと海へ行く話など、候補はいろいろあったんです。
ただ、やぎちゃんはまだ登場したばかりのキャラクター。作者の僕自身、まだ掴みきれていない部分もあります。そこで今回は、やぎちゃん単体の「運動性能」を見てみたいと思い、ひとりで動かしてみることにしました。
今回、名前だけ登場したカヲナシさんも実在の配達員です。一応ご本人には許可をいただいているので、そのうち本編にも登場するかもしれません。
※本作はフィクションです。
登場する人物・団体・地名・出来事などは実在のものとは関係ありません。また、一部の描写は実在するX(旧Twitter)ユーザーの投稿や活動に着想を得ていますが、特定の個人・団体との関連性はなく、内容は創作に基づいて構成されています。
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